「これからもよろしく」
遅かった。
部屋にノックもなく飛び込んできて陛下を見て最初に思ったのはそれだった。
私はイヤリングを拾っていたと見えるように耳につけ直し、オリガにはそのままでいるように指示して立ち上がる。
「帝国の太陽、皇帝陛下にご挨拶申しあげ……「陛下!」」
挨拶を遮るナターシャの無作法を不快に感じたが、ナターシャは陛下の気を引くことに成功した。
オリガに押さえ込まれたナターシャの様子に陛下は眉を顰める……本当に面倒なことになったわ。口封じしようとしたことが知られたら厄介だ。
「助けてくださいませ! 皇后陛下が私を、生意気だと言っていきなり!」
……理由、それでいいのかしら?
私なら「皇后の名で呼び出され、部屋に入ったところを殺されそうになった」と言う。
特攻してきたからその手は無理ね。
でも「生意気」はない。まともな貴族なら、例え子どもでもそんな下らないことで騒がない。
そもそもナターシャによって端を発したこの騒動で私も陛下も寝る間もないほど連日仕事に追われている。深夜でも2つの執務室を文官が行ったり来たりしている。
わざわざ「生意気」などと言うためにナターシャを呼び出す?
そんな時間も惜しいくらい多忙であることを陛下もさすがにご存知だろう。
「二人で、話をしたい」
ここは私の執務室なのだけど……仕方がない、宰相室の一角を借りて仕事をさせてもらおう。
「オリガ、書類を……」
困った顔で私とナターシャの顔を見比べるオリガと目が合う。
「ポポフ女男爵は陛下にお任せして」
「は、はい」
オリガが手を離すとナターシャは勝ち誇ったように笑い、「邪魔よ」とオリガを押しのけて立ち上がると陛下に走り寄る。
「御前、失礼いたし……「待ってくれ」」
部屋を出ようとしたところで腕を掴まれて動きを封じられる。
「どこに行く?」
……え?
「出ていけと仰られたではありませんか」
「なぜ君が?」
陛下は私の腕を掴んだまま、戸惑って縋り付き損ねたナターシャを見る。
「近衛兵、女男爵を貴賓牢に収監しろ」
「ニコライ!?」
「皇后への不敬罪だ。皇子の母でもある彼女がこれ以上の罪を重ねないよう、布を噛ませて私が行くまで何も話せないようにしておけ」
陛下の後ろに控えていた近衛兵たちは手際よくナターシャの口に布を噛ませ、ふがふがと意味をなさない声を上げるナターシャを後ろ手でまとめた状態で部屋から連れ出した。
「オリガ、外に出ていて頂戴」
オリガが出ていき、二人きりになると陛下が口を開いた。
「怪我はないか?」
「はい、大丈夫です」
「少し前から、外で話を聞いていた。ナターシャに媚薬のことを教えた人物は必ず聞き出す」
どうやらかなり最初のほうから聞き耳を立てていたようだけれど、言外に私にはこの件から手を引くようにと言われては引くしかない。
「陛下に全てお任せします」
「感謝する」
部屋を出ようとした陛下が戸口で足を止めて振り返り、口を開いたり閉じたりを繰り返す。
何か言いたげなご様子に、何を言いたいか察して首を横に振る。陛下にうまい謝罪の言葉が浮かばないように、私にも陛下を許す上手い言葉が見つからない。
「いや……これからもよろしく頼む」
……なるほど。
「こちらこそ、よろしくお願いします」