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君がずっと好きだった(ニコライ)

媚薬の真相を知り、ニコライは眠ることができずに一晩中アナスタシアのことを考えていた。


空が白ける頃、ニコライはアナスタシアを愛していることを認めた。


自覚して、ニコライはぼんやりと『いつから  』に悩んだ。昔からではないことは確かだ。ニコライにとってアナスタシアはずっと『可愛い妹』で恋愛対象ではなかった。だからニコライはナターシャに惹かれた。


それならば夜会で見掛けたときだろうか。

それとも何か言葉を交わしたとき?


いつからか分からないけれど、自覚しかけたのは「何をウジウジしているのですか!!」と怒る彼女の姿を見たとき。


そして好きだと思うと同時に、俺はその気持ちに蓋をした。


彼女を好きになってはいけないから。


死んでしまったナターシャが「やっぱりアナスタシアのほうがいいんだ」となじる声が蘇ってきて、彼女への恋を認めることはナターシャへの裏切りだと感じてしまった。


ナターシャが生きていたこと。

ナターシャはとっくに俺を裏切っていたこと。


いまさら知ってもただ空しいだけ。

笑いしかこみあげてこない。



怪我を治そうと頑張ってくれる彼女の献身には俺への気遣いが溢れていて、彼女が俺を想ってくれていることには直ぐに気づいた。


嬉しかった。


受け入れられないと思っているくせに彼女を傍から離すことができず、「彼女ならすぐに結婚相手が見つかる」なんて妙な言い訳をして彼女を傍に置いていた。


彼女を夜会で見掛けたことがあるから分かっていた。


隣でアレクセイが威嚇していたから誰も近づかなかっただけで、彼女と結婚したいと思っている男は山のようにいた。


彼女が手を伸ばせば、喜んでその男は彼女の手を取り、2人は結婚する。いつかその日が来たら祝福すると決めていた。


俺とナターシャの婚約式で目を真っ赤にしつつも微笑みを浮かべていた彼女のように、ちゃんと笑って「おめでとう」と言うつもりだった。



好きな女が傍にいることは幸せでもあり苦難でもある。


ただ足が動かないおかげで手の届かない範囲に彼女をやれば抱きしめたりせずにすんだ。


しかし体の機能は徐々に戻り始めた。


彼女に触れないですむ“動けない”がなくなると、俺は新たに自分を縛る鎖として婚約者探しを彼女に手伝ってもらうことにした。私では駄目なのかと問うてくる彼女の目に気づかない振りをし続けた。


気づかない振りをしたのは、彼女が俺に期待してくれているうちは、彼女を誰にもとられることはないと思ったから。


媚薬の件がショックだったのは事実。

でも、自分の欲に素直になったいまなら、あの状況を喜んでいた醜い自分がいたことも分かっている。


「仕方がない」というアナスタシアを手に入れる大義名分ができたことを俺は喜んでいた。


そのあまりの卑怯さに羞恥と怒りを感じ、それを自分で飲み込み切れずに、よりにもよって彼女にぶつけてしまった。


ぶつけて、ぶつけ続けて。

俺は自分の手で彼女が俺に向けてくれていた想いを消し飛ばした。



「彼女に見限られて初めて恋を自覚した大馬鹿者で、それと同時に俺の皇后である限り彼女が誰のものにもならないと言うことに喜ぶ卑怯者なんです、俺は」


自分の醜さを正直に吐露して、父上がカリーナ様に媚薬の件を懺悔した気持ちが少し分かった。


「卑怯でも何でもいいじゃない、人間だもの」

「甘いですね」


「それなりの情があるし、グレンスキー皇帝みたいな後悔をニックさんにはしてほしくないわ」


カリーナ様は歴史が大好きで、特に愛と憎しみドロドロの歴史は人間の本質そのものだから大好物とのこと。


「シエル宮って不思議な建物なのよ。あんな西の端に造られたのはソフィーナ皇后がグレンスキー皇帝に疎んじられていたって話だけれど、その割には庭がキレイで奇妙なほど豪華な温室があるのよ」


当時の城の帳簿を見たんだけどね、とカリーナ様は続ける。


「シエル宮の温室はソフィ―ナ皇后の死後からグレンスキー皇帝が亡くなるまでずっと、グレンスキー皇帝が彼の私財で維持していたみたい」


歴史好きだと聞いたが当時の金の流れまで確認するとはすごい熱意だ。


「それでね、私はグレンスキー皇帝の秘密に気づいたの」

「秘密?」


 そう言うとカリーナ様はウインクして優しく微笑む。


「ニックさん、グレンスキー皇帝が欠かさなかった習慣と、彼が死ぬときも身に着けていた宝物をご存知?」


グレンスキー皇帝の欠かさなかった習慣といえば、毎夜一人で執務室のベランダで茶を飲むこと。その時に使われていたテーブルとイスはまだベランダにある。


死ぬときも身につけていたものと言えば懐中時計。


宝物庫から持ってきたそれを持ってきて、「今夜同じことをしてみて」とカリーナ様にいわれるまま俺はベランダの椅子に座って夜風に吹かれている。

 


侍従が下がる前に淹れてくれた紅茶が冷たくなってきたと思ったとき、机の上に光の点があることに気づいた。


光の筋を追うと執務室の屋根の傘部分、その先を見ると向かいの建物。


とにかく持ってきた懐中時計をそこに置いてみる。


当時の侍従の日誌を確認するとグレンスキー皇帝はここに座り、浮かんだ光の玉を見て嬉しそうに笑っていたらしい。その日記には懐中時計は映像を残す魔導具で、そこには愛妾マリアの姿があったに違いないと書かれていたが―――。


「シエナ宮の温室?」


そう言えば今日は温室の魔導灯の確認が行われると言っていた。昼間のように明るくする必要があるかと思うほどの魔導灯の量だが、この映像を送るためと思えば納得もできる。


映像の中央にはテーブルとイス。


かつてはここに彼の皇后であったソフィーナ妃が座っていたのだろう。ソフィーナ妃はあの温室が好きだったことは有名な話だ。


「こんな手間のかかる覗き見などしなくても……」


堂々と会いにいけばいいのに。

その言葉を続けられない。


呆れる一方で、こんな手を使うしかなかった理由が分かってしまうから。


「いまさら何を言えばいいかなんて分からないよな」

アナスタシア視点に戻ります。

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