貴婦人と歓談する(ニコライ)
「カリーナ様が俺に面会だと?」
父上の唯一の皇妃だったカリーナ様から面会の要請がきた。
侯爵令嬢だった彼女は皇妃に召し上げられて俺の異母弟妹を出産。父上の譲位に合わせて彼女は一代限りの伯爵位を与えられ、彼女の護衛騎士だった男に下賜されている。
俺とカリーナ様の間に悪感情はないが、積極的に交流もしていないため、俺の頭は疑問符で一杯になる。
ただ会わないという選択肢はない。
彼女の扱いは色々な意味で難しい。
「侍従長、予定を調整したのち、カリーナ様に日程の返事を贈ってくれ」
そう言えば夜会で彼女はカリーナ様と楽しげに話していたな。
彼女にも声をかけるべきなのだろうか。
いや、カリーナ様が会いたいと仰るなど初めてなこと、どんな話になるか分からないし、彼女に同席を求めるのはやめておこう。
「お久しぶりでございます」
カリーナ様は控えめでありながら優雅という元妃に相応しい礼をする。
「楽にしてくれ」
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて、なんとお呼びしたらいいかしら? ニコさん? ライさん? 間を取ってコラさん?」
……何だ、その選択肢?
「ではニックで」
「素敵な愛称ね。小耳にはさんだのだけど、ニックさんが皇妃を娶ることになって、シアちゃんは奧宮に移るのですって?」
相変わらず耳が早い。
しかも、シアちゃん?
彼女とは仲がいいのか?
「皇后とはもうお会いに?」
「ええ、陛下より先に会って確認したいことがあったの。シアちゃんの雰囲気が変わったなって思ったけれど、ニックさんも変わったわね。媚薬のこと、ドミに聞いたわ」
媚薬と聞いて顔が強張るのを感じる。
「ドミに父子喧嘩の仲裁を頼まれたわけではないわ。土下座されたってこの件には関わるつもりはないの。媚薬の件はドミが悪い。でもヴィッキーが許しちゃったのは根っからのペトロフだからね」
娘のメンタルケアを二の次にして、と怒るカリーナ様に思わず口元が緩む。
「やっと笑ったわね。この世の終わりみたいな顔をしてもこの世はなかなか終わらないのだから、だめで元々と思って頑張ってみたほうがよほどいいわ」
この世はなかなか終わらない、か。
「その点シアちゃんは頑張り屋さんで好きなの」
「頑張り屋?」
「だってあの子、あなたに憎まれることを承知で媚薬の件で誤解されたままでいたのよ」
!
「カリーナ様は、なぜ彼女が媚薬の件の誤解を解かなかったか、理由をご存知ですか?」
「私はシアちゃん本人じゃないから絶対に正解とは言えないわよ」
「それでも……どうしても俺には分からなくて」
「シアちゃんは、きっと“仕方がない”でもいいからニックさんの皇后になりたかったのよ。皇后になれば離縁はできないし、ペトロフの皇后だから暗殺もできないでしょう?」
あの子の強かなところが好きなの、とカリーナ様は微笑んだ。
「綺麗な恋なんてないわ。恋は戦よ。謀略なんて当たり前、特に女は手段を選ばないわ。私もそうだったもの」
「カリーナ様も、ですか?」
秘密よ、とカリーナ様は唇の前で人差し指をたてる。
「私は皇妃になる前からいまの旦那様のことが好きだったの、両想いだったのよ。でも旦那様は子爵家の四男、侯爵令嬢の私との結婚は許されなかった。でも駆け落ちとかして皆に祝福されない形で一緒になってはいけない。私も旦那様も貴族だものね」
貴族の結婚はみんなに認めてもらわないと、とカリーナ様は笑う。
「だから皇妃の話を受けたの」
父上が母上だけを愛していて、皇妃の件はあくまでも皇帝の血を継ぐ子どもを産むための打診。ロシャーナでは皇帝は60歳になる前に譲位する、崩御による交代では空位の期間があり国が荒れやすい。
グレンスキー皇帝のように50代で亡くなった場合は仕方がないのだが、歴史に残る荒れ方を見れば、父上が早めに譲位することも想像できたという。
譲位した皇帝は離宮に移るが、その時皇妃の自分は要らないだろうし、情に弱いところがある父上ならばカリーナ様が希望する相手に下賜してくれるんじゃないかなと考えたらしい。
「賭けですね」
「でも賭けに勝ったわ。旦那様には私を待っていなくてもいいと言ったわ。でも待つと、諦めないと言ってくださった旦那様のあの強い目。シアちゃんも旦那様と同じ目をしていて、一目で好きになってしまったわ」
それなのに、とカリーナ様は溜息を吐く。
「でもいまのシアちゃんは、自ら皇后になった責任を取って自我を消して、国にとって理想的な皇后になろうとしている。あんなシアちゃん、私は嫌だわ」
「嫌だわと仰っても……」
「ニックさんが悪いのよ。どうして愛しているって言わなかったの? シアちゃんのことが好きなくせに! ずっとずっと好きだったくせに!」
ニコライ視点続きます。