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妻の矜持など捨てる

御前会議の翌日、陛下から皇妃を娶るという連絡がきた。


ノクトが持ってきた先触れは【急用ができた】という手紙と共に流れた。恐らく衝動に駆られて私に何か物申そうとしたが、冷静になって皇妃の必要性を理解してくれたのだろう。



私は直ぐに皇后の名でリストに載せた5人の令嬢たちの家に使者を出した。あとは彼女たちの登城を待つだけだったが、ここにきて予想外のことが起きた。


「候補者全員が皇妃となるのに後ろ向きとは」


皇帝の妃と言えば聞こえがいいが、世の立場的には愛人。だからこそ1人、2人の辞退は覚悟していたが全員とは……皇妃として一歩引いた立場におかれることを納得してくれる家とご令嬢を選んだことが間違いだったのか。



「宰相閣下はどうすると?」

「辞退されたわけではないので今後も打診し続けるそうです。ただどの家も恐れ多いと恐縮してしまっているようで」


なるほど、野心が過ぎては困るけれど、なさ過ぎると恐縮されてしまうらしい。でも適度に野心がある家のご令嬢はとうに婚約していて、愛人にするために成立した婚約を白紙にするのは彼女たちに申しわけない。



「どうすれば恐縮されないかしら」


「そうですね」

「皇后陛下、よろしいでしょうか」


オリガの思案する声に聞きなれない声が重なる。


そちらを見れば、怪我した侍女の代わりに今朝から配属された女官。

確か名前はスザンヌ。



私の側仕えには侯爵家から連れてきた侍女と城勤めの女官がいる。


侍女たちはお父様が選りすぐった者たちなので信頼しているが、城勤めの女官はどこでどう寝返るか分からないし、皇后付きという権力を与えると欲に溺れて癒着などの危険性があるため女官たちは定期的に交代させている。


普段なら試験を行い合格した女官を側仕えとしている。


しかし昨日側仕えの女官の一人が階段から落ちて怪我をして急遽一人必要となり、忙しさで試験ができず手をあげたスザンヌをそのまま採用したと聞いていた。


どうやら早計だったらしい。

皇后の話に割り込んで入ってくるのは礼儀が全く足りていない。


「あなた……」

「オリガ。みんな初めてのときは大なり小なり失敗するものでしょう?」


しかしいまは皇妃の問題で猫の手も借りたい状態。“今回は不問に付す”という意味でオリガを止めたが、スザンヌをそれを発言の許可だと思ったらしい。


「陛下が奥宮に居をお移しになり、皇妃様たちを進んで迎え入れることを表明されてはいかがでしょうか」

「スザンヌ!」


皇后の処遇に対して一女官が口を出すなど、オリガが声を荒げるのも分かるほど出過ぎた発言ではあるが、案そのものは悪くない。


「あなた、ダッシモ子爵家の次女だったわよね」

「はい」


急遽ではあったがスザンヌの経歴には目を通した。


簡易的な調査ではあったものの牧羊が盛んな領地を治めるダッシモ子爵家は中央の政争に関わっていない。夫婦そろって野心とは無縁な穏やかなタイプで、数年前に婿をとった跡取りの長女も目立つタイプではない。


調べた限り皇妃候補たちにつながる紐はなく、スザンヌの発言は純粋に皇妃候補たちの辞退を防ぐための案と言ってもいい。


でも、警戒心が刺激される。


野心的なあの目のせいだろうか。


しかし城に勤めていることは誇りに思っていいことだし、よい仕事をするためには多少なりとも野心が必要だと思っている。


警戒し過ぎ?

でも時期的に警戒し過ぎてもいいだろう。



「奥宮、ね」


奧宮とは皇后が皇妃たちと生活する場所。


この城は大きく外宮と内宮に分かれており、皇妃がいない今までは陛下と内宮で生活していたが、陛下が皇妃を迎えたら私は内宮の奧にある奥宮で生活するようになり皇妃たちとともに陛下のお渡りを待つことになる。


通常なら皇帝が誰を皇妃に娶ると言ったときに奥宮の扉が開かれ、皇后は奥宮を整え始めるのだが、それより前に奥宮を整えるということは皇妃を歓迎する意味にとれるだろう。


妻が愛人に対して歓迎の意を示すなど皇后の矜持はないのかと言われそうだけど、陛下に愛されないことを笑われ続け、石女と蔑まれ続けてきたのだ。


皇后の矜持など役に立たない。


そもそも皇妃を娶るよう陛下に進言した時点で奧宮に移ることは時間の問題だし、言われて移動しても「愛されなかった皇后」と笑われるのだし、それならば役に立つタイミングで移動するのも手ではある。


奥宮に移っても皇后は陛下の許可なく奥宮を出入りできるので特に不便はない。城内の保安事情から、皇妃の場合は奥宮から出るのに陛下の許可が必要となる。



「陛下に奧宮を開いてもらうように言いましょう」


内宮の管理は皇后の役割だが、奧宮の管理は皇帝の役割。皇后が傍若無人に振る舞わないようにするためというが、結局皇帝は許可を出すだけで皇妃たちと交流して不平不満を聞き、ときには皇妃たちの諍いを仲裁するのは皇后の仕事である。


そう考えると気が重い。


いつの時代の歴史書にも一人の男の寵を巡る女の戦いの壮絶さが記録されている。どうせなら交流も仲裁も全て陛下にやっていただきたい。

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