第二章 君と
ついに来た。小坂先生が車いすを押してくれる。ソラもいる。ひとまずリビングで休むことにした。
「ちょっと待っててな。荷物置いてくる。」
ソラが駆け寄る。
「ワン!」
「そうだね、やっと会えたね」
顔を擦り寄せてくるソラ。私も見ていて嬉しくなる。
頭を撫でた。
「いつも寂しい思いさせてごめんね。これからは一緒に居られるからね。」
「ワン!」
なんだか心が通じ合っているような感覚になる。尻尾をフリフリして喜んでいる。私も顔がほころぶ。
そんなやり取りをしている間に小坂先生が戻ってきた。
「お待たせ~。って、なんだか仲良さそうにしているな。ソラくん、飼い主にデレデレじゃないか。」
「ソラも喜んでいるようで良かったです。本当にありがとうございます。」
「いいよ。でも、本当に良かったな。ソラくんとまた一緒に居られるようになって。」
何か飲む?そう聞かれた私は麦茶をいただくことにした。
「あとで結ちゃんの部屋に案内するよ。それから、俺が当直でいない時のために連絡先も渡しておくな。」
「はい。よろしくお願いします。」
「ワン!」
「なにか買ってきて欲しいものとかあったらいつでも言ってな。あ、てかもうこんな時間か。」
時計は午後1時を指していた。
「ご飯でも食べるか。冷蔵庫の中身、見てみるな。しばらく料理していなかったから。」
「えーっと、ハンバーグなら作れるけど、それでいい?」
「はい。よろしくお願いします。」
「おうよ。」
先生は腕まくりをして腕を大きく降り始めたので、張り切っているように見えて少しクスッと笑ってしまった。
ソラは寝てしまったようだ。最近飼い主がいなくて寝れていなかったのだろうか、安心して眠くなったのかもしれない。ごめんね、いつもありがとうという気持ちを込めてソラの体を撫でる。穏やかな時間が流れ始めた。
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「ふぅー、美味しかったです。」
「それなら良かった。ソラくんのためのご飯も買ってこないとだな。」
「何から何まですみません。」
「言ったろ?沢山頼ってくれって。」
その後は部屋に案内して、連絡先を教えた。なるべく家にいられるようにするとは言った。
部屋もある程度は片付けてあるし、医療器具も揃っている。不安を煽らないためにもそういったことは伝えないようにしているが。
ただ…あれだけが気になるな。八神が言っていた…「あの事」だけは…。
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それから何日間か経った。まだ薬の投与はしているものの、結ちゃんも体調が安定してきている。だが、そんな日も長くは続かない。
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はぁっ、はぁっ、はぁっ。
どうしてこうなったんだ。俺が見ていない間に…。
結ちゃん…!
「結ちゃん!」
先程、緊急搬送されてきた彼女。呼吸も苦しそうだし咳も酷い。意識も朦朧としており、八神が処置にあたっていた。
「サチュレーション低いな…すぐに挿管だ」
「挿管準備できました」
「よし…」
無事挿管が終わり、サチュレーションも一時安定した。
「ふぅ…」
「八神ごめんな、俺が見ていなかったばっかりに…」
「小坂は何も悪くないだろ、俺の監督不届だ。もっと注意しておくんだった」
「俺も気をつけるよ」
「ありがとうな。とにかく、人が見つけてくれてよかった。あのままだと本当に危険な状態になっていただろうからな。」
「それはもうソラくんのおかげだな。彼がいてくれて良かったよ。」
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ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ。
息が苦しい。またか。誰か、たすけ…。
バタッ。
車椅子から倒れてしまった。息が苦しくて目を開けていられない。
ソラ…。
「ワン!ワンワン!」
なんとか目を開いて訴えかける。誰か助けを呼んできて。
ソラが外に出ていく。玄関先で吠え声がする。
私はそのまま意識をなくした。
気が付いたらいつもの白い天井。病院に搬送されたみたいだ。
沢山の管が通されており、身動きが取れない。人工呼吸器に繋げられているようだ。
若干息が苦しい。意識もまだぼーっとしている。
「意識が戻ったか。」
小坂先生。
「肝心な時にそばにいられなくてごめんな。でも、助かって本当に良かった。」
また迷惑をかけてしまった。ごめんなさい。
「どうした?涙、流れている…。」
涙を拭いてくれる先生。
「ごめん、…なさい」
「…!結ちゃんは何も悪くない。俺が悪かったんだ。だから、謝らなくていい。」
また様子見に来るね。そう言って先生は部屋を出ていった。
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…。結ちゃんの部屋を出て、俺は真っ先に八神の下に行った。
「八神」
「小坂か。結ちゃん、様子どうだった?」
「さっき意識を戻した。まだ朦朧としているみたいだが、サチュレーションも落ち着いているし大丈夫だろう。」
「そうか…小坂、これ見てくれないか?」
結ちゃんの胸部CT画像。心臓が肥大化している。
「この前の血液検査の結果もBNPが90…。今はまだ経過観察でいいと思うが、これ以上悪化したら…」
…心不全。
まさかここまでとは…。
一瞬、時が止まった。
俺は耐えられなくなってその場を後にした。
なんで、何でなんだ。なんで彼女ばかりが。
歩みが早くなっていく。一番辛いのは彼女だというのに。
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ピッ、ピッ、ピッ、ピッ。
無機質な機械音だけが鳴る。
寝ているだけなのに疲れが溜まっているのが分かった。
身動きも取れないし、視界もぼやけて見える。
ソラ…。
夢を見た。
おじいちゃんとおばあちゃんが居て、2人とも優しく微笑んでいる。
私たちは3人で語り合っている。
もう少しだけこのまま夢を見ていたかった。
だが、優しい夢はすぐに終わりを迎える。
「…ちゃん、聞こえる?結ちゃん!」
ハッ。
目を見開くや否や、目の前にいたのは遙ちゃんと八神先生。小坂先生も後ろにいた。
3人とも心配そうな面持ちで。
「あぁ良かった。意識がないのかと思ったわ。」
「ごめんね、点滴を変えに来たんだ。少し話せる?調子はどうかな。」
今は動くのも辛い、視界がぼやけて見える。そう伝えた。
「そうか…まだしんどいよな。サチュレーションもまだ少し低いから、もう少しだけ点滴しような。」
「『あれ』はいいのか?」
小坂先生が口を切る。
「…そうだな。一応伝えるか。」
なんだろう、嫌な予感がする。
「結ちゃん、落ち着いて聞いて欲しい。これから幾つか検査をさせてもらう。胸部X線写真、心電図。心エコーも取らせてくれ。」
「前回の血液検査の値で気になるところがあったんだ。検査は何も怖くないから大丈夫だよ。」
急に不安になる。もしかして心不全…?これからどうなるのだろう。漠然とした不安が襲い掛かり、視界がモノクロになっていく。もうこれ以上、苦しみたくなかった。
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結ちゃん、ショック受けてたな…。大丈夫だろうか…。
「なぁ、小坂。ちょっといいか?」
八神…?
「どうした?」
「結ちゃんの担当医になってくれないか?」
正直驚いた。このタイミングで言われるとは思っていなかったから。
「分かった。八神が主治医をやってくれるんだろ?」
「あぁ。患者さんが今結構増えていてな。俺一人だと結ちゃんのことをちゃんと診てやれないかもしれない。俺はあまり結ちゃんの治療に加わってやれないかもしれないが、よろしく頼むよ。担当医も、お前なら任せられる。それに…」
?
「小坂。お前、結ちゃんのこと好きだろ。」
!?
「なんで知って…!」
「ははっ。それくらい分かるよ。俺たちの仲だろ?」
「マジかよ…(笑)あぁ、好きだよ。絶対に守ってやりたいと思っている。」
「なら、決定だな。改めてよろしく頼むよ。」
「あぁ。」
拳を突き合わせる。そうだ。絶対に守ってみせる。
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今日は検査日。様々な検査を受ける。
ソラに会いたい…。そう思いながら色んな機械をつけられ、検査を受けた。
「ふぅー、疲れた。」
やっと人工呼吸器も外され、点滴を指しながらでも動けるようになった。
「結ちゃん検査お疲れ様。大変だったでしょ?」
遙ちゃん。
「少し疲れたけど大丈夫だよ。痛くなかったし。」
「そっか。それなら良かったわ。少しベットに座っていてね。ご飯持ってくるから。」
「うん…。」
遙ちゃんが退出する。
もう9月か。秋が近づいている。この前まで夏だったというのに。風が冷たく感じる。秋の寂しい感じがまた私の心を震わせる。一人、部屋にぽつんと座っていた。
「お待たせ。よく噛んで食べてね。」
「遙ちゃん、ありがとう。」
ご飯を食べて勉強をする。最近、簿記の勉強を始めた。資格を持っておくに越したことはない。
大学の勉強もしている。いつかお医者さんになりたい。私にできるかな。でも、私のように辛い思いをしている患者さんを沢山救いたいんだ。頑張ればなれるかな。
そうだ。最初にお医者さんになりたいと私が話したのは、小坂先生だった。
『いいじゃないか。結ちゃんなら頑張ればなれるよ。』
そう言ってくれたな。その言葉がとても嬉しかった。今でも私を勇気づけてくれる言葉だ。
もう少しだけ頑張ってみよう。そう思った。
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結ちゃんの部屋の前まで来た。ちょっと緊張するが、入ろう。
「失礼します。」
「あ、小坂先生。こんばんは。」
「勉強か。偉いな。」
「はい。少しでもやっておこうと思いまして。お医者さんになりたいので。」
「そういえば、前にそんなこと言ってたな。」
「はい。あの時の先生の言葉に救われました。」
「俺なんか言ったっけ?変なこと言ってないよな?」
「ふふっ。大丈夫ですよ。変なことじゃありません。ただ私なら頑張ればなれるよって言ってくださったんです。」
「その言葉が、か。」
この子はきっと、少しでも認められることが嬉しかったんだな。
「どんな医者になりたいの?」
「誰よりも患者さんに寄り添える、そんなお医者さんになりたいです。」
そうか…。俺も頑張らないとだな。
「先生?」
「あぁ、ごめん。今日はちょっと話があってな。この度、如月結さんの担当医をすることになりました、小坂類です。改めてこれからよろしくな。」
「こちらこそよろしくお願いします。主治医は八神先生のままですか?」
「うん。俺は結ちゃんの治療を主に担当することになった。よろしく頼むよ。」
「こちらこそ、これからお世話になります。よろしくお願いします。」
俺が担当医と言った途端に、嬉しそうな表情をする彼女。喜んでくれて良かった。俺も結ちゃんの様子を見ることができて安心する。
「今少し診察してもいいかな?点滴も変えたいし。」
「はい。よろしくお願いします。」
聴診器を当て、胸の音を聞く。
「うん、今は大丈夫そうだな。点滴も変えちゃうね。」
「ありがとうございました。」
「いえいえ。じゃあまた診察に来るから。」
部屋を後にする。あとは検査の結果だな。いい結果だといいんだが。
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チュン、チュン。
朝か。日差しが眩しい。なんとか体を起こしてみる。
なんだか今日は清々しい朝だな。なんでだろう。
ほんの少し、小坂先生が来てくれるのを楽しみにしながら時間だけが過ぎていった。
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「八神、検査結果どうだった?」
「それなんだが…これ見てくれ。」
「おい、これって…!」
そこには前回よりもさらに肥大化した心臓の写真。BNPも160と高い値になっていた。
「心不全だ」
嘘だろ。なんで。体がガクンと落ち込む感覚。目の前が真っ白になる。
「落ち着け。おい、落ち着けって!」
はっ。俺が落ち着かないでどうするんだ。不安なのは彼女なのに。
「…悪い。それで、どうする?循環器科の先生も呼んだ方がいいだろ?」
「あぁ、なるべく早くだ。」
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問診の時間になった。そろそろ先生が来る頃かな。
「結ちゃん、入るよ」
「はーい」
と、そこには小坂先生と一緒に知らないお医者さんが立っていた。
胸騒ぎがした。
「結ちゃん、怖がらなくて大丈夫だよ。こちらは榊原先生。循環器科のお医者さんだ。」
「初めまして、如月結さん。」
循環器科…?検査の結果は?
「今日は問診の前に話したいことがあるんだ。」
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うっ血性心不全…か。
心臓がうっ血して肺を圧迫しているらしい。
だから、心不全の治療をしなくちゃいけないみたい。
頭では理解できても、心が追いつかない。
ひとまずは薬を飲むことになった。
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「榊原先生、本日はありがとうございました。」
「いえいえ、お互い頑張りましょう。」
「はい。今後ともよろしくお願いいたします。」
「こちらこそ。では、失礼します。」
結ちゃんに事情を説明し、問診も終わった。
終始結ちゃんは暗い表情をしていた。なんとか元気づけてあげられないだろうか。
あ、そうだ。ソラくんに会わせてあげるのはどうだろうか。
今なら個室だし病状も安定してきている。
八神に相談しよう。
「八神。結ちゃんのことなんだが、ソラくんに一度会わせてあげられないだろうか。」
「今は症状も安定してきているが、本当に大丈夫か?今はすごく大事な時期だぞ。」
「それはそうだが…。」
やっぱり駄目か。
「…今会わせるのは危険だと俺は思うな。」
「そうだよな…。」
「なぁ、小坂。あのさ…」
と、そこに水谷さんが来た。
「なになに?結ちゃんのこと?」
「あぁ、水谷さん。結ちゃんがなんとか気分転換でもできないか考えていたんですけど、ソラくんに会わせるのは危険な気がして。」
「それなら散歩なんでどうかしら?私も同伴するわ。」
「いいんですか?散歩くらいなら大丈夫そうですね。」
「あぁ、俺も散歩程度なら賛成だ。少し外の空気を吸うのもいいだろうし。ただ、中庭までならな。」
「じゃあ、決定ね。」
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「結ちゃん、入るわよ。」
「遙ちゃん…。」
やっぱり悲しそうな顔をしているわ。そりゃそうよね。症状が安定はしてきているものの、まさか心不全になるだなんて…。
すぅー。
「ねぇ、気分転換に散歩でも行かない?ただ、中庭だけね。」
「え!いいの?」
顔がパッと明るくなったわね。
「ええ、いいわよ。今車椅子持ってくるわね。」
少しでも気が楽になったのなら良かった。そう思いながら私は病室を出た。
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散歩に行ける。なんだかワクワクする。
でも…
最近の出来事の影響とはいえ、周りに気を遣わせてしまっているのは分かっている。
みんな心配してくれるのはありがたいんだけど、それはきっと私が暗い表情をしているからだ。
ごめんなさい。
今は自分のことで精一杯になっちゃうんだよね。
はぁ…。
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少し考え事をしていた。小坂のことだ。
結ちゃんのことを気遣うのは分かる。だが、最近あいつは結ちゃんのことしか考えていないように見えてしょうがない。
「あまり親身になり過ぎない方がいい。」
俺はそう言いかけた。
だが、それを言ったとして実際どうなるだろう。
今のあいつにその意味が通じるだろうか。
だから、少し躊躇してしまう。
いや、今は様子を見よう。あいつのペースというものがあるだろうし。
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「風が冷たいわね。寒くない?」
「毛布があるから大丈夫だよ。ありがとう。」
「はーい。」
私と遙ちゃんは中庭に来ていた。
「もう紅葉が…。」
「本当ね。綺麗な赤色。」
ここで少し胸の内を明かす。
「ねぇ遙ちゃん…」
「ん?」
「私…これからどうなるんだろう。」
遙ちゃんは答えない。
「私ね、怖いんだ。これからのこと。それに、私が辛そうにするからみんなに気を遣わせちゃっているのも分かってる。」
「結ちゃん…」
「私…私…」
ポロッ。
ポタ。ポタ。
「私、怖いよ…。怖いの…。」
遙ちゃんが抱きしめてくれる。その温もりが落ち着く。
泣いちゃダメ。もっと苦しくなっちゃう。だから、泣いちゃダメ…。
「今は、泣いてもいいのよ。たっくさん、泣いていいの。」
私は嗚咽した。秋のそよ風が異様に冷たく感じた。
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部屋に戻ってきた。
しばらくそばに居てくれた遙ちゃん。
「もう大丈夫。ありがとう。」
「そう?またなにか辛くなったら言ってね?」
「うん。ありがとう。」
心配しながらも部屋を出ていく遙ちゃん。
ぼんやりと外を眺めながら、私は少し休むことにした。
落ち着いた頃に勉強をし始める。
今日も大学の勉強を…
ドクン!
え、なに、これ。
胸が苦しい。息も荒くなってる。嫌な汗をかく。
まずい。ナースコ…
バタッ。
苦しくて動けない。誰か、たすけ…
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結ちゃん、散歩から戻ってきたみたいだ。
念のため、診察を…
「え?」
そこには胸を押さえながら倒れている彼女。
まさか…!
急いでナースコールを押す。
「患者急変!除細動の準備!循環器科の先生も呼んで!早く!」
心停止を起こしている。胸骨圧迫を開始する。
はぁ、はぁ。
「戻ってきてくれ…!」
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病棟から電話…?
「はい、循環器科の榊原です。」
「え…!分かりました、すぐに向かいます。」
急変だと…!?
この短い期間で…!
急いで407号室に向かう。
「榊原着きました!患者の容態は!?」
「榊原先生!10分ほど前に倒れているのを見つけて、心停止していたため胸骨圧迫と人工呼吸をしていました。AEDも一度使いました。」
「ありがとうございます。ここからは私が代わりにやります。」
「お願いします。」
脈、触れないな…。
「酸素マスクとルート確保。それから、ニトロの用意も。一度胸骨圧迫をやめて、AEDに切り替えましょう。」
「AED準備できました!」
「全員離れて!」
バフッ。
どうだ…?
「まだ脈触れません!」
ダメか…。
「胸骨圧迫再開!」
戻ってこい!!
「脈触れました!」
「よし。ひとまず脈は大丈夫そうだな。結ちゃん?聞こえる?」
肩を叩く。反応はまだない。
まさか…蘇生後脳症…?
「この中に、心停止して見つかるまで何分経ったか分かる人はいますか?」
一人の看護師さんが手を挙げる。
「小坂先生がナースコールを押す10分前まで私は結ちゃんと一緒に居ました。それ以降のことは分かりません…。」
「その時は特に変わった所見はありませんでしたか?」
「あるとすれば…散歩に行く際、如月さんが泣いていました。そのことにより心停止に繋がった可能性があります。」
そうか…。
「その他に、10分間の間で結さんの様子を見ていた人はいますか?」
…いない。
「…蘇生後脳症を起こしているかもしれないな…。」
「まさか…このまま意識を戻さない可能性があるんですか?」
小坂先生…。
「その可能性も…」
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俺が、もっと早く来ていれば…。
そんなことを考えても遅い。
ベットの上の彼女は目を覚まさない。
「小坂先生、誠に申し訳ございませんでした。」
水谷さん…?
「私がもっと長い時間様子を見ていれば、こんなことにはなりませんでした。それから…」
ん?
「泣いている彼女を落ち着かせることまではしましたが、それがこのような事態を招くと考えず彼女を一人にしたのは、紛れもなく私の責任です。本当に申し訳ございませんでした。」
「水谷さん…。あまりご自分を責めないでください。僕も早く結ちゃんの様子を見に来ていれば、事態はここまで悪化しなかったでしょうから。」
「ありがとうございます…。もう夜も遅いですし、先生もお休みになられてください。私もまた様子を見に来ますから。」
「はい。ありがとうございます。」
パタン。
水谷さんが部屋を出ていく。
無機質な機械音だけが部屋に響く。
もう少しだけ様子を見ていたい。
早く、目を覚まして…。