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第一章 私の

息が、できない。呼吸が乱れる。


いつからだろう、こうなったのは。


ソラが心配そうに駆け寄ってくる。


ごめんね、ソラ。




私は如月結。22歳。間質性肺炎を患っている。


今日は久しぶりの外出。やっと先日、病院から許可が降りた。最近は自宅での療養も許されている。


それなのに…。




ソラは私が飼っている犬のこと。大型犬で性格が穏やか。本当は発作が起こらないようにそばに置かない方がいいのだが、私には家族がいないため、特別許可が降りているのだ。


今日は大学の図書館に来ていた。自分の手で車椅子を押して。私は左目の視野を欠損しているため、ソラにいつも着いてもらっている。彼はとても頼りになる存在だ。


図書館で本を探そうとしていた矢先に、発作が起きてしまった。周りにいた人達が歩み寄ってくる。すぐに救急車を呼んでもらった。また入院生活に逆戻りだ。



その後のことはあまり覚えていない。


周りを忙しなく動く人達。沢山の「管」に繋げられる。そして、いつの間にか病室にいた。


それから何日か動けない日々が続き、やっと体を起こせるようになったのは2週間ほど経ってからだった。




主治医の先生から話を聞き、やはりここ3ヶ月は病室で様子を見ましょうということになった。ソラも今は会えない。でも、4人部屋ではなく個室に通された。落ち着いて生活ができる。


そんな時、小坂先生が来た。この先生は担当医ではないが、よく私の相談に乗ってくれる優しい先生だ。


「大丈夫か?また発作があったんだってな」


当時の状況をお話した。先生は心配そうにしていた。外出許可が降りてからすぐの出来事。八神先生(主治医の先生)も厳しそうな表情をしていた。


口には出さなかったが、状況として非常にまずいことも私は分かっている。…後先短いことも。祖父も肺炎が原因で亡くなった。それに私は川崎病も患っていたため、今後心臓病と合併する可能性もある。今は肺炎だけなので、あまり考えないようにしているが。


「ソラを一人置いてしまうのは可哀想で。これからまた入院生活。寂しい思いしていないといいんですけど。」


「そうだよな。俺からもソラくんと面会できないか八神先生に話してみるよ。」


「ありがとうございます。」


「いいよ、そんなに気を遣わなくて。いつでも相談してな。」


入院生活中はいつも勉強をしている。いつか病気が治った時のことを考えて、資格の勉強だったり大学の勉強もしている。だが、最近はモチベーションが上がらない。やっとのことで得た外出許可も、今後しばらくは降りないだろうから、気分転換することもできない。どうしたらいいだろう。


「そうだ。購買でなにか買ってきてあげるか?今は部屋から出られないだろ?」


「いいんですか?じゃあ、バニラアイスで。」


「分かった。待っててな。」


小坂先生が部屋から出ていって、私は窓の外を眺めていた。もうすっかり夏か。木々が生い茂っていて、窓からの風が涼しい。日差しはあまり部屋に入ってこないが、ここ最近猛暑が続いているようだ。いつか海に行きたいな。そんなことを思いながら、時間だけが過ぎていった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



一目惚れだった。恋愛に興味ない俺が、一体どうしたと言うのだろう。7年前、彼女は小児科から内科に移ってきて、俺はその2年後に内科に配属になった。そのタイミングで彼女に初めて会ったのだ。彼女の名前は如月結と言った。華奢な体、透き通る声、優しい、でもどこか儚げな目。一瞬にして虜になった。


彼女は幼少期から喘息を患っており、重積発作を何度も起こすくらい体が弱かった。小さい時からずっと病院生活。頼れる家族もおらず、いつもどこか寂しげな表情をしていた。だが彼女はとても努力家で、退院した時のためにいつも勉強をしている。自分がしっかりしなければと思っているのかもしれない。最近はソラくんという犬を飼って穏やかな表情をするようになったが、それでも入院生活が長引くとソラくんと会えないので悲しそうにする。なんとかしてあげられないだろうか。


購買に向かう途中、ナースステーションから話し声が聞こえた。

「結ちゃん、ステロイドパルス(※1)開始するってね」

「外出許可が出てから1週間も経たずに…だものね」

「最悪、肺移植も…」


※1 突発性間質性肺炎を持つ患者さんのうち、重症度が高く、憎悪のスピードが急激な場合に行われる治療。


そばに行き「結ちゃんのことですか?」と聞くと看護師さんたちは驚いた。

「小坂先生!聞こえてしまいましたか。」

「そうなんです。A-DROP(※2)の値も依然高いまま…非常に厳しい状況なんです…。」


※2 肺炎の重症度。


「そうでしたか…。少しでも症状が落ち着くといいんですけどね。」

「そうですね。私達も全力でサポートします。」

「心強いです。ありがとうございます。」


俺はその場を後にした。


ステロイドパルスか…。かなりまずいな…。


購買で缶コーヒーとアイスを買って結ちゃんの部屋に戻った。


「お待たせ。買ってきたよ。」

「ありがとうございます。」


静かに笑みを浮かべる彼女。ここで少し、「ある提案」をしてみる。


「もし良かったらなんだけど、俺の家に来ない?」

「えっ。先生のご自宅でお世話になるということですか?でも…」

「俺が様子を見ている分には家に居ても大丈夫だし、ソラくんとの同居も許されると思うよ。病院での生活も疲れてきたでしょ?」

「…本当にいいんですか?ソラに会えるのは嬉しいですが、先生にご迷惑おかけしてしまうのでは…」

「迷惑とかは考えなくていいよ。それで…どうかな?」

「では…お願いします。」

「分かった。八神先生に聞いてみるよ。」


申し訳なさそうにしながらも、心なしか喜んでいるようだ。良かった。



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本当に良かったのだろうか。小坂先生に気を遣わせてしまった。ソラに会えることは嬉しいが、もし発作が起きてしまったら先生に迷惑をかけることになる。一抹の不安がよぎった。そんな時、遙ちゃんがお部屋に入ってきた。


「結ちゃん、調子はどう?まだ具合悪いかな?」

「まだ少し具合悪いけど、大丈夫だよ」

「なんだか悩んでいるように見えるけど、どうしたの?何かあった?」

流石は遙ちゃん。遙ちゃんはとても優しくて頼りになる看護師さんだ。歳も27と近いので色々話しやすいんだ。


「小坂先生のお家にお邪魔することになったんだけど、本当にいいのかなって」

「小坂先生のご自宅に?先生何か言っていた?」

「病院での生活も疲れたでしょって。ソラにも会えるよって言われた。」

「先生がいるなら安心だと思うけど、他になにか心配なことでもあるの?」

「発作が起きた時、先生に迷惑をかけてしまうんじゃないか心配で…」

「あ~なるほどね。いい?結ちゃん。誰も好きで病気になっているわけじゃないでしょ?だから、発作が起きたとしても周りの人達に迷惑をかけていることにはならないのよ。気にしなくて大丈夫だと思うわ。」


…確かに。少し安心した。


「遙ちゃん、ありがとう。少し気が楽になったよ。」

「いえいえ、相談ならいつでも乗るからね。」

「本当にありがとう。」


遙ちゃんは部屋から出ていった。小坂先生の帰りを待つ。早く来ないかな。少しワクワクしてきた。ソラにも会えるし、楽しみだな。


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「八神、今少しいいか?」


「お、小坂じゃないか。どうした?」


「結ちゃんのことなんだが、俺の家に預けさせてもらえないか?」


「お前の家にか?それなら安心だ。よろしく頼むよ。」


要望がすんなりと通ったことに驚いた。


「いいのか?」


「いいよ(笑)結ちゃんも今は辛いだろうしな。ソラくんはどうするんだ?」


「ソラくんも家に連れてこようと思う。それでもいいか?」


「あぁ、いいとも。結ちゃんのことは任せた。ただ…」


「ただ?」


そこから八神と相談をした。結ちゃんの症状についてだ。ひとまずは1ヶ月外泊予約を取れた。

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