何を優先にするべきか、よく考えた方がいい
あらエドガール様、ごきげんよう。
どうなさいましたの?本日、当家へ来訪されるご予定は伺っておりませんけども。
ブランシュですか?
妹ならば、本日は両親と共に出掛けておりますわ。
帰るまで待つと言われましても……。私も暇ではありませんから、いつまでも貴方の相手はしていられませんわ。
妹の婚約者に対してそんな言い方はないだろう、と?
間違っていましてよ。貴方はブランシュの元婚約者。両家の当主同士で、話はとっくに付いていますわ。
自分は認めていない?誤解があっただけだから、話せば分かる?
そうですか。誤解と仰いますか。
エドガール・ヴィトリー伯爵令息。貴方は本当に、自分に何も非がないと思っていらっしゃるのですか?
婚約を交わした際、月に一度はブランシュと会う約束になっていたはずですわよね。婚約者同士の懇親を深めるという目的で。
あれは……秋の収穫祭の時だったかしら。ブランシュと共に行くと約束なさっていたのに、妹さんと一緒に行くことになったから来られないとキャンセルなさいましたわよね。しかも、当日の朝に。
妹さんのご友人の都合が悪くなって、でもどうしても行きたいと駄々をこねられた。だから仕方ない?はあ、そうですか。
では、オベール侯爵家のパーティに同行しなかったのは?確か、貴方はお母様と参加されたのでしたわね。
エスコートするはずだった貴方がいないものだから、妹は独りで参加しましたのよ。急な話でしたからうちの父や兄も都合がつかなかったんですの。
婚約者がいるというのに独りなんて、さぞや奇異な目で見られたでしょうね。可哀想に……。
そうですか、ヴィトリー伯爵が急用。オベール侯爵はヴィトリー伯爵夫妻を招待して下さったんだから、父が不在ならば、次期ヴィトリー家当主の自分が対応するのは当然と。
クラヴェル家のように歴史の浅い家とは違って、うちは由緒正しい伯爵家だから?
あらあらまあまあ。
よくいますのよねえ、そのように仰る殿方。
妻の実家と言うだけで、無条件に見下される方。
そもそもこちらだって伯爵家ですわよ?
そりゃあ我が家は先々代に陞爵しましたけれど、貴族としての長さならそちらと大して変わりませんわ。
お詫びとして次の月はきちんと会った?
ええ、ええ。そうでしたわね。何故か、お姉様と甥御さんも同行されていたらしいですけれどね!
あの日は、ようやく貴方と二人で出掛けられるとブランシュはそれはもう楽しみにしておりましたのよ。
甥御様がポウロウ観戦へ行きたいと泣いたから、連れてきたと聞きましたわ。それならば、お姉様が息子さんを連れて行けば済む話ではなくて?
しかもお姉様は息子さんの面倒をブランシュに押し付けて、ずっとエドガール様との会話に興じてらしたそうじゃないですか。
仰る通り競技場なんて、女性だけで行くものじゃないですけれど……。お義兄様はどうなさったんです?王宮勤めで多忙。それはまあ、仕方のない事でございますけれども。
そうですね。幼いお子さんがそこまで楽しみにしていたのなら、その機会を奪うのは可哀相ですわ。
ですがそれはご両親であるお義兄様とお姉様の責任です。貴方が、ましてブランシュが負うべきことではないと思いますわ。
ねえ、エドガール様。
貴方、これまで何回約束を破ったか……いえ、むしろブランシュと二人で外出した回数がどのくらいか、覚えていますか?
あらまあ、どうなさったの?随分青い顔をなさって。
ふふふ。ようやく気付いたようですわね。
婚約して三年……片手の指で数えるほどしか、妹と会っていないということに。
贈り物はしていたと?ああ、確かにエドガール様からドレスが届いたことはありましたわね。
何十年前に流行ったのかと思うくらい古臭い型に、ピンクのフリルがたっくさんついたドレス。一体どこで手に入れたのか、聞きたいくらいでしたわ。
それでも婚約者から贈られたものだからと着て行こうとするブランシュを、家族総出で止めましたわ。母なんて「娘にこんな酷いドレスを着せて人前へ出すくらいなら、私が死ぬわ!」と泣いてましたもの。
そうですか、あのドレスはお義母様が勧めて下さったものだったのですね。お義母様の言う通りにしていれば間違いない?
はい、マザコン発言頂きましたわ。
マザコンじゃないと言われましても……。だってどう考えても、未来の嫁に対するイビリでしょうに。
月一のお出掛けにしたって、そう。毎回毎回邪魔が入ることに、少しは疑問を抱かなかったのですか?
今日だって、大方お義母様かお義姉様あたりに入れ知恵されて、我が家を訪れたのでしょう?ブランシュの方から婚約解消を取り消すよう説得しろとでも、言われてきたのかしら。
表向きは円満に婚約を解消したということになっていますけれど、そちらのご家族のなさりようは社交界中に広がってますものね。
ヴィトリー伯爵家の皆さまは今後、肩身の狭い思いをなさるでしょうねえ。
まあ、うちの母や叔母があちこちで噂を広めまくったからですけれど。私も微力ながら手伝いましたわ。
酷いと仰られましても……別に嘘八百を並べ立てたわけでもないですし。事実しか述べてませんわ。
結婚したら妻を大事にするつもりだった?家族と共に過ごせるのは今だけなんだから、独身の間は婚約者より家族を優先することの、何が悪いんだと。
ええ、ご家族を大切にすること自体は良いと思いますわよ。ですがそれは婚約者を大切にすることと、両立できないことですの?
ブランシュだって、常に自分を最優先にしてくれと願っていた訳ではありませんわ。
ただ月一回の逢瀬を、大切な時間として婚約者と共有したかっただけなのです。
何を一番優先にすべきか、よく考えるべきでしたわね。
ご理解なさいましたのなら、もうお帰りになられた方がよろしいのでは?
ブランシュのことならご心配には及びませんわ。貴方との婚約が無くなってから、それはもう沢山の釣り書きが届いてますのよ。みなさん、貴方よりよほど優秀なご令息ばかりですの。
今日も、婚約者候補の方との顔合わせに出向いてますのよ。
***
ふう。ようやくお帰りになりましたわね。
使用人に命じて放り出しましたけれど、しばらく門の前で騒いでおりましたわ。
何やら「あり得ない、ブランシュは今も俺を愛してるはずだ」と叫んでおられましたけれど。
どこから出てくるのかしらね、その自信。
ブランシュはとっくに立ち直って、新しい婚約へ前向きになっているというのに。
確かに親兄弟と共に過ごせる時間は短いですわ。一方で配偶者と過ごす時間は40年、いや50年はあるでしょう。健康であれば、ですけれど。
考えても見て下さいな。
些細な約束さえ守らず、自分よりも他の人間を優先にする。
人生の大半の時間をそんな相手と共に過ごすなんて、不幸でしかないでしょう?
ブランシュはそれに気付いて、エドガールから離れることを決意しました。
勿論、私たち家族は大賛成。父はすぐに婚約解消へと動いてくれたのですわ。
今度こそ、妹には幸せになって欲しいのです。あんな屑一家に、邪魔はさせませんわ。