冒険者ギルド支店長代理の俺が顔見知りに接客したんだけど。
二人の男がみつめあっていた。
一人は立派な顎鬚を携えたドワーフの戦士で、ドワーフの割には妙に背が高いが、横倒にした椅子に乗っているせいだろう。
もう一人の男はオーク。彼の身長は2メートルを超えるだろうか、椅子を履く前のドワーフの軽く2倍はありそうだし、腕周りの太さなど人間女性の胴回りとそう変わらない。
好戦的なオークにとって他種族との交流とは、戦いを意味するから、首都リルバニアでは見かける事すら珍しい。
ただどんな種族にも変わり者は居るもので、このオークもその変わり者の一人、変わり者だから冒険者なんてものになる。
見つめあう二人は丸テーブルの上、肘をつき手をつなぎあっている。
お互いにつないだ手を確かめ合い、指をモゾモゾと動かし皮膚の感触を感じあっていた。
屈強な顎鬚ドワーフと、豚がひしゃげた様な醜い顔を持つオークのランデブーは、人の美的感覚においてだろうが、おぞましい、もしくは禍々しいとしか例えようがない。
時間にしてほんの数秒間みつめあい、お互いを確かめ合ったその二人は……。
ゆっくりと……。
ゆっくりと……目を閉じた。
そして……。
「おるあああああああぁぁぁあぁ!」
「ふんぐうううーーーーぐううぐぐっっっ!」
腕相撲を始めた。
「やれやれ~!」
オークの桃色の肌と、ドワーフの土色の肌に、ぶっとい青筋が立ちピクピクと脈うっている。
「ドワーフっ! 豚野郎の腕をへし折っちまえっ!」
豚野郎の腕ではなく、二人の体重を支える丸テーブルがへし折れそうになっているが。周りの冒険者達は、そんな事お構い無しに二人を煽っている。
「あー……騒がしい人達……」
むさ苦しい男二人が、力を比べあっている席から、二つほど離れた席には、若い女冒険者であるマリアベルが座っていた。
彼女は黒を基調に、レース、フリル、リボンに彩られた華美な服装に身を包み、強く香るフローラルの香水を漂わせている。
肉体労働を常とする冒険者に、およそ似つかわしくない格好ではあるが……。気のせいだろうか? 調合された花の香りに微かに硝煙の匂いが混じっている。
「ん~そうか~? 司祭の説法よりはマシじゃね? 眠くならないし」
そう言ったのは、マリアベルと同年代の女冒険者クリスティカ。専門職は信徒、雑に着崩したファッショナブルな修道服を身に纏っている。
「クリスティカ。あなたそんな信仰心で大丈夫?」
クリスティカは椅子に踏ん反り返った姿勢のまま応えた。
「何が?」
「あなたの役割は癒し手なんだから、そんな信仰心で大丈夫なのって事」
クリスティカはちょっと驚いた様な顔で姿勢を正して言う。
「えっ⁉ ウチの役割って癒し手なん⁉ それ期待してたんっ⁉ コッチの方が得意なのに⁉」
そう言って彼女が足元からテーブル上に取り出したのは、一振りの戦棍。色々な物や者を殴りつけてきたのであろう、使い込まれた上に所々に乾いた血がこびりついている。
「そーよ? ……あなたそんな考えだからいつもいつも前衛に出てるのね。数日前の仕事の時なんて盾役より前に出てたじゃないの。あの人、困惑してたわよ?」
そう言われたクリスティカは再び椅子に反り返った。
「しらね~! 怪我なんて魔法薬飲んで治してくれよ~。どうせウチら野良仕事メインだから良いじゃん。それに前衛に出るのはマリーもじゃん?」
「私は矛役だもの」
「でも銃士じゃん? 後衛ろからでも問題ないじゃん」
「そんなの性に合わないもの」
一期一会の野良仕事だからこそ役割は重要だろう、マリアベルはそう感じている。
クリスティカは口では知らないと言いつつも、癒し手としての役割を疎かにしていない事を、マリアベルは知っている。だから、これ以上この話を続ける事をやめ、話題を変える為にぼやいた。
「……それにしても、まったく何時まで待てばいいのかしら」
その言葉に丸テーブルに身体を乗り出してクリスティカは反応する。
「アンタのお友達さ、クロドって言ったっけ? トロそ~だしね。今日中に野良仕事のマッチングできないんじゃね?」
「何度も言うけど、友達じゃないから」
「え~……んじゃ、なんだ? 顔見知り?」
「……そんな所ね……顔を見るたびに撃ちたくなるけど……」
マリアベルにはクロドとの思い出したくもない因縁がある。とはいえ支店が多数あるアックス&スペルズの中で、クロドが働く第9支店に足を運ぶのを辞めてもいないのは、複雑な乙女心と言った所だろうか。
「あ、そうな~ん。まーいーけどねなんでも。あ! お~~~いワン公~!」
何かを思い出して神妙な面持ちになったマリアベルだったが、クリスティカは他人のそういった過去に無到着な人間であった。
そして喉が渇いていたので、第9支店の非正規雇用店員でホール担当、ウーヴェ・ウーヴェを呼んだ。
ウーヴェ・ウーヴェはその毛に覆われた後ろ脚でトテトテと近づいてくる。
「よんだ?」
「ごきげんようウーヴェ」
「ごきげんよう!」
マリアベルの挨拶にウーヴェはピョンと跳ねた。
「ウチ、エールね。ギンギンに冷えたやつ」
「わかった!」
ウーヴェはコクリと頷いた。
「ワタシはハーブティーを、毛が入らないように気をつけてね」
「きをつける!」
ウーヴェは前足を上げてコクリと頷づき、来た時と同じようにトテトテと帰って行った。
彼は犬だ、もっと正確にいうと犬から進化したと言われるコボルト。コボルトは迷宮などに住み着いて、冒険者の集団と戦闘となる事もあるが。大抵の場合、脅かせば逃げる。人狼に比べて小柄で可愛らしく、根が温和なので人間達の街に出向く事もあるし、流石に愛玩犬として飼われる事はないが、ウーヴェのように人間達と共に働く者も少なくない。
ちなみに彼の時給は5シルバの鬼薄給で、余った食材を好きに持ち帰って良いという特殊な給与体系で働いているが、家族を養うに十分なので概ね満足している様だ。
「大変お待たせ致しました。お客様」
ウーヴェと入れ替わりに二人の前に支店長代理であるクロドが現れた。その笑顔は心なしか引きつっている。
マリアベルはウーヴェを見送る視線を動かさぬまま言った。
「なにかご用かしら?」
彼女の声は氷のように抑揚がなく冷たい。
クロドはソレを感じ取っているし、その声が例え冷たくなかったとしても、心中のバツの悪さは消えなかったであろう。仕事でもなければクロドはマリアベルの前には姿を現さない、まして声をかけるなど有り得ないのだ。
「……はい。ご希望の仕事マッチングが完了しましたので、ご報告に……」
マリアベルはクリスティカに顔を向けた。
「そんな事、頼んでました?」
「ほえ? 頼んでたじゃん? マリーが頼んだんじゃん?」
クリスティカは何言ってんのという顔で応えた、それもそのはずだマリアベルの態度は、クロドに対するただの嫌がらせでしかないから。
「あらそう? ……でっ?」
マリアベルはクロドに顔を向けて言った、その視線は地面に向かっているが。
「えっ……?」
「えっ、ではなくて。結果は? 報告に来たんでしょ?」
クロドは背筋を伸ばして応えた。
「はいっ、そうですっ。すみません!」
マリアベルの嫌がらせは止まらない。
「すみませんって何がですか? 何か悪い事でもしたんですか?」
その言葉にマリアベルは含みなど持たせてはいない、直前のクロドの台詞にあてたものだが……。クロドの解釈は違っていた、あの時の事を言っている……そう勘違いしてしまった。
「……マリー……あの……俺……」
マリアベルも察しの悪い女ではなかった、だからクロドの台詞を遮り言った。
「はやくっ! 報告は⁉ ただでさえ待たせているんでしょ? 仕事の時間がなくなるじゃない!」
そこまでの流れを黙って見ていたクリスティカも、流石にコレは変だと気付く。
「なぁ、マリーちょっと落ち着け……」
「落ち着いています」
コレが落ち着いている訳なんてないのだが、早くこの場から立ち去りたいクロドは報告を始める事にした。
「……ご希望のAランク仕事でマッチングできました。加入していただくパーティは当ギルドの第6支店で待機中でございますが……」
「遠くありませんか?」
マリアベルは腕組みをし、指をトントン打ちながら不満を口にした。
「その点は……。仕事は郊外のエル=ガル迷宮の探索ですので……。現地で合流して頂く手筈になっております……詳しい内容は……」
クロドが手渡すよりも早く、マリアベルは乱暴に資料を受け取ると、一通り目を通す。
「ふ~ん……パーティ構成は……まぁまぁね……」
そして、ついにクロドに視線を向けて言った。
「こっちの仕事は向いているんじゃなくて?……ねぇ? 支店長代理さん……」
クロドは苦虫を噛み潰した様に目を閉じた。マリアベルの視線とその言葉を、目をあけたまま受け止め切れなかったのだ。
「当ギルド一同……心よりご健闘をお祈りしております」
そういって立ち去るクロドをマリアベルが見送る事はない。
反面クリスティカは双方をキョロキョロを見比べてから口を開く、なんとなく信徒ぽく見えるから、という理由で掛けている伊達眼鏡を整えながら。
「……なぁ……アンタら……その……なんだ……」
「なに……?」
何かを言いたそうにするクリスティカを、マリアベルが見つめる。
「……付き合ってたのかっ?」
「そんなんじゃない!」
「おぉおお……⁉」
マリアベルは思い切りクリスティカを睨み否定した。
それに驚いたクリスティカは、伊達眼鏡と共に椅子から崩れ落ちそうになるが、マリアベルは気にせず視線を戻すと小さく呟いた。
「……あんな情けない男なんか……だれが……」
隣にいるクリスティカにも聞き取れない声量で、その言葉は発せられていた。
「……うーん……」
うつむき黙ったままのマリアベル。
一体どうしたものか、そう困るクリスティカの裾を、クイクイと引っ張る小さな前足。ウーヴェが注文された品を持ってきていた。
「おまたせ!」
トンとテーブルにトレーを置くと、ジョッキとティーカップを、前足二つで挟み込むように持ち上げ、二人の前に差し出した。
「お、来たか~。でもまいったな~、仕事はじまったし……飲んでる時間なくね?」
クリスティカは少し困った顔をしながらそう言ったが、顔を上げたマリアベルはウーヴェに二コリと微笑み言った。
「ありがとう。ウーヴェ」
そして、クリスティカに視線を向ける、その表情に先程までの陰りは見られなくなっている。
「せっかくだから、頂きましょう。少しくらい遅れた所で問題ないでしょ」
「お! そーか? じゃあいただき~!……んぐんぐ……はぁ~~うめえぇー!」
豪快にエールを飲み干すクリスティカを横目に、マリアベルはティーカップに指を伸ばしたが……。一本の毛がぷかぷか浮いているのに気が付いた。
おそらくウーヴェのものであろう、そのウーヴェはキョトンとした面持ちで隣に立ったままだ。その彼に気づかれぬように、マリアベルはティースプーンでそっと、浮かんだ毛を取り除くと、ティーカップに口をつけた。
「……ん~……おいしいわ、ウーヴェ。もう戻っても大丈夫だからね」
「わかった!」
トテトテと歩き去るウーヴェを見送る彼女の目は優しかったが、クロドに対する複雑な感情で心中穏やかではない。しかし仕事前に不必要な感傷は命取りだ。若いが実力のある冒険者のマリアベルは、その事を十分に知っている。深い深呼吸をして気持ちを落ち着かせると……。
「さぁ……行きましょう。クリスティカ」
彼女はそう言って、財布から幾ばくかの銀貨を取り出し、テーブルの上にそっと置いた。
「おうよぉ!」
クリスティカは掛け声ひとつで立ち上がり、天海に向かって十字を切る、伊達眼鏡を光らせながら。
二人は日々の食い扶持を稼ぐ為、今日も哀れな敵に、神と銃弾の裁きを下すのだ。