冒険者ギルド支店長代理の俺がクレーム対応したんだけど。
「あーーーもうオメェじゃ話にならねーよっ! 店長だ、店長呼んで来いよっ!」
「……いや、ですから、先程から言ってる通り……」
「オラァ!早く呼んでこいよっ! 店長っ!」
「……はいはい」
「あぁあん⁉」
「かしまりました~お客さまぁ♪」
非正規雇用店員のケイトはそう行って立ち上がると、床を蹴り飛ばすような音を立てながら待機室に向かって行く。
待機室は四人掛けのテーブルが一つと、事務処理用の小さな机が置かれていて、支店長代理は事務処理用の机で案件報告書をまとめていた。
「支店長代理っ!」
「うわぁビックリした……! どうしたのケイトさん」
苦手な事務処理で四苦八苦していたクロドは、体をビクっ震わせて応える。
「ほら、あのクソハゲが支店長代理を呼んでますよっ!」
「お客様をクソハゲって……あ、やめて! お客様に向かって中指立てないでっ!」
それを公言するのに問題あるのか無いのか……たぶん言ってはいけないんではないかとクロド思っているが。盗賊ギルドと冒険者ギルドを掛け持ちする、自由人のケイトは怒り収まらぬまま、テーブルの椅子にドカっと腰掛けて言った。
「実績もないしハゲの癖に! 高額報酬の仕事紹介しろってきかないんですよ!」
第9支店に限らず冒険者ギルドでは珍しい話ではなかった、冒険者の仕事は魔物討伐からペットの捜索まで様々だが。やはり一番気になるのは報酬。その次に内容という思慮の浅い人間は多い、かといって冒険者が求めるままに仕事を斡旋してはギルドの意味がないし、依頼主からの信用問題にも関わる。だからこそハゲ云々はさておき実績というものは重要なのだが……。
「覚えのない顔だけど……顧客情報は?」
バックヤードの入り口から受付窓口に視線は通るので、クロドは机から体を乗り出してお客様を確認する事にした。
その男は屈強な体格で妙に突起の多い防具を着ている、頭は剃り上げているのか髪の毛が不足しているのか……、おそらく後者の理由だろう……髪の毛よりも頭皮の割合が多い、圧倒的に。
背中にはドデカイ両手斧、ここまでは良い……何処にでも良くいる脳筋戦士の標準形だから……。
ただその膝にこれまた頭の悪そうで、品の無い胸元丸出しのローブを来た女魔術師を乗せて、その胸を揉みしだいているのだから大変だ。
「うっ……わー……」
完全に筋力に極振りステータスしてしまい知力が不足してる客だった。
「一見ですよ」
「ああそう……希望は迷宮探索? 賞金稼ぎ?」
ケイトを肩を竦めながら応える。
「さぁ? 何でも良いから金になる仕事教えろとしか言わないし」
一番めんどくさい冒険者である。
「……一見なら壁外の迷宮で実績を積んで貰う決まりなんだけど……」
壁外の迷宮というのは首都の外壁近くにある、低階層の迷宮である。徘徊する魔物もスライムやゴブリンといった雑魚が殆どで、最深部のスケルトンが実質最強レベルである、罠もあらかた解除されているし……ほとんど演習用だ。冒険者側に死人がでる事も滅多にはない、だから見返りも殆どないのだが……。
アックス&スペルズで仕事を一度もこなしていない一見には、他所で大きな実績を積んでいるか、聞かなくても解る程の名声の持ち主でない限り、ソコを勧める要にとの本部からの指導が入っている。
「だ~か~ら~それを何度も説明したんです~~~。もう面倒だから盗っちゃいますか?」
「え? 何?」
「あのハゲオヤジの残りの髪の毛ですよ」
「えっ? マジで何いってんの?」
ケイトが最近やたらに盗るとか盗るとか言い出す上に、気配を消して歩く姿をクロドはたびたび目撃していた。
クロドが思い返すとそれは彼女が盗賊ギルドのバイトを掛け持ちし始めた頃から始まっている。
第9支店でも既に犯行におよんでいるんじゃないかと、彼は一抹の不安にかられてしまったが……。
「おいぃぃ! 店長はまだかぁっ!」
「ほらぁ~よんでますよ支店長代理ぃ~」
「はぁ……」
ハゲ戦士が怒鳴り声を上げ、ケイトが促すのでクロドはため息ひとつ渋々向かう事にした。
その後ろ姿をケイトが手をヒラヒラさせ、テーブルに肩肘ついてニヤニヤと見送った。
冒険者ギルドで嫌な仕事ランキング1,2位を争う、困った人対応だ、当然足取りは重い。
バックヤードからホールに抜けると、第9支店を酒場代わりに昼間から酒を飲んだり、ご自慢の武勇伝を語ったり、情報交換に勤しんだりする、
冒険者達のざわめきが聞こえてきた。
相手がどんな人間であれ誠実に対応が社会人の基本である、冒険者を相手にする冒険者ギルドの店員でもそれは変わらないが、冒険者から店員に対してソレを求めるのは間違いだ。社会不適合者だから。
「お客様っ、お~またせいたしました~。支店長代理のクロドと申します。私共に何か不手際がございましたでしょうか?」
クロドはやっと様になってきた営業スマイルで言った。
そのクロドをハゲ戦士がギロリと一瞥し、膝上の痴女メイジが何やらゴニョゴニョと耳打ちをする。
「あぁぁああん⁉ 代理ってなんだ? 俺様は店長に用があんだぞ? あ?」
「……そうよボクゥ? 店長呼んでくれなきゃダメじゃないの~キャハハハ」
スゲー頭悪い二人ともやばいくらい頭悪い、それに自分は子供扱いされる年齢じゃない。クロドはそう感じたがそれを表に出さず続けた。
「支店長はただいま留守にしておりまして……。要件は私がお伺い致しますので何卒ご了承ください」
「ご……りょうしょう……なんだそりゃ? とりあえずお前がこの店で一番偉いのか? そうなのか? あ?」
クロドは正直解らない、そう思った。少なくとも非正規雇用のケイトはクロドを偉いと思っていない、というか舐めているし、
クロド自身の雇用形態も非正規雇用だ。
「はい。代理として支店長の留守を預かっておりますのでなんなりと」
「きゃはははは~!」
今の笑うとこか?クロドは困惑した。
「俺様さぁ、つえーのよ? マジでつえーの?」
「はい」
「俺様だけじゃなくて手下達もヤベーわけよ? ……なぁテメーラっ!」
ハゲ戦士は急に酒場スペースの丸テーブルの一つを陣取る、二人に負けないくらいに知力が低そうな集団に声をかけた。するとそのメンバー達は両手を空に突き上げ吼えた。
「おうぅうう!」
「ひゃはぁあああ!」
「おいぃ! 酒だ、酒もってこい!」
ハゲ戦士はその光景を見守って再度こちらに振り返ると。
「なっ?」
「きゃはははははー!」
(なっ? って何が⁉ ……あと何が面白いんだこの女!)
クロドは心の声で叫びまたも困惑するが話を進める事にした。
「お客様は仕事をお探しですとか」
「おうそーだよ、くれよ。 儲かる仕事な。なんだってぶっ殺してやるぜ?」
「お客様は当店での初仕事になりますので、この内容など如何でしょう……」
クロドはそう言いつつ受付窓口に置きっぱなしになっていた、ケイトが何度も進めたという、
外壁の迷宮探索の依頼書をずいっと押し出した……が。
ハゲ戦士は被せ気味に机を……。
バァーーーン
と、ぶった叩いて立ち上がると言った。
「オメェも俺様のことなめてんのか⁉ だからそんなチンケな仕事したくねーって言ってんだよ!」
「きゃははは~!」
「いや……しかしですね……」
「おい! みろや? この背中の獲物をよ! ふつうのヤツの倍でけぇ倍なげぇ! 100倍はつえーぞ俺様は!」
確かに通常より大きいがせいぜい1.3倍だ、倍はでかくないし100倍強いという計算の根拠も解らない。
「お客様、当店は全面非武装地帯となっておりまして、武器の類は入り口横の武器棚に……」
「ああぁああんっ⁉」
「……いえ! なんでもございません……!」
「きゃははははは~~!」
クロドはハゲ戦士に物凄い形相で睨まれたので口を閉じた。ガイドラインマニュアルに記載された事項なので、真面目なクロドは一応注意しようと試みたが、店内にいる冒険者で素直に武器を預ける者など皆無である。言うだけ無駄だ。女は変わらずバカ笑いをしている。
「ん……こいつはなんだ……なにぃ! 5000万シルバだとぉ!」
ハゲ戦士はカウンターにバラバラに置かれていた、依頼書の一枚を手に取ると驚きの声を上げる。
依頼書に書かれた概要は次の通り、難易度S、前払い金0シルバ、完全成功報酬5000万シルバの迷宮探索と賞金稼ぎの複合案件。もちろん道中の戦利品は全て自由。適用される冒険者保険……なし。
「お客様それはいけませんっ!!」
クロドは慌てて依頼書を取り返そうとするが、それよりも一手早く女魔術士がハゲ戦士から奪い取っていた。
「きゃははははは!!これにしようよリ~ダ~」
「おうそうだな、こんなモンがあるんならもっと早くだせよっ!ガハハハ」
勝手に話を進めてしまっているが、そういう訳にはいかないのだ。前払い金いわゆる支度金が0シルバの理由を考えるべきだ。この二人は解っていない様子だが、前払い金なしで成功報酬超高額の持つ意味……。そもそもご丁寧にDからSまでしかない難易度で、最高のSランクが付けられているこの仕事は、はやい話が99%死ぬ仕事なのだ。
依頼人もクエストを完了出来ず、99%死ぬ冒険者なんかに支度金を払う気なんかない。
だからこその一撃5000万シルバ。これこそが冒険者が夢見る一攫千金である、もちろん成功率1%に賭けるするのは限りある己の命。当然だが失った命を取り戻せる程この世界は甘くない。
「すみません、その仕事はご紹介できかねます!」
「ああ? なんでだよ?」
「そういう決まりなので!」
必死に食い下がるクロド。アックス&スペルズのガイドラインマニュアルに記載される、難易度Sの紹介要件は以下のとおりだ。
難易度A以上の仕事を3回以上完了したメンバーが、その集団の過半数に達している事、またはその同等の実力が発揮できると期待できる集団。である。
きちんと精査していないが誰でも解る……この二人とその他メンバーはこの条件を満たしていない、と。
「決まりとか俺様はしらねーよっ! そんなもん!」
「ですが……では! これなんか如何でしょうか? 難易度Cの賞金稼ぎ案件ですが、賞金首にお手頃感がありますし報酬も中々です!」
ハゲ戦士は首を大きく振って一喝する。
「いらんっ!」
「で、では……こちらの難易度Bマイナスの……う、うわ! お客さまっ!」
必死に別仕事を勧めてくる、クロドの襟首を掴んだハゲ戦士は、女魔術士から依頼書を受け取る。そしてクロドの目の間にチラつかせて言った。
「俺様はコレでいいって……言ってるじゃねー……かっ」
襟首を掴む手に徐々に力が込められて、クロドは息苦しさを感じているが……。
「……で、ですが……」
ハゲ戦士の薄い額がクロドの額に押し当てられる。
「…………な? いいじゃねーか……?……兄ちゃん……な? 頼むよ?」
「うふふふふ……」
ガイドラインマニュアルの紹介要件ページの末尾にはこうも記されている。
尚、全ての仕事において前払金額が0であり、冒険者の強い要望がある場合はこの限りではない。難易度によらず紹介して良し。と。
「……承知致しました……それでは依頼書に署名をお願い致します」
クロドが苦渋の表情でそう言うと襟首を掴んだ手が離される。
「おう! そんなもんいくらでもしてやるぜっ! 俺様、読み書きできねーから拇印でいいよなっ⁉ 金勘定は得意だけどな! ガハハハ!!」
ハゲ戦士がカウンター上に置かれた朱印に親指を押し込み、難易度Sクラス仕事の依頼書に、押し当てようとする。
その手をクロドは掴まえ押し留めた。
「あん?」
クロドは義務的に……ガイドラインマニュアルに記載される規約文の朗読を始めた。
「私どもアックス&スペルズは依頼人様と冒険者様の仲介を行いますが、双方間のトラブルには一切関知しません。
またその事による双方の不利益に対する賠償も行いません」
ハゲ戦士はあまりピンとこない表情で声をもらす。
「はっ?」
クロドは構わず続けた。
「ご仲介した仕事内容に関わらず、契約に記載されている以上の保障、契約に記載されている以上の報酬の支払いは、如何なる理由があろうとも応じかねます」
「……お、おう」
「ご仲介した仕事内容、また仕事の進行状況に関わらず、契約後に冒険者様が受けた損害の全て、また一部においても補償は致しかねます」
「………………」
「以上の規約にご賛同していただけない場合は本件のご仲介は致しかねます。また署名もって以上の規約にご賛同頂けた旨とさせて頂きますが……」
クロドは現場上がりの人間である。一度は冒険者に憧れ、焦熱を注ぎ、その青春を捧げたのだ……。いくら相手が命知らずの冒険者といえど心苦しかった。
できる事なら考え直して欲しい、親身になって適切な仕事を探し紹介するつもりだってある……。少し間を挟んで、問うた。
「本当に……本当によろしいでしょうか?」
ハゲ戦士に迷いは無かった。
「決まってんだろっ! さっさと手を離せアホウっ!」
「きゃはははは~~~~~!」
ドンっ!
クロドが手の力を抜いた瞬間、ハゲ戦士の太い親指で依頼書に署名は成された。
「……それでは……この時点を持って仕事開始とさせて頂きます……」
クロドは力なくそう言った。そしてこう思った。
(また……俺の所為で一つの集団が終わるのか……)
彼はここまでの流れだけでも、契約の上でも相手に何ら責任を負っていない。しかしクロドは考えは違っている様だ。
「なぁ兄ちゃんよ、頼みがあんだけどよっ?」
「は、はい……なんでしょうか?」
今からでも遅くないクロドは必死に説得の材料を探していた。
「仕事の内容を教えてくれよっ! ガハハハ! いつ何処で何すりゃいいんだ⁉ ガハハハ!」
「……教えてよ~きゃははははっ!」
しかしクロドは何ひとつ説得のすべを思いつかなかった。
「はい……まずこの仕事に明確な期限はございません……。この依頼書の写しを持って……」
第9支店の騒がしさはクロドの耳には届かなくなっていた。ただ自責の念が心を押しつぶすのを感じながら、自身の業務を全うするのみである。