冒険者ギルド支店長代理の俺の朝は早い。
支店長代理の朝は早い。
「適当に経営といてね~♪」
支店長代理に第9支店を押し付けてほとんど出勤ない支店長はそう言い残していた。支店長代理は時給いくらの非正規雇用でしかないのに……。
「適切な経営なんてできる訳ないでしょっ!?」
支店長代理はそう思っていた。であるから首都リルバニアの冒険者ギルドで最大手アックス&スペルズ、その本部がまとめた手引書にきっちり従って業務を遂行している。手引書 の1日の業務の流れに記される最初の項目は開店準備だ。
天海に浮かぶ二つの太陽、その片割れが東の地平線から顔を出す早朝6時、クロドは耐物耐魔防犯柵を開ける為、勝手口から外に出て第9支店の正面扉に向かっていた。
「ふあぁぁぁ……眠い……低血圧には早起きはつらいなぁ……」
彼はまるで付与睡眠の魔術を受けた時のような、たちまち意識が飛んで地面に眠りこけそうな感覚を覚えつつ歩いている。定まらない視界は付与眩暈のソレに似ているが、寝起きのせいでしかないので右手でゴシゴシと目を擦れば問題ない。
カチ……ガチャリ。
シャッター前についたクロドはポケットから鍵を取りだすと、鍵穴に差し込み時計回りに回したのだが。
『…ビービービー…魔力が感知されません、または登録情報に一致しません。…ビービービー…魔力が感知されません、または登録情報に一致しません』
シャッターは警告音を発するのみで開く気配がない。
「……まったく……いつもいつもコレだなぁ……故障してるんじゃないの?」
彼は寝起きの不機嫌さも手伝って、拳骨でシャッターを殴りつけた…あくまでも軽くであったけど。本気で殴れば朝一からの骨折騒ぎで、これから始まるタフな仕事に支障が出る。
第9支店のシャッターはキーと魔力認証の二段式になっていて、そいつが故障しているのか日課のようにエラーを返していた。今はその種族の大半が薄暗い地底の洞窟を脱して、大空中都市に移住しているドワーフ達。
彼らがその技術力で基礎を築いた機械駆動式のシャッターは、魔力を動力源に稼動するが、歯車や何やらの組み合わせにしか過ぎないので摩耗するし壊れもする。魔術刻印駆動式の魔導具のように、半永久的に不滅という訳にはいかない訳だ。
それにこの認証エラーはシャッターの故障が原因じゃないかもしれない。
数年ほど前までの彼は冒険者専門学校に通う学生だったのだが。入学早々に受けた適性役割テストで、魔術士適性において測定不能という結果を叩き出したのは他にいない。
体内から漏れ出る魔力の量をサンプリングして計測するだけ、そんな簡単なテストで測定量0の異常な数値を記録した訳だから、最初は計測の不手際が疑われて何度も何度もやりなおされたが結果変わらず。検査した人間いわく。
「前例の無い極めて稀なケース、普通なら死んでる。こんなの死んでる人間かキミだけだ」
あまりの事にクロドは「俺はゾンビなんですか?」なんて意味不明な質問をしていたが。
「不死生物ならもう少しまともな数値がでる」
と、返されたその瞬間に彼の魔術士やそれに類する専門職の道は閉ざされた訳で、解りやすく膝から崩れ落ちて放心していたな、クロドは剣と魔法で戦う魔法剣士に強い憧れがあったのだ。
単純にカッコよいからという理由だったが。それこそ第三候補まで書いて提出する志望専門職アンケートに全候補魔法剣士 と書く程のこだわり様だったからな。
設問の意味を理解できてないのかと教師に再提出を命じられていたが、それほどに憧れていたのだ属性付与された剣を携え魔物に素早く切り込む勇姿に。
もちろん魔術士だけが役割ではない、矛役や斥候、魔物の攻撃を一身に引き受けパーティを守る盾役なんてのもあるし。
ただ彼にそれらの役割適性があったのかというと……そうでもない。悲しい事にいずれもCマイナス、一番下がDだから…なんかそれよりちょっとだけ上という結果。
期末毎に発表される彼の成績は、いつも下から数えた方が早かったし、彼より下の生徒のほとんどは冒険者専門学校に在籍しているのに授業には出てこない落ちこぼれしかいなかった。
彼は授業も真面目に受け頑張った上でのその成績であった分、うーーーん……なんというか……救いはなかった。何せ卒業間際の就職相談では「お花屋さんに興味ある?」なんて言われていたからな。冒険者専門学校に通っててそんな所に興味ある訳ねーだろーーって、首都に面したアラネ川に向かって叫んだ事は彼の青春の1ページだ。
話を戻そう。
とにかくシャッターが開かないのは故障かもしれないし、前代未聞の魔力なし野郎クロドの自己責任かもしれないが、シャッターを開かなければ第9支店は開店できない、文字通りね。
しかし、そこはちゃんと考えられているもので、シャッターに備え付けのコンソールから認証コードを入力する事で、魔力認証の代わりとする事ができるのだ。
ピッピッピッピッピッピ……ピー。
ガシャンッ……ガラガラガラガラガラガラ……。
シャッターを開き巨人族が軽々通り抜けできる程の大きさの扉を開ければ、冒険者ギルド~アックス&スペルズ首都リルバニア第9支店の開店は近い。
次に行うのは店外……特にアックス&スペルズの看板前とその周辺清掃である。看板の周りが汚れていれば店名に傷がつく……ごもっともな話だ。ただでさえ冒険者なんて職業は世間からの風当たりが強いものだから……いやそれも当然といえば当然なのだが、大半の仕事が暴力と魔力、時には火薬だって使用されて解決されるし、大抵の冒険者は頭のネジが外れた輩ばかりだ。
規律がある分、軍隊の方がまだ世間から認められている様に思える。
そんな冒険者を相手にする冒険者ギルドが、世間受けの良い訳がない。その証拠に早朝のジョギングを行う老若男女の方々が、明らかに第9支店の軒先を避けて走っている。
それを知ってか知らずか真面目なクロドは、未だに抜けきらない眠気を押して黙々と箒がけをしている。
サッサッサッサ……。
タッタッタッタッタ!
彼は足音が聞こえたので顔を上げた、そして一般市民が走りながら近づいくるのに気づいた。
「おはようございます~」
「………」
タッタッタッタッタ……。
「……むぅ……」
今みたいにたま~~~に店の前を横切る人もいたりするので、クロドは営業スマイルで挨拶をする訳だが……大抵は無視での素通りだ。
サッサッサッサッサ……。
気を取り直してまた黙々と箒がけに戻る彼。冒険者ギルドなんてものは、猛獣限定の動物園みたいなものだから仕方がない、鎖で繋がれる分だけ猛獣の方がマシに思えるが。
だからこそ一般向けアピール含みの朝清掃なのだが、店内に限らず冒険者達が食い散らかしゴミは店外にまで及んでいるので、結局は自分達の不始末を自分達で片付けるという普通の事をやっているに過ぎないのだ。アピールなんかに全然なりはしなかった。冒険者……猛獣というよりは片付けのできない猿なのかも知れない。
一通りの箒がけ、大量のゴミ拾いが終わったクロドは、それらを収集場に廃棄し勝手口に向かっていった。
昨晩の内に新規募集の案件が記載された羊皮紙の束や、店で販売する品物が納められた木箱などが荷馬車で運ばれ積み上げられているからだ。
これらを店内に持ち運び込む事になるのだが、それだけでクタクタになる程の重労働だ。
人件費削除の名目で店員は切り詰められているので、この時間帯は支店長代理でもある彼一人しかいないので仕方がない。
ずいぶん酷い話だが、彼は1時間870シルバという他の非正規雇用よりも、ほんの少し……繰り返す……ほんの少し高い賃金で働きつつ、支店長代理手当て代わりに第9支店の屋根裏部屋に住まわせて貰っている身であった。文句を言いたくても言えない。言った所で無駄だし、そもそも代理とはいえ支店長は彼自身だから。
まぁ賃金絡みとか重要な部分の決定権は持たされていないから、本来の支店長にとって本当に都合の良い話だったが、名声や一攫千金を求めて冒険者を志した者の末路。特にクロドの様に現役時代に十分な実績と経験を詰めず、挫折した者の行き着く先としては上等な部類である。
「……むぐぐぐ……重いな……」
彼は特に大きくて重い木箱を運びながらぼやいた。中身は瓶一杯の麦や葡萄を醗酵させた液体や、更にそれらを蒸留して濃度を高めた液体……要するに酒だな。それらが詰まっていた。ちなみに他の木箱の中身も大半が酒である。
アックス&スペルズはギルドであって酒場ではないのだが、支店長の趣味とか経営方針とかで酒場としての設備が充実していた。
それこそ本来の仕事である案件窓口をおざなりにしてまで、酒をくらって突っ伏せる、ほどよい大きさの丸テーブルを大量に配置する程だ。地下にはどうやって運び入れたのか謎なデカイ酒樽だってある。
冒険者に酒を与えるなど、火に油、火薬樽に火炎弾、竜の目の前で宝石を掲げる様な実に危険な行為なのだが……。
第9支店は本来の収入源である仲介料よりも酒代の方が遥かに売上高が良いので仕方がない……これで冒険者がツケを半分でも支払ってくれるなら純利益も相当なものだろう。
ただ、払わないからな冒険者は。この事をクロドは本来の支店長であるイザベルに相談した事があるが……。
「え~? みんなツケなんてほとんどしないけどなぁ? 暴れたりもしないし、みんな良い人だしぃ?……う~~ん……適当にやっといてねぇ♪」
あんまり真剣に取り合って貰えなかったので流石に困って、仕事をこなした際に渡す報酬から少しづつ回収している様だ。気付かれないくらいの額を少しずつだが、冒険者がはした金に無頓着なので割と気付かれないらしい。
あとイザベルが言う大人しいというのも嘘だ、酔っぱらった冒険者が他人に絡むのは日常茶飯事だし、絡まれるのも冒険者 だから決まって殴り合いに発展、どちらかがぶっ倒れてあっという間に騒動は収まるのでテンポだけは良いが。あれを大人しいというイザベルの基準は歪んでいるんじゃないのか?
カチャンカチャンカチャン……ドン。
「ふ~、これで最後だな」
荷物の回収が終了する頃には時計の針が午前8時を超えていた。そろそろ何人かの非正規雇用店員も出勤する頃だ。冒険者ギルド~アックス&スペルズ首都リルバニア第9支店の開店である。