異世界に芽吹いた生命
「季澤さ~ん、季澤祈亜さ~ん、検診いたしま~す」
毎朝恒例のナースの掛け声に目を覚ます。
あ~今日も生きていたか、あと何日生きたら家に帰れるんだろう。
しかし今日はいつもよりかなり体がだるい、調子が良い日はもう少し早く目を覚ましブックマークしたラノベが更新されていないかチェックしているのだが、今日は全くそういう意欲がわかないくらい調子が悪い。
はるかぜ分教室を今日も休むことになるな、新任の先生にまだ何度かしか会えていなくて申し訳なくなる、高校生は自分だけだし。
体温計を脇に入れ、見飽きた白い天井を見上げて時が経つのを待つ。
「熱が上がってきてるわね、ちょっと先生を呼んできてもらえるかしら」
いつも笑顔の看護師長が少し慌てている、若いナースが足早に病室から出ていった。
「ちょ~っと待っててね、先生が来るまでに血圧も測っておきましょう」
腕に圧迫感を感じながら、病室から見える窓の外を見る。
この病室は4階にあり3階の中央検査室の屋上にある花壇が目の前に見えている。
今年の春、体調が良い日に植えた花々の苗は秋に入りかかった今は百日草だけが花をつけていた。
いつからここにいたのかももう思い出せないし、思い出すのが億劫になってしまった。
「もっと色んなお花を植えてみたいな」
ぼそっとつぶやいた私の言葉に看護師長が気づき、血圧計の数値を真剣な面持ちで見つめていた目を花壇に向ける。
「後少ししたら春に咲く花の苗の植え替えよ、また…いっぱい…お花植えよう…ね」
ベッドの横を那絃が真剣な顔をして駆けぬけていった、あれ那絃って車いすじゃなかったっけ、一回目の退院のときは車いすで、小6で戻ってきたときはもうあんまり動けなかったはず。
「那絃が駆けてるよ、治ったんだね、良かったね…」
看護師長が自分の目をみつめているような気がする。
「那絃が来たの?…げ、元気に…なろうね」
看護師長の脇から茉芳がひょっこり顔を出す。
茉芳は、はるかぜ分教室で仲良くなったひとつ下の女の子、いつも頭に包帯を抑えるネットを被っていたのに、今はさらさらの髪になってる、中学2年の夏に、分教室に来なくなったので先生に聞いたら、少し悲しい顔をして退院したよと教えてもらった、子供とはいえこれ以上彼女のことを聞かないというデリカシーは持っていた。
「髪の毛サラサラの茉芳が後ろに隠れているよ、出てきなよ…消灯になっちゃうよ…ほら部長に捕まった…」
部長はおばぁちゃんで多国籍企業の日本支社で部長になった凄い人らしい、ちょくちょく談話室で折り紙を折りながら海外出張に行ったときのことを面白おかしく話してくれたな、暫くして緩和ケアの病棟に行ってしまって会えなくなった、偶にどうやって折ったのか分からないような折り紙が届いて茉芳と解析していつも失敗していた、外国で出版された風景写真と折り紙の本を娘さんが届けてくれた時、もう会えなくなったと知った。
「茉芳ちゃんも部長も…みんな会いに来てくれたのね、祈亜も頑張んなきゃね…」
看護師長の声が鼻声になっているのを聞きながら目をつむると、ぐるぐると世界が回っているような感覚に襲われた。
寝たままどこかに回りながら滑っていく、耐えられなくなって意識が飛びそうになる。
「コードブルー!」という看護師長の叫びを聞きながら、すっと何かに引っ張られるような感触があったのを最後に、現在までの記憶はまったくない。
意識が戻ると、夜空に右上がえげつないくらい欠けた月が見えた、ちょっこれ異世界転生ってやつじゃんと浮かれていた時期もありました、正味5秒位だったかな。
そして現在の状況はあまり良いとはいえないのは確かだと思う…。
自分の目の高さほどあるバカでっかいダンゴムシに今まさにかぶりつかれようとしていた。
ラノベみたいに転生?したのはいいが、転生したのがちっちゃい植物の芽だとは御釈迦様でも気がつくまい、まぁこっちの世界にはお釈迦様は居ないとは思うけど、さてどうするよワタシ?
登場人物はシチュエーションがシチュエーションなので、リアリティのない名前にしようとしてますが、被ったらスミマセン。