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怪談 行き交い狐  作者: あしかが
3/3

 全3話の最終話。謎解き編です。

 人物のイラストがあります。苦手な方は非表示にしてお読みください。

 楽しんでいただければ幸いです。

 彼女は引き扉を静かに開けて、部屋の中に滑り込んできた。

 ひとりだ。

 いまは放課後。昼休みに「生徒会執務室・別室」の中央に拡げてあった会議用テーブルは畳まれ、パイプ椅子が三脚だけ床に据えられていた。僕と巣我すがはすでに腰かけている。


「ようこそ。どうぞ座って」

「長居する気ないんで」


 僕が着席するよう勧めたが、お下げ髪の少女───田中胡博たなかこはくは断る。立ったまま、やや伏し目がちに僕らを窺う様子は、緊張感を孕みながらも落ち着いていた。

 訊いてくる。


「‥‥‥メールに書いてきた『自慢話』ってなんのこと?」

「雪の日に起きていたことを、だれか利害関係のない人間に───たとえば僕らに───バラしてみたいんじゃないかと思ったんだけどな。田中さん自身の口で」


 黙った田中に、僕は畳みかけた。


「田中さんと徳島さんの関係なら、日常で起きたちょっと不可解な事件なんて、忘れるように誘導できたんじゃない?

 それをわざわざ、除霊研なんて怪しいところに持って来た理由は、自分にとっての愉快なイベントを、謎として第三者に話して聞かせたかったから。もっとはっきりいえば、徳島さんが話しているのを特等席で見たかったから、僕らに相談するよう君が勧めた。

 どうかな、違う?」

「つまり、謎はもう解けたってこと?」

「僕が思うに、もともと複雑なことは起こってなかった」

「───ふうん?」


 面白そうに薄く笑う田中。どうやらこっちの回答を採点するつもりのようだ。いいだろう。


「なにがあったかは、徳島さんの交際相手である“彼”の動線で説明するのが一番簡単だから、そうするね。

 先週の連休の最初の日、“彼”は電車に乗って徳島家の近くの駅まで来た。ただし時刻は朝一〇時よりだいぶ前。開店前に行列に並んで、無事に甘菓館かんかかんのスペシャルレアチーズケーキをひとつか、もしかしたらふたつ手に入れて、恋人の家に向かった。

 つまり君んだよ、田中さん」

「‥‥‥‥‥‥」

「“彼”がいつから二股状態になったかは僕にはわからないけど、先に深い関係になったのは君とだった。横着なのかあるいは面白かったのか、徳島さんの自宅に初めて上がる特別な日に、“彼”は先に君の家で朝一〇時から、午後一時の手前まで過ごした。

 外は大雪になっていたけど、君たちの家は近所だ。“彼”は予定通り、一本道の途中にある田中さんのところから徳島さんのところへ歩いていった。

 結果的に、“彼”は自分を心配して駅まで迎えに出た徳島さんをかわして彼女の家に着く形になった。

 季節外れの大雪と、スマホを忘れた“彼”のうっかりがこしらえた偶然のミステリー。

 これが、不思議な行き違いの真相だ」


 僕がいい終えると、田中は眉根に軽く皺を寄せて考え込んだ。


「‥‥‥話しぶりからして、到着時間の嘘はチーズケーキが根拠なんでしょうけど、ケーキを買ったあと“彼”が私の家にいたって考えはどこから来たの?

 マリの部屋に入れるのが嬉しくて、そこらをうろうろしていたけど、恥ずかしくて誤魔化したのかもよ」

「興奮して三時間も徘徊はいかいを? 僕も思春期男子のはしくれとして、まったく有り得ないとはいわないけどさ。

 “彼”が差してた傘は、田中さんの家のだろ?

 あの日の雪は天気予報も大ハズレの異常気象で、降り始めたのは十二時半だ。つまり“彼”はその時刻に、傘を貸してくれる親切なだれかさんと一緒にいたんだよ。徳島邸と駅の北口の間のどこかで」


 抜け穴だらけのこじつけ推理なのは確かだ。が。

 田中の口角が、きゅっと吊り上がった。

 初見しょけんの印象からは想像できない、妖艶ようえんな笑みが女子高生の白い顔に浮かび上がる。わーこわ色っぽい。


「合格点かい?」

「‥‥‥おまけして」

「よかった。

 じゃあ、田中さんの希望を聞こう。この一件、どうおさめたい?」


 僕が尋ねると、彼女は意外そうな表情になった。


「私の意見を聞いてもらえるの?」

「当事者だからね。なにより嘘も二股も裏切りも、ひとつも法には触れない。僕らは、君たちのゴタゴタ未満の戯れに巻き込まれた脇役にすぎない。

 あとから揉めないためにも、ここで談合しときたいね。もちろん、聞いたからって僕らが希望を叶えるとは限らないけど」

「‥‥‥えーと田中さん。阿仁あにくんのいい加減さと無責任さは、信用してもらって結構です。‥‥‥それと、口の堅さも」


 巣我が横から、悪口だかなんだかわからない口添えをする。


「‥‥‥‥そうねぇ」


 ちょっと気が抜けた様子で、田中胡博たなかこはくは空いた椅子に腰を落とした。


 友人の恋人とのひそやかな破倫はりんの行為が、たまたま不条理な謎を形成した。バレるかバレないかのスリルをたのしんでいた彼女には、この謎は美味しすぎるエサだったのだろう。だから除霊研をダシに崖のきわで踊ってみた。

 瘡蓋かさぶたを爪できつく搔くような、溢れる寸前のコップに一枚のコインを滑り込ませるような。

 そういった誘惑に逆らえないひとも、確かにいるのだ。

 だが、舞台の小道具だったはずの僕ら除霊研が、不可解の霧をはらった。あとは互いの意志次第。


 うつむいた少女のおもてを、前髪がはらりと隠す。


「‥‥‥‥‥‥そうねぇ‥‥」


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 阿仁あに:《除霊研の阿仁あにです。


 今日の昼に依頼された、『不思議なすれ違い』についての調査結果を報告します。

 その後、我々で資料を調べた結果、次のような事例を発見しました。


 -Case.1-

 “天保てんぽう年間のはじめ、XX藩の藤田(なにがし)という侍が、人里から離れた藩主の菩提ぼだい寺の見回り番となった。

 藤田某には妻女がいたが、この妻が夫の夜番のときにはかならず、好物の巻き寿司を作って寺まで差し入れにいった。

 ところがある夜、いつまで経っても妻が来ないので身を案じて、藤田某は参道を下っていった。だが不思議と役宅まで誰にも行き会わなかった。寺に引き返すと、山門にぼんやりした様子の妻が座りこんでいた。

 妻はすぐ正気に戻ったが、寿司は無くなっていた。人々は狐の仕業と噂した。”

 (民間伝承)


 -Case.2-

 “子供の頃、町からやってくる叔父を迎えに出された事がある。せ返るほど暑い迎え盆の日である。

 その時代は日本もまだ貧窮していて、村で自動車が通れるほど道路が整備されているのは、庄屋の屋敷までであった。下駄の音も鳴らぬ草道をぺたぺたと歩いて、実家から続く急坂を下っていった。

 庄屋屋敷の前に叔父の舶来はくらいの自動車が停まっている。庄屋に挨拶しているのであろうと表で暫時ざんじ待ったが、出てこないので台所に回って聞くと、もうとっくに出たという。

 一本しかない道を家に戻ると、土産みやげの荷物を担いだ叔父がもう着いて、土間で大汗をかいていて、私は親父にこっぴどく叱られた。

 今でも、なぜ私が叔父に会えなかったか首をひねるが、狐につままれたとはああいう事なのであろう。そういえば実家のあたりには昔から、狐狸こりに化かされた話が多くある。“

 (小説家・笹耕助の随筆から抜粋。昭和五四年)


 いずれもこの近辺の出来事です。そして古い地図によると、福島さんの家のすぐ裏に一九七〇年代まで小さな稲荷いなり神社がありました。いまも遺構が見られます(添付画像を参照のこと)。

 以上を踏まえまして、先の雪の日に福島さんに起きたのは現代の「狐()かし」だったと除霊研究班は結論します。

 滅多に起こらない現象ですが、再び化かされるのではないかと心配ならば、近くの稲荷神社にお参りするのがいいでしょう。

 ケーキを盗まれなくてよかったですね。


 また身の周りでおかしなことが起きたらご相談ください。  除霊研究班 》


 徳島マミ:《びっくりぽん。》


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     ♦     ♦     ♦     ♦


 僕は報告のメールを送信して、作成画面を閉じた。田中胡博たなかこはくが帰ってすぐあとのことだ。


「───本当にこれでよかったんかな、です」


 僕のオーダーで膨大な記録の中から適当な伝承をピックアップしてくれた、オカルト・怪談マニアの巣我すが蜜羽みつはが口を尖らせてぼやいた。


「なに、巣我さんはJK幼馴染のドロドロ三角遊戯に深入りしたいの?」

「そんなことはいってません、です。ただ、田中さんの不誠実な行いを知ってあえて有耶無耶うやむやにするのが、座りが悪いというか」

「よその人間関係に口を出す権利なんて、僕らにはないよ。それに除霊研は秘密厳守の口外厳禁がルールだろ」

「そうですけど‥‥‥‥」


 煮え切らない調子。なんだかな。


「勘ぐればね、田中さんの騙しというか化かしというか、それが成立しているかどうか自体、僕は疑ってる」

「はい?」

「考えてみて。僕の考察の材料はほぼほぼ、徳島さんの証言から得たものだよ。パズルのピースは彼女の中に揃ってた。

 喋りはちょっととりとめがなかったけど、巣我さんは徳島さんを頭の悪い子だと思う? 僕は思わないな、まったく」

「‥‥‥‥彼女は親友の裏切りに気が付いたうえで、恋人と交際しているっていうんですか?」


 まさか、という顔をする巣我。


「徳島さんがしてくれた話で僕が興味深かったのは、帰り道で足跡を見たくだりだ。

 はたして彼女は、どこの地点から彼氏の足跡を追ったんだろうね。

 田中さんの住む集合住宅はひとの出入りが多いはずだから、時間差がたった数分でも、搔き消されてしまっていた可能性はある。

 けど‥‥‥‥」


 僕の頭の中に、雪の積もった道が。そして駅に向かった自分の足跡と、その上に重なった一回り大きな足跡を踏んで、考え考えゆっくりと歩いていく少女の姿が浮かぶ。

 降りしきる雪が作る白一色の世界の中、傘を差しひとりゆく影はひどく頼りなく。どこか恐ろしく。

 泣くかわらうか、その表情は見えない。

挿絵(By みてみん)


 ────もちろん妄想だ。


「そんなのって‥‥‥‥‥」


 同じような光景を脳裏に描いたのだろうか、巣我がぶるっ、と肩を震わせた。


「‥‥‥化かし化かされ。げに不思議なるはひとの心、だよ」


 まとめたところで、扉から控えめなノックの音がした。


「どうぞ、入って」


  さて、次の相談はなんだろう。

 『怪談 行き交い狐』、これにて完結です。お読みいただきありがとうございました。

 作中に出てくる伝承は創作です。Case.1は特に、武家の女性が夜にひとり歩きするという、江戸時代にはほぼあり得ない話ですね。Case.2は過去に読んだ実話体験談から構成しました。大抵こういう出来事は狐の仕業になります。


 「除霊研」は「僕」と不愛想ぶあいそう娘の巣我蜜羽が学園の超常現象を解決する、オカルトホラーとして想を練っていた話なのですが、なぜかホラー要素がないエピソードが先に出来上がったので投稿しました。

 巣我の影が薄めだったのは、彼女がオカルト知識担当だからです。


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