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男子高校生の「僕」が、身近な謎を相談形式で解決します。
軽い読み物として楽しんでいただければ幸いです。
登場人物のイラストが入っています。苦手な方は非表示でお読みください。
全3話完結。
───この学校の校舎の目立たない一角に、「生徒会執務室・別室」と文字が書かれた小さなプレートが付けられた扉がある。
そこは「除霊研究班」という、部でも委員会でもない組織の活動拠点になっている。ただし除霊研の名は校内のどんな資料にも組織図にもない。
生徒の間の口コミによれば、身の周りで常識では測れない心霊現象や奇妙な物事が起きた時、ここに相談すれば解決してくれるのだという。秘密厳守で。
だが相談したもの以外には、本当のところはわからない。
(ある地方都市の、ある高校に伝わる噂話)
♦ ♦ ♦ ♦
制服姿の少女が口を開いた。
「───あのですねぇ。あたし、この前すっごい不思議な体験をしたんでぇ。噂の『なぞなぞ研究室』に答を教えてほしいかなあ、って」
「うんうん、何でも聞いて?」
時刻は昼休み。エアコンが微かな唸りをあげる八畳ほどの室内、置かれているのはロッカーがいくつかとテーブルと椅子。窓にはブラインド。ここが「生徒会執務室・別室」だ。
安請け合いして頷いたのは僕、阿仁一人。平凡な男子高校生、というテンプレイメージを想像していただければ、それが僕だ。
折り畳みの会議用テーブルを挟んで僕の向かいに、パイプ椅子に座った女子生徒がふたり。
ころころした可愛い声で話しているのは、茶色がかった髪を高い位置でツインテールにした女子生徒、徳島マミだ。
「───マミ、『なぞなぞ研究室』じゃなくて『除霊研究班』だよ」
「そうだっけ? あたし除霊っていわなかった?」
「いわなかった」
「ありゃー」
隣から訂正を入れたのは、お下げ髪の田中胡博。今回の相談者である徳島に付き添ってきた友人だ。突っ込んだ方もされた方も慣れた感じで、普段からこうしたやり取りを繰り返しているのが窺われた。
彼女らは十代の女子によくある相似形仲良しコンビで、髪型は違うがよく似た見た目をしている。あえて差を付ければ徳島が陽の印象で田中が陰、だろうか。
「その不思議なこと、ですが」
テーブルから少し離れて僕の斜め後ろで椅子に腰かけた、眼鏡の少女が声を出した。
蜂蜜色の金髪のボブヘアに緑の瞳、低めの身長に100センチ級バストという、この室内で最も目立つ容姿をした彼女は、巣我蜜羽。僕と同じく除霊研のメンバーだ。
巣我は膝に置いたタブレット端末を操作して、
「事前にいただいたメールの記述だとはっきりしないのですが、“なぜか道に迷ってしまった”という内容でよいですか?」
「うーん‥‥‥。そんなようなぁ、違うような」
「もう、マミ。いい加減すぎるって」
いちゃいちゃするふたりだが、僕は気にしない。微レズは尊いからね。しかし巣我がじわあ、と背後から圧をかけてくるので話を進める。
「ゆっくりでいいから思い出してもらえる? 徳島さんがおかしな現象に遭ったんだよね。いつのこと?」
「マミって呼んでオーケーだよー。えーとねえ、たしかぁ‥‥‥‥‥」
斜め上を眺めて記憶を探りながら、依頼人は喋りはじめた。
♦ ♦ ♦ ♦
「‥‥‥そうだっ、先週の、三連休の一日目だったよ。あーっほら、雪がいっぱいふった日! わかる?」
「もちろんわかるよ。ニュースになったよね」
相槌を打つ僕。ここらは毎年多少の雪が降る地域だが、強い寒気団が入り込んできたとやらで先週、季節外れの集中降雪が起きた。今でも日陰には溶け残った雪だるまを見ることができる。
徳島はニコニコと、だがモジモジと、
「あたし、初めてお家デートしたんだぁあの日。‥‥‥ふふふ♡」
なんですと!?
高校生ともなれば恋愛していて普通だし、男女の仲を経験した者もいて当然。だが、
(自分と同年代にしては言動が子供っぽいなあ)
くらいに思っていた子に急に自ら恋バナ暴露をされるとこう、生々しいというか、
────エロい。
あらためて徳島の肢体を眺めると、童顔ではあっても体格まで幼いわけではなく、出るところは出た、柔らかな曲面をなす女の躰である。
うーんそうかあ、恋に花開き、手折られるのを待っているのか。この娘さんが。
いや、待ってるとは限らないよな。活発系だし自分から彼氏に迫ってるかもしれない。そういうのもアリだよなあ。んー燃える。相手は僕じゃないけど。
「それでそれで?」
「彼が家に来るって決まってから、自分で美味しい紅茶入れる練習して、大掃除もしてぇ」
「うんうん」
「なんか頭いいっぽい本をお姉ちゃんに借りて本棚に入れてぇ。服も選んでそれから、ふふふ、ゴム買っとこうか迷ってぇ」
「おぉう」
「ストップ、マミ、ストップ! ずれてるずれてる。不思議な体験の話だから!」
聞いているうちに徳島の語りが大胆に逸れはじめ、田中が慌てて軌道修正した。
「待っているうちに雪が降ってきて、マミは彼を迎えにいくことにしたんでしょ?」
「そうそう。前に胡博にいったよね」
「私じゃなく、ここのひとたちに説明しなきゃ」
そうだった、とツインテ少女はひとりごち、
「あの日はですねー。あたし家にひとりで、『午後一時頃にいくよ』って約束した彼のことを待ってたの。
そしたら外が急に大雪になって、最初は『わーロマンティック♡』って喜んでたけど、つけっぱなしにしといたテレビが気象警報出して、彼のこと心配になっちゃったんだ。家に来るの初めてだし」
「もっともだね。メールか通話で連絡とってみた?」
「みたけど、既読つかなかった。彼ねぇ、しょっちゅうスマホを置き忘れて出かけるの」
「ふむ。うっかりさんだね」
「駅までは近いし、駅前からあたしの家まではほとんど一本道なんだけどぉ。でも迎えに行こうかなって。ふふっ、彼女だしぃ。
でねっ、傘さして出発したわけ。
雪はもう一、二センチ積もってたけど、吹雪ってわけじゃないから普通に歩けて、すぐに駅に着けたの。そしたら彼が乗ってくるはずの電車はもう駅を出ていて、なのに彼はいないんだよ。変だよねぇ?」
「それでマミさんはどうしたの?」
「乗り遅れたのかもしれないし、次の電車まで待とうかと思ったけど、駅員さんが『このまま降り続くとダイヤが乱れるかも』っていうから、一度帰るしかないかな、ってなってぇ」
「うん」
「で、帰ったら彼がいたの。あたしの家の前に」
「ぅん?」
「あれっ?」
「───変だよねぇ? でしょ?」
徳島は困惑する僕と巣我を見て、ちょっと愉しそうに笑った。
お読みいただきありがとうございました。
次話で謎の詳細が説明されます。
全3話なのでブックマークは不要かもですが、もし面白いと思っていただけたら、下にある評価マークを押していただければ有難いです。