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第一回対談――《悪》

 この小説は、ただ二人の少年少女が対談するだけの物語です。起承転結なんて微塵もない、小説ともいえないような小説。

 作者の脳内空想と戯言だけが垂れ流されるもの。

 それでもよければ、ご覧ください。

 この高校は、少数の部員しか集まっていなくても部を設立できる。共感者が少ないモノには嬉しい条件だ。

 実際、僕もそのおかげでこの部にいることが出来る。

 正式部員二人だけの――〝対談部〟に。




「ちゃーっす」


 けだるげに、ではあるが返事をして部室に入る。部室といってもそこはこぢんまりとしていて、三人入れば目一杯、くらいだ。

 部室には先客がいた。昔懐かしいちゃぶ台――じゃなくて、座布団の上に座っている少女。


「遅いのう。遅い遅い。遅い脳」

「最後の何だよ」


 遅い脳って。……確かに頭の回転はあんたより遅いだろうが、それでも速いほうだっちゅーに。

 むしろあんたが速すぎるんだろう、と。

 目の前の少女をぼんやりと眺めた。


 少女の名前は、竜堂(りゅうどう)織姫(しきき)

 僕の同級生で、もう一人の部員。


 僕は指定席の、織姫とちゃぶ台を挟む位置に座る。荷物は適当にどけておいた。

 さて、と。


「今日は何を〝対談〟するんだい、織姫(おりひめ)ちゃん?」

「何を言う、(あや)(とき)。いつも言ってるけど、私は『おりひめ』じゃなくて『しきき』だ」

「何を言う、織姫(おりひめ)。いつも言ってるが、僕は『あやとき』じゃなくて『りょうじ』だ」


 と、定番のやり取りを交わす。

 僕こと――炎稜(かぎろいりょう)()と織姫は、どっちともなく微苦笑した。


「まあ、聞いて驚け。今日の主題は《悪》じゃ!」


 と、今度は花が咲いたような笑みを浮かべた織姫が、自信満々に言った。

 うん。すんげぇ普通なテーマだと思うのだが。


「こりゃ。嫌そうな顔するでない」

「ん? どこのだれが嫌そうな顔すんだよー。あはは」


 僕だった。てか僕しかいねぇじゃん。



 織姫は、大抵ジジ言葉っぽいのを使っているのだが、それ以外にも色々と変な口調で絡んできたりする。時には性格まで変えておちょくってくる。うざったい。

 しかし彼女と話しているのが楽しいのも事実で、だからこそ多少は容認している。


「で、まあ、《悪》なわけだけども」

「うん」

「アヤトキはなんて考えている?」


 いきなり振られても。


「いきなり振られても」


 ほら考えてなかったから咄嗟に言葉に出してしまったじゃないか。

 それに、二回記述するほどでもないだろうに。

 ただ、織姫は僕をじーっと凝視していたので、多分僕から答えないと駄目っぽい。


「まあ、そうだな……。僕の悪の定義は、『いずれ滅びるもの』かな」


 それは二重の意味で。一つひとつの悪は一つひとつ滅びるし、《悪》という存在自体もいつか――いつか、滅びる。そう、二つの意味を込めて言ってみた。


「ふむ。だがしかし、じゃ。いずれ滅びるもの、というのは全てにいえることでは?」

「だったら全部が《悪》なんじゃねぇの」

「それは強引過ぎやしないかえ? 悪は悪、正義も悪、世界は悪なんて、ひねくれすぎてねじ切れそうなほどひねくれた解釈じゃないか?」

「それもそうか」


 ちゃぶ台の上に置かれたポットを手に取り、熱湯をカップに注ぐ。すかさず織姫が市販のレモンティーのやつ(名前は知らん)をぶち込んだ。

 それがもう一回繰り返され、合計二つの紅茶予備軍が出来上がる。


「……けど、全部が《悪》であることも間違いではないよな? 正義と悪なんてものは、所詮、主観でしか観測できない。僕の正義に反するモノは悪だし、僕が悪と感じるモノじゃないのは正義。そして、人は人でしかない。僕は僕でしかなくて、織姫は織姫でしかない。イジメとかでよく言うじゃん、『されている子の気持ちになってみろ』、って。あれ、無理」

「うむ。確かに、それに似た感情――というより、言語で、単語で表せば同じワードである感情にはなるが、それは近いだけでその子の気持ちにはなれない。そういうことか?」

「うん」


 紅茶のピラミッドの頂点から伸びる紐でちゃぷちゃぷと泳がせて、水面を揺らぎを眺める。


「まあだからと言って知ろうとする、分かろうとする努力が必要ないわけじゃないんだけどな……。えっと、で……そう、ひねくれた解釈だろ? ってことか。そうだな、少し強引過ぎたと思うぜ。織姫の意見は?」

「うむ。じゃ、別の意見プリーズギブミー」

「無視かよ」


 苦笑しながら、紅茶を飲む。……うん、馴染みの味。

 織姫と出会う前までは紅茶なんて一切飲まなかったのにな。


「……悪は滅びる、滅ぼさなければならない……って、どうしてもなるんだがな。そうなったら、僕の考えとしては、《悪》は敵、か」

「敵、ね」

「人生を楽しむために必要な道具のひとつだよ。どんなモノにでも、敵は付きまとう。そのたび対峙してそのたび退治して……それが敵だろう?」

「そして、敵は、自分の敵だからこそ、自分にとっての《悪》だからこそ……か?」

「ああ。……そういう意味では、僕の《悪》は、イコール『娯楽の一つ』『人生の一要素』……なのかもな」


 随分と別の方向に行ってしまった気がしないでもないが。

 一応は――そうしておこう。

 さて、


「じゃあ、僕の考えが纏まったところで、織姫の《悪》を聞こうか?」

「うん? 私は――


 ――私にとっての《悪》は、ただの悪だ。意味すら存在しない陳腐なワード、自分から自分への免罪符、そして――一番、嫌いな物」


「……はは」


 なんだそれ。

 実に織姫らしい、


「悪くない答えだ」

 というわけで第一回対談、悪。

 ここまで読んでくれた方、ありがとうございます。

 かなりの不定期更新になると思いますが、よければ、これからもご愛読を。

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