第五部
少女は国王の突拍子もない言葉に一瞬驚いた顏をしたが、すぐに口を開いた。
「もし、もし仮に本当に聖獣様が私の為に怒っているのだとしたら、それを説得して彼の国が、平穏となり貴国にご迷惑をかけるような事態にならないとなれば、私をこの国に置いていただけますか?」
「ああ。先にも言ったが個人的にはそなたを追い出すことはしたくない。ただ国同士の争いの種を取り除きたいだけなのだ。もしそなたが聖獣を説得しそれで大国が静かになるのであれば、こちらに火の粉が及ぶことがないであろう。その時はこの国に根を下ろすがよい。まあ、探せと言われているので、最悪の事態になるようであれば出ていってもらうが、そうでなければ説得できなくてもいて構わん。聖獣騒ぎがそなたのせいとは限らんからな」
「ありがとうございます陛下。では早速今夜にでも聖獣様と話をしてきます。その為の馬車と口の堅い御者を紹介してはいただけないでしょうか」
「なに?!今夜だと?行ってすぐに聖獣と話せるものなのか?」
「それはわかりません。聖獣様から話しかけて私が返す。それが基本でしたのでこちらから話しかけても良いかすらわかりかねますが、もし、私の為だとすれば聞く耳を持ってくださるのではないかと思いまして。とにかくやってみなくてはわかりません。ですがなんとなく話を聞いて下さると思うのです。ただの希望かもしれませんが」
どの道聖獣を抑えるなど凡人にはできぬし、提案されたそれを、人任せにしないこの少女を信じるしかない。
国王は少女の望む馬車と御者を用意した。
護衛も付けるかと尋ねたが、自分と御者の二人であれば結界も張れるし問題はない。大国にも悟らせたくないのであくまでも旅の途中のような装いで、御者も傭兵のような身なりにしてくれと逆に言われてしまった。当然馬車も王家のものではなく、わざわざ見窄らしいものを選んで出発した。
「陛下、大丈夫ですかね…」
「もう祈るしかないさ」
その晩、宰相と二人、誰に?とは言わず聖女である少女の力になるように寝ずに祈り続けた。
その甲斐あってか、夜明けと共に戻ってきた少女と御者は無傷で無事に戻り、朗報と一緒にとんでもないものを持ってきた。
「陛下二人が無事に戻ってまいりました」
騎士団長直々の知らせが国王の元へ入る。
通常この時間帯は王城の門扉を全て閉めており王族以外の出入りを禁じている。火急の事態と言っても門扉を開けたことが周りに知れてしまえば、大国の耳にまで入るかもしれない。そうなれば何を言われるかわかったものではない。ただでさえ痛い腹を必要以上に突き回すに決まっとる。
国王は腕の立つ騎士を御者に扮して付け、騎士団の専用扉を通じて出入りするように命じていた。
これは国王、宰相、少女、御者に扮する騎士と騎士団長、五人のみの知るところだった。
帰って来た少女は万が一の為にと国王が持たせた通行手形を返した。
「陛下ありがとうございました。何事もなく無事に事態は収集できました。ですが少しばかり問題が……」
行く先は国境。もし大国の警備兵にでも止められたら、病に倒れた親族の元を急ぎ見舞いたいとでも言えと渡していた。もしや警備兵と揉めたのだろうか?