第四部
国王が驚けば何故か少女も驚く。
「陛下は、三回も、と仰ってくださるのですね」
「当たり前だ!何をそんなに驚くことがある。儂は一回でも行きたくはない。何故三回もと聞いてもよいか?」
「ありがとうございます。ですが他国の方々は皆口を揃えて何故三回しか、登らない。と言います。登れば登るほど神力を与えてもらえると思うのでしょうね。自国の民はその言葉を嫌います。何故なら神域とは本来人間が踏み入ってはいけないのです。踏み入る事が許されるのは聖女になる覚悟がある者だけ。一回目は己の魂を神に差し出す覚悟を見せるため。二回目は己に打ち勝つ強さを身につけるため。最後は神に顔を覚えてもらうためと言われています。ですが本当の理由は体が耐えきれないからです。曾て他国の民と同じ思いを抱いていた聖女がおりました。その聖女は四回山を登りきった時に天に召されたそうです。まさに言葉のまますうっと体が浮いてそのまま天に登ったそうです。あの山は神力が強すぎるのです。人間本来の体では神の力を受け入れきれない。これが本当の理由です」
「……天に召される、なんと!それは真か?!」
あんぐりと口を開けた国王に頷き少女は続ける。
「真でございます。二十年程前のことで、私はまだ生まれておりませんでしたが、実際にその光景を目の当たりにした聖女は神殿にまだ在籍しております。それほど神力の強い山なのです。そこに住んでいるのが聖獣様たちです。私は三回目に山を登った時、濃い霧に阻まれ足を踏み外しました。転落してそのまま帰らぬ人となろうかと覚悟したその時に助けてくれたのたのが聖獣様だったのです。それからと言うもの山を降りても事あるごとに聖獣様の声が聞こえるようになりました。それは神のお告げとも言われ私はそのお告げを受けるただひとりの聖女と認定され今代聖女となり王太子と婚約を結ばされたのです」
少女が「結ばされた」と言ったことからいやいやだったことが見て取れる。
「ですが婚約してそう間もおかず、王太子に想う令嬢が表れました。そしてその令嬢との婚姻を示唆するような言動が王太子から発せられるようになったのです。お相手のご令嬢は公爵家の方で、王家はその後ろ盾に惹かれたようです。私は聖女と申しましてもなんの後ろ盾もない平民です。有る事無い事をあげつらい公衆の面前で罪をでっち上げられ、冤罪で着の身着のまま追放されました。その時に微かに聖獣様の声が聞こえたような気がするのです。「お前は罪人ではない。それをこの国にわからせてやろう」と。国境を出る間近の森でしたので声は遠く、いつもとは違い怒気も感じられたのでそれが確かに聖獣様の声だったかと聞かれると確証があるとは言い切れませんが、その時の私はなぜだか聖獣様が怒ってらっしゃると思ったのを覚えています」
「たぶんそなたの感じたことは間違っていないであろうな。聖獣と意思の疎通ができるなど聞いたことがない。故に百年に一人の聖女か。なるほどな。では問題はその聖獣を説得すればよいと言う事かの?そうすれば大国はそなたを引き戻すこをはせぬのだろうか」
「それはわかりかねます。聖獣様が騒ぎ出した事が原因で連れ戻したいのか、そもそも聖獣様が私の為に騒動を起こしているのかもわかりません。ただ思い当たる事があったので申し上げたまでです」
「ふむ。ならば試してみるか。そなたが直接聖獣と話をしてみるか?」