第二部
北の大国は、大地の聖域と呼ばれるアウレス山脈を有しているおかげか、優秀な聖女が現われる。
聖女の力を宿していると言われる子たちは、貴族、平民、身分は関係なくポコポコと生まれるらしく、その後神殿預かりとなって上位貴族並みのマナーを始め勉学と修行に励むとさせている。
追放され目の前にいるこの少女も、あどけなさを残しているものの、貴族令嬢のような気品と聖女本来のものであろう静謐が備わっている。
だが話を聞けば平民の出だと言うから驚くばかりだ。なんでも聖女の祖国では平民から生まれた子は直ぐに神殿預かりとなるため親の顔を知らずに育つこともまま有ることだそうだ。
彼女も例に漏れず親の顔は知らないと言う。
神殿が聖女の力を囲っているのかと聞けばそうでもないと言う。
親からの希望があれば直ぐに引き取り、そうでなければある程度の歳までは親元で暮らすらしい。平民では子どもを満足に育てられない事もある。疫病が流行れば金のある貴族は薬を買えるが、それが出来ない平民の死亡率は高い。日常生活ですら天候に寄って左右され、土地によっては食べ物を口にすることすら困難なところもある。
そういった事態から守るべく、特に平民は赤子から神殿預かりになる事が多いそうだ。
そして神殿で育った同じ年頃子の中で最も力の強い者が上位聖女となるそうだが、そうなると不価値もついてくる。
「傲慢で自分勝手で本能のままに駆け回る躾のなっていない大型犬です」
「不価値とはなんだ?」と聞いたところの答がこれだった。
影からの報告では、王太子との婚約を破棄されて追放されたとあった。
大型犬とは……まさか……。
目の前の少女は汚い物を思い出したように顔を顰めている。王妃教育もされたであろう者がここまで表情を歪めるものだろうか。
犬の正体は聞かぬほうがよさそうだ。
「無理にとは申しませんが可能でしたら、どうかこの国に住まわせて頂けないでしょうか。ご迷惑はかけません」
己を聖女だと認めた少女は、本当に行く宛がないのだろう。聖女としてではなくごく普通の暮らしがしたいだけなのだと、切々と訴えるこの子を見ていると何故か罪悪感が募る。
親も知らず、神殿と王宮の常識しか知らない娘が言う『ごく普通の暮らし』とは庶民が言うそれとは違うような気もするが、娘の生活ぶりを見た限り問題はないと報告されている。だから聖女ではないと思ってしまった。それほど平民に馴染んでいたらしい。
「無理だ」
国王がそう言えば、娘は一瞬悲しげに眉根を歪ませたが直ぐに穏やかな顔に戻った。
「わかりました。はっきりと断って頂きありがとうございました。こちらもすっきりします」
「と、言ったらどうする?」
「どうもこうもありません。速やかに出国いたします」
「しかし行く宛もないのだろう?」
「……それは、まぁなんとかなるでしょう」
「では腹を割って話そう。個人としてはそなたを追い出すことはしたくない……だが国を治める者としてはちと厄介だとも思う。そなたも王妃教育までした身であればわかってくれると思うが、諜報員は何処の国でも放たれているだろう。我が国もそれに倣っている。特にこの国は入り組んでおり接する国が多すぎるからな」