《天聖》
「フィオネ、私がなんとかする。 その間に逃げて」
あいつはヤバい。私が冗談を言っていられないぐらいに。
あの男の『神』発言から現人神であるのは、疑いもない。私は以前に2人知っている。
「いえ、ここはフィオネが。 ご主人様は怪我をされています」
即座に否定するフィオネ。言うことなんて聞かないのはわかっている。だが、このままでは2人とも殺される。
「フィオネ、頼む。 逃げてくれ」
男はこちらの様子を見ている。何か仕掛けているのか、手を出す気がないのかわからない。
「おいおい、酷いなぁ。俺はまだ、なんもしてねぇぜ?」
男が大袈裟におどけてみせる。
確かに、敵意は感じない。だがーー
「さっきの口ぶりからして貴方が、一般人を暴徒にしたのでしょう?」
フィオネが魔力を練りながら言う。
そう、この男が完全に無関係ではないのは確定している。こいつの『権能』は人の精神に干渉することは、容易に想像がつく。
「あのな、俺様は救ってやっただけだぜ?」
警戒されているのが、心底心外なのだろう。男は不服そうに言う。
その言葉にフィオネが威圧する様に、魔力を放出する、
「救い? あれのどこが? ただ暴れさせただけではありませんか」
「分かってねーな。 こいつはな、今日会社をクビになったのさ。 今月もノルマを達成出来ずにな。 可哀想だろ? 会社のために尽くして、不要ならクビ。 俺はそんな憐れな子羊に復讐の力を与えただけさ」
男が、通り魔の尻をグリグリ踏んづけながら、得意げに語る。その余りに最低な言動に我慢できずーー
「外道がッ!」
これだ。現人神はみんなそうだ。自分勝手が過ぎる。
強力な力を私利私欲で使い社会の規律を乱す。
私はつい、声を荒げ罵る。理性ではあいつを怒らせることはしてはいけないのは、分かっている。
「まぁ、いいさ。 もう、要はねぇしな」
平然と背を向ける。私もフィオネもいつ仕掛けても対応できるように力を整えているのにだ。
「あ、そうだ。 おい、白髪。 お前なにもんだ?」
ふと、男が振り返り聞いてくる。
「そっちこそ、なんなんだよ」
いきなりの哲学的質問に質問で返す。
「あ? 俺か?」
男はフードをとり、その全貌を晒す。
スキンヘッドに顔の至る所にピアスと刺青が特徴的な顔。
「《天聖》の権能を使い、現世に蘇った本物の神ーーーーゼイン•クラーク」
かつて異世界から召喚された勇者。《戦場》と並ぶとされる《ブレイド》を持ちながら、《天聖》の権能を使い400年近く戦い続けていた現人神。あの、《法壊》や《修羅》が恐れるほどの規格外。
「喜べよ? 俺様が復活したんだ。 本当の神話が始まるのさ」
両手を広げ、空を見る。
「《覇動》? 《滅望》? 《法壊》? 《冒瀆》? 《修羅》? 全部大した事ない。 俺様こそが神なのさ」
圧倒的な自信。無敵と言われる《ブレイド》と権能を持つが故だろう。現状、国に影響を与える現人神を障害にすらならないと豪語するだけある。
「まぁ、見とけや。 俺様が全てを統べるその時をな。 だから、生かしといてやるよ」
男の輪郭が闇と一体化して、完全に溶け込んでいく。
圧倒的な気配がなくなる。
「はぁ。 生きてる……」
「ご主人様! 大丈夫ですか!?」
その場にへたり込む情けない私をフィオネが支えてくれる。
「うん、ちょっとだけ、チビったかもだけど」
とりあえず、雪に埋まった人たちを掘り出さないと
いけない、そんなことを思いながら空を見上げる。