選ばれた人s
背後から声をかけてきた女性、歳は私より1つ上。名前はアイリス•ゼスハード。アレイスターと同じく、歴史ある、名家のお嬢様だ。
「そう言うアイリスさんは、こんな時間に男漁りですか?」
違うと分かっていても、口から出る言葉は酷いものだった。
黄金の髪が月明かりに照らされ、その美貌も相まって、女神のようだ。フィオネとも、張り合えるぐらいには。実際に通行人がチラチラ彼女のことを見ている。
「そうですね。 とても、私好みの人が目の前にいたので、つい、声をかけてしまいました」
私の言葉に対して、怒ることもなく平然と、近づいてくる。しかし、彼女の後ろにいた、執事は鬼の形相で睨んでいたが。
「ご家族となにかありましたか?」
「……いえ、特には」
僅かな間があったが、何でもないように振る舞おうとする。昔から付き合いがあるこの人は、観察能力がすごい。だから十中八九バレてるとは思う。
「はぁ……。見れば何かあったことぐらい分かります。私と貴方の仲ですから」
周囲を誤解させかねない、言い方はやめてほしい。ずっと後ろで、睨んでいた執事の人が「えっ?」と顔で言っている。
「思春期なんで、黄昏たいんですよ。察してくださいよ」
やれやれ、といった態度でプライドを捨てる。周囲の人達にやたら、注目されている中でこんなことを言うのはメチャクチャ恥ずかしい。できれば、早い所撤退をしたいのだか。
「ダメですよ? 多感な時期で色々あるのは分かりますが、こんな時間に出歩くのは危険です」
人差し指を立てて、得意げに注意してくる。彼女からしたら、私は手間のかかる弟なのだろう。
「次からはアイリスさんのいない時間帯を狙ってたそがれますよ」
「全く、貴方はそうやっていつもいつもそう。もう少し素直になったらどうです」
そんなこと言われたって、私のよく言えば反骨精神、悪く言えば逆張り精神は簡単には、治らない。フィオネだと、少し譲歩するぐらいだ。
「ーーーーー。」
執事の人がアイリスさんに近づき、何かを言う。
「分かりました。 フェイト、貴方の家まで、送りましょうか?」
「いえ、そろそろフィオネが迎えに来るはずなので、大丈夫ですよ」
執事の人が「は?」みたいな顔をしてくるし。
「そうですか、分かりました。くれぐれも気をつけるように。最近、何かと物騒ですから」
「はーい。 それでは」
そう言って、別れる。
ーーーーーーーーーーーー
アイリスさんと別れた、私は大人しく家を目覚めす。
夜に子供1人だと、補導される可能性があるからだ。それに、フィオネも心配させている。
フィオネは割と面倒くさいところがある。私に嫌われた、と思うとすぐに泣く。
「ん?」
目の前から青いジャージを着た、みすぼらしい男が近づいて来る。ここらへんは高級住宅街だ。
明らかに怪しすぎる。アイリスさんの色々物騒フラグが回収された。
と、思ったらふつーにすれ違う。
……思っていたのと、違う。明らかに、今のは襲って来る流れのはずだ。
恥ずかしーー。
「ーーー、うっ」
勘違いではなかった。
どうやら本物の通り魔らしい。
振り返りざまにカッターナイフをふったのだ。
その刃は私の腕の肉に食い込み、刃を折る。明らかに切れ味が違う。
「あれ? どうして、かわせたのかなぁ?」
通り魔が不思議そうに言う。その目は焦点が合っていないように見える。
「僕はね、生まれ変わったのさ。あのお方のおかげで。この力があれば、僕を見下した、奴ら全員殺すことができるのさ!」
……よくわからない自分語りを始めた隙に逃げようとする。別に勝てない訳ではない。これでも、魔法士を目指す者としての鍛錬はしている。素人が、カッターナイフを持っただけではまず、負けない。
相手が普通の人間ならだが。
尋常じゃない切れ味のカッターナイフとパワー。
「そのお力おいくらですか? ボクも欲しいなぁ」
とりあえず、コミュニケーションを図る。できるは怪しいが。
「! そうでしょ、そうでしょ。すごいだろ!? 選ばれた人間にしか使えないチカラさ!」
自慢げに言う。さっきの口ぶりからして、棚からぼた餅みたいな感じだろうか?
「ボク、実は病弱な妹がいて帰らないといけないんです。だから、助けてくださいません? ここでの事は誰にも言わないですから」
「ダメだね。 そう言って僕は裏切られたんだ。だから、ぜっったいに逃さない」
……誰だよ。裏切った奴って。そいつのせいで、私ピンチなんだが?
「僕はーーあっ、、? こ、殺さないと、裏切ったたた、やつをおおぉ」
ハイにキマってるようで、もう話は通じない。最初から通じていたか、怪しいが。
男とのくだらないトークで、乱れた精神はある程度落ち着いてきた。
ならばーーー
「我は、潜み、隠れ、怯える弱者」
この魔法の名は《色無き臆病者》。姿を消す魔法だ。
暗殺や覗きに使えそうとか思うかもしれないが、この魔法、すこぶる燃費の悪さである。桁外れの聖力を持つ私でも、3分も、もたない。こんなものを覚えるより、攻撃性魔法を習得した方が賢明だろう。みんなは他の魔法を覚えようね。
「なっーーどこ行った!?」
私を見失った、通り魔はカッターを適当に振り回しながら、私を探す。
「私、フェイト。今、貴方のーー」
「ウッーー」
「ーー背後」
後ろから接近して、首を絞め落とす。
「ふぅ〜」
案外、なんとかなった。腕、めっちゃ痛いけど。
とりあえず、男の持っていたカッターで、男のジャージを切り裂き、私の腕の止血と、男の手足を拘束する。
「良し。これで後は、警邏に通報してっと」
その時、一斉に近所の家の窓ガラスが割れる。
「……選ばれた人多すぎて、特別感ゼロじゃん」
通り魔と同じく、包丁などの刃物を持ったご近所さんたちが、虚な目でこちらを見ていた。