『ざまぁ』される俺たちにも救済を!
「ふう……ここにも久しぶりに戻ってきたな」
今や慣れ親しんだ何もない空間に、俺とセイラはようやく帰着する。
何だかんだ、四か月近くをあの世界で過ごしたのだ。これまでの旅の中では最長だった。
「今回も何とか成功って感じか」
「ふふふ、ユーゴ君、相変わらず熱かったじゃない。相澤柚季とクリエイターの説得のときとか、格好良かったよ」
「言うな」
あの時はブチ切れていたから好き勝手言ったが、後で指摘されると相変わらず小恥ずかしい。
「ってか、その後の相澤柚季とのやり取りは何だよ!めちゃくちゃ青春っぽかったじゃないか!ずーるーいー。僕もあーいうのしーたーいー!」
頬を膨らませてぶうぶう言うセイラ。
「んなこと言われても……。じゃ、次の世界では、お前も一緒に高校生やるか?
つーか、次の世界はどんなところなんだ?お前のことだから、もう目星はついてんだろ?」
しかしその問いに彼女は応えることなく、つかつかと俺に背を向けて距離を取り出す。
「おい、セイラ?」
数歩分の距離を取ったところで、こちらを振り向く彼女。
「ユーゴ君。今まで、ありがとね」
「……どういうことだ?」
「僕らの旅は、ここで終わり。運営から、最終勧告が来ちゃった。
今度同様の通報があった場合、僕のアカウントを抹消する、って。そしたら、僕の世界は全部取り消しになっちゃって、ユーゴ君の存在も消滅してしまう」
「な……何とかならないのかよ?」
しかし彼女は、諦観したように首を振るだけだ。
「こればっかりは、ボクにも無理。
だから、僕らの旅は、これで終了。
もちろん、約束は守るよ。君は元の世界に戻って、人生をやり直す。
『セイラ』の存在も、持ち主に返す。
君はまた勇者として選ばれ、魔王討伐の旅に出るんだ」
「そしたら、今の『セイラ』や、この旅のことは?」
「……残念ながら、覚えておくことはできないよ。
だっておかしいだろう?自分の世界の外のことや、そこを飛び回った記憶を持った勇者なんて」
……確かに、そうなのかもしれない。でも、それじゃあ。
「だけど!お前のことを、忘れるなんて……!」
セイラはすっと俺の方に近づくと、俺の唇に、その人差し指が添えられる。
「大丈夫だよ」
眼前には幼馴染の微笑。
「ボクは君のこと、いつでも見守ってる。君が思うがままに人生を生きてくれるだけで、ボクも勇気をもらえるから」
彼女の指は、そのまま俺の頬を拭った。
「だからユーゴ君。泣くことなんて、ないんだよ」
そう言うセイラの瞳にも、涙が潤んでいる。
「……分かった。
期待してろよ。波乱万丈、刮目必至の冒険活劇を見せつけてやる」
彼女の方にも、笑顔が戻って。
「ふふ、極上のラブコメも、追加しといてほしいな」
「当たり前だ」
俺は右手を彼女の前に差し出す。
「俺を救ってくれて、ありがとう」
「こちらこそ、ボクの我儘に付き合ってくれて、ありがとう」
数奇な異世界旅行も、これにて終了。
果たしてこれまでの旅に、何か意味があったのだろうか。
「他の世界の『ざまぁ』って奴は、減りそうなのか?」
「……どうだろう。星の数ほどある世界の、たった四つに干渉できただけだから。
前よりも減ったかもしれないけど、単にブームが過ぎただけかも」
「……そうか」
現実はそう甘くないってことだ。
「あ、でも、聞いて。
さっきまでいた世界のこと。どうも『クリエイター』が、『リライト』を始めたみたい」
「『リライト』?」
「うん。いったん投稿した世界も、『クリエイター』サイドで改編することができるようになってる。あの世界、『幼馴染ざまぁ』じゃなくて、音楽青春ラブコメになってたよ。音楽描写が本格的なんだ。
ユーゴ君、相澤柚希に乗り移った『クリエイター』に言ってたじゃない。『ざまぁ』に頼るな、って」
「そういや、そんなこと言ったな」
「それで、『クリエイター』が消滅したでしょ?
あの時『交渉術』のスキルが働いてたはず。多分あの『クリエイター』にも迷いがあって、ユーゴ君の説得で、彼の意識も変わったんだよ」
そうなのか。そう聞くと、俺らの活動も少しは意味があったと思えてくる。
「それにね。ボクの計画はまだ、終わりじゃないんだ。ねえ、ユーゴ君」
「どうした?」
「ボクはこれまでの旅を、『作品』として投稿するよ。今まで出会った世界を、四つのケースとして。
もちろん主人公はユーゴ君、君だ」
「……それは構わないが、何でまた?」
「旅の記録を『作品』として残しておけば、それを見た人たちの意識も、変わるかもしれないから。
人気は出ないかもしれないけどね。
あと、『クリエイター』仲間の一人に、面白い世界を創っている人がいる。
彼の創る下位世界では、『クリエイター』的な世界要素はないけど、代わりに小説や漫画、アニメ、映画なんかのフィクションを楽しむ文化が発展しているんだ。
特に小説は、アマチュアでもインターネットに投稿して、お互いに読んだり書いたりできるシステムが構築されている。上位世界のシステム名をモジって、『小説家になろう』とか、『カクヨム』なんて名前がついてるけど。
彼の世界は、完全自立型でね。その世界の人々が生み出した面白い作品は、上位世界の人たちが汲み取って、『クリエイター』が世界化したりしている。
彼も、ボクの計画を面白がってくれてね。
その世界のシステムにも、ボクの作品を小説として掲載できることになった。
そっちでも上位世界の人の目に留まれば、よりボクらの想いが広まるかも」
セイラの話は相変わらず難しくて、正直半分くらいしか理解できなかった気がするが、要は、俺たちの生き様を世界に知らしめる、って話か。
「うん、そういうこと。……いいかな?」
……その眼をされて、俺が断れるわけはない。
「ああ」
「やったあ!
それとユーゴ君、最後にもう一つだけ、お願いがあるんだけど」
「お願い?」
「うん。僕の作品のタイトル、君が決めてくれないかな?」
「いや、んなこと言われても、簡単には思いつかない……」
「僕らの旅を見た人に伝えたいことを、言葉にしてくれたらいいから」
……俺はしばし考え、これまでの旅のことを思い返す。
不思議と、その言葉はすんなり頭に浮かんできた。
――『ざまぁ』される俺たちにも救済を!
そうだ。
どんなストーリーになってもいい。
ハッピーエンドもあれば、悲劇だってあるだろう。
『ざまぁ』だって一つのお話だと言ってしまえば、それまでだ。
けれど、どんな役割を与えられたとしても、俺たちには俺たちの意思がある。
神々に弄ばれたところで、それだけは絶対に消えない。
世界よ、思い知れ。
俺たちは此処にいる。
<終>




