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『ざまぁ』される俺たちにも救済を!  作者: ikut
ケース4/藤奏 調・月島 美音・相澤 柚季の関係
62/63

(??視点)②

「ユーゴ君、先に行って!」

「おう!」


 この世界は魔法も超能力もない。つまり自然の摂理に則り、身体能力は男である俺の方が上だ。

 全力疾走したら、セイラは俺について来れない。


 そしてそれは、『クリエイター』側も同じはず。奴が相澤の身体で走る限り、俺の方が追い付く目算だ。

 幸い、この身体もセイラが身体能力高めに設定してくれたからな。あくまで現実ベースの範疇内でだが。


 しかし廊下の角を曲がると、『クリエイター』がエレベーターに飛び込むのが見えた。


「あ、ちくしょう!」


 俺も慌ててドアまで辿り着き開閉ボタンを押すも、エレベーターは無情にも移動を開始する。


「上か!」


 エレベーターはもう一台あるが、今は一階にあるようだ。ここは七階、待つには時間の大きなロスとなる。

 『クリエイター』が乗った方の階数表記を睨むも、途中の階で止まった様子はない。どうやら屋上に向かっているようだ。


「ユーゴ君、非常階段!!」


 ようやく追いついたセイラが、廊下向こうから叫ぶ。


「その方が早いか!」


 俺は突き当りのドアを乱暴に蹴り開き、螺旋状の階段をひたすら駆け上がる。

 このビルは十階建て、三階分くらいなら走れない距離ではない。


 だが、身体強化がない分、いくら十代の身体とは言え、この移動は堪える……!


 真冬だが、屋上に辿り着く頃には汗が止まらず、息もかなり上がっていた。


「ハア、ハア……相澤、どこだ……」


 そう呟きながら辺りを見渡すと、


「ち、何やってんだ」


 フェンスの向こう、建物の縁に立っているクリエイターを発見。

 俺は慌てて声をかける。


「おい、相澤、早まるな、戻って来い!!」

「……もういい。

 柚季は芸能界進出を目論むも、スカウトに騙され、初めて現実を知る。

 調の心はもう戻って来ない。

 絶望した柚季は、そのまま飛び降り自殺。

 本来のシナリオからはやや逸れるが、『ざまぁ』はまだ再現可能だ!」


 ――こいつはまだ、分かってないのか。


 『クリエイター』のその宣言に、俺の怒りは沸点に達した。


「ふざけるな!!」


 突然の怒声に相澤の身体がびくっと震えたのは、ただの反射反応だろうか。


「身勝手な『ざまぁ』の被害者について、考えたことがあるのか!?」

「被害者?さっきも言ったろう、『ざまぁ』作品は明らかにポイントが高い。被害者などいない!!」

「いる!!

 お前らの勝手な都合のせいで、人格を歪められ、本来生きるはずだった人生を踏み躙られた奴らだ!

 確かに人間は、過ちを犯す。

 しかし、過ちだけが人間じゃない。いつか改心するかもしれないし、そもそもの過ちだって、本来の人格なら回避できたかもしれない。

 お前らが俺達を振り回し、使い潰そうとするのなら、俺は断固としてそれを阻止する!!」


 俺は改めて、相澤(・・)の眼を見て問いかけた。


「相澤、お前もそうだ!

 お前、本当にこのまま飛び降りたいのか!?

 ここでお前の人生お終いか?それでいいのかよ!?」


 相澤の身体が震え出す。


「う、う……」


 漏れ出た声は、先からの濁声ではない。


「そうだ、相澤、戻ってこい!

 お前は確かに気の強い所があるけど、俺と話しているときは、そんなに嫌な奴でもなかったと思うぞ!

 『クリエイター』なんかに操られるな!」

「あ、亜久津、でも……」

「大丈夫だ!」

「でも、調はもう、私のところには戻って来ない……幼馴染なのに、月島美音に、獲られてしまった……」

「それは当たり前だろうが!

 幼馴染ってのは確かに良いもんだが、あくまで幼馴染でしかないんだよ!

 相手に受け入れてもらうには、肩書だけの関係に甘えず、相手のことを想って行動することが必要なんだ!

 お前の人生、まだまだこれからだろ!男なんていっぱいいる。

 次また頑張って、最後に幸せになれれば、それで十分だろうが!」

「わ、私は……」


 しかし、せっかく戻りかけた相澤の意識を、また『クリエイター』がかき消した。


「無駄だ!

 異能を排除しているとはいえ、俺はこの世界の『クリエイター』だぞ!

 俺の創り出した登場人物が、俺に逆らうことなどできはしない!こいつはこのまま、飛び降りて死ぬんだよ!」

「ああ、通常ならそうだろうな。

 だが生憎、俺の女神様は別にいるんでな。俺の『スキル』は、さっきから発動中だ!」

「な、『スキル』だと!」

「そう、俺のスキル『交渉術』。『自分と相手の意見が拮抗した時に、自分の意見を通すことができる』!」


 相澤は今、揺れている。

 『クリエイター』から与えられた絶望と、俺が語る希望との間で。


 それなら、この『交渉術』で、俺の方が勝つはずだ。


 俺はフェンスの網越しに手を伸ばす。


「最後はお前次第だ。戻ってこい、相澤!」

「亜久津……私は……私は、死にたくない!!」


 相澤は、その手をしっかりと掴んだ。


 しかしその意識は、またもや『クリエイター』に引き戻されてしまう。


「俺を馬鹿にするな、これは俺の作品だ!絶対にお前らなんかに邪魔はさせない!」

「うるせえ!お前も創造主を名乗るなら、『ざまぁ』なんかに頼らなくても、登場人物もそれを見る奴も幸せになるような世界を創ってみやがれ!!」

「それができるなら、最初から……!!

 な、ち、ちくしょう、存在を、維持、できない……」


 相澤を覆っていた黒い靄が消失していく……。


「……ZP、回収するよ」


 いつの間にか追い付いていたセイラが、それを小瓶に収集していった。


----------------


 それから、気絶した相澤を何とかフェンスの内側まで引き上げていると、遅れてマネージャーさんと部長も屋上にやってきた。


 それからは、マネージャーさんの車で相澤を家まで送る。

 相澤は車内で目を覚ましたが、これまでの世界同様、『クリエイター』云々の話は記憶にないようだ。

 ただ記憶にあるのは、スカウトに騙されたことと、間一髪、アリエスにそれを助けられたことだけ。


 家の近くで「もう大丈夫です」という相澤に応じて、マネージャーさんが車を停める。

 道中、相澤はお礼こそ言ったものの、それ以上は何も言うことはなかった。


 翌日。

 すぐにこの世界から出てもよかったのだが、そうできないのは俺というよりも、セイラの都合だった。アリエスとしての後処理をするには、少し時間が必要なようだ。


 『ざまぁ阻止』という目的を達成したため、特に必要はないのだが、俺は何となく気になって、今まで通り登校していた。


 珍しく、藤奏調の周りに人だかりができている。


「藤奏、お前さっき、月島さんと手繋いでなかったか!?」

「ああ、うん。実は昨日から、正式に付き合うことになって……」

「何だよー、やっとかよー!」

「藤奏君、おめでとう!」

「え、『やっと』って、もしかしてみんな、そんな感じで僕らのこと見てたの?」

「おう、みんな思ってたぞ。『早よくっつけ』って」

「「「「うん」」」」


 うん、今日もこの世界は平和だ。

 これからも、藤奏と月島(あいつら)にはあいつらなりのストーリーが待ち受けているんだろうが、それはもう俺の知るところではない。


 盛り上がる集団を尻目にこっそり相澤の方を見てみると、さすがに笑顔という訳にはいかなかったが、登校してきただけでも彼女の意志の強さを感じさせる。


 彼女にとっては人生初めての失恋なのかもしれないけど、俺みたいなおっさんからしてみれば、そんなの、長い人生のちょっとしたスパイスに過ぎない。

 そんな風に思える日がいつか、相澤に来ることを願う。



 昼休み、屋上。

 俺は迷ったけれど、結局、相澤を呼び出すことにした。


 予定時刻の五分前に俺が待ち合わせ場所に辿り着くと、彼女は既にそこで待っていた。


「待ったか」

「……いえ、私も今来たところよ」


 彼女は何だか考え込んでいる様子だ。


「どうかしたか?」

「……いえ、大したことではないわ。待ち合わせに時間通りに行くことなんて、どうしてできなかったんだろう、って」

「……そうか。今日は来たんだから、良いじゃねえか」

「そうね。それで、話って?」

「ま、一応、この学校では関りを持っちまったから、伝えておくけど。俺、もうすぐ転校するから」

「……そうなの。大変ね。亜久津には、今までお世話になったわ。ありがとうね」


 そう言って相澤は、頭をしっかりと下げた、


「……何か、今までと違いすぎて、落ち着かない」

「……私も、昨日までの自分が、何だかウソみたい」

「藤奏のことは、大丈夫か?」

「……分からないわ。私、それこそ調の肩書が魅力的だっただけなのかも。自分が受け入れられなかったってショックは確かにあるけど、今では変な諦めの気持ちが強いわね」

「そうか。ま、あんまり引きずるな」

「ありがとう。私はしばらく、男を見る目を養うわ」

「おう、それがいいさ」


 そんな話をしていると、相澤の制服のポケットから、半透明のキーホルダーが出ているのが見えた。


「あ、そのキーホルダー」

「ああ、これ?」


 彼女は携帯電話を取り出し、眼前にそれを翳す。


 ストラップ代わりに装着されたそれは、半透明のプラスチックに、『ArieS』と英字が印字された、シンプルなデザイン。


「アリエスさんのキーホルダーよ。お姉ちゃんがファンで、家にあったのを一個もらっちゃった。素敵な方ね」

「……ふっ、そういうことか」

「何笑ってんの?」

「いや、何でもない」


 俺はある事に気付いたが、相澤に伝える必要はないだろう。


「ねえ、亜久津。もっと早く違う形で出会ってれば、あんたのこと、好きになってたかもしれない」

「……もしもの話だろ」

「ええ、もしもよ。アリエスさんのこと、幸せにしてあげてね」

「……ああ」


 相澤はただ微笑むと、「じゃあね」と微笑み、颯爽とした足取りで歩き去っていった。


 取り残された俺は、ポケットに入れたキーホルダーを取り出す。

 相澤のと同じものを、俺もセイラから「記念に」と持たされていたのだ。


 それを空に翳し、逆側から(・・・・)覗き込む。


 そこに刻まれた『SeirA』の文字に、改めて口元が緩んでしまった。



【ケース4「藤奏 調・月島 美音・相澤 柚季の関係」完】

本日この後すぐ(22時)に、次話投稿します。

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