(??視点)①
セイラの檄に釣られ、俺はとりあえずベッドの上にいた男をぶっ飛ばした。
改めて、室内を確認する。
壁際にはテレビが二台、いや、一個はパソコンって言うんだっけか。
テーブル周りは、ファイルやら書類やらが散乱している。おそらく先の衝撃が原因だろう。
足元には伸びている男の顔。まあまあの男前だ。
そしてベッドの上には、衣服の乱れた少女が。肌は赤みを帯び、顔もほんのり上気していて、ひどく艶めかしい……。
「はっ!?」
そこで俺は未だかつてないほどの殺気を感じ、背後に振り向いた。
「ユーゴく〜ん、何マジマジ見てんのかな?」
「いや、これは、その、そうだ、状況確認だ!状況を、確認していたんだ!」
おい、セイラ、そんな目で見ないでくれ!
「……ま、ユーゴ君も男の子だからねえ」
セイラはそう呟きながら、相澤の元へつかつかと歩く。
「これ、飲める?」
セイラが取り出したペットボトルを口元へ持っていくと、相澤は何とかといった様子でそれを一口飲んだ。
すると落ち着いたのか、そのまますうすうと寝息を立て始める。
「やっぱり、これまでの被害者同様、薬を飲まされてたみたい。解毒剤をあげたから、ひとまずは大丈夫」
そしてセイラは、事の様子を見ていた男女二人に声をかける。
「現行犯逮捕って奴ですね」
女性の方はアリエスのマネージャー、男性の方は足元の男の上司、らしい。俺も今日が初対面だ。
「噂は本当だったのね……」
「安田君……まさか君が、こんな……」
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この世界を訪れる前。
セイラから、ここが『幼馴染ざまぁ』とかいう世界だと聞かされた俺は、まずは主人公たる藤奏調に近づくことを画策した。
しかしセイラから与えられた事前知識からは、この世界には争いも魔法もほとんどなく、いたって平和な日常が繰り広げられるだけらしい。
『ざまぁ』が起こるのは、主人公の敵に対してである――。
その法則に基づくと、藤奏について回るのはあまり意味がない。
しかもセイラ曰く、このストーリーは『一人称多視点』とやらで創られているらしい。案の定俺にはよく理解できなかったけれど、要は、
「藤奏調の全く与り知らぬところで『ざまぁ』が起こる可能性もあるね」
とのことだった。
「じゃあやっぱり、相澤柚季に付くべきか?」
「それが無難だね。でも、いつ『ざまぁ』が起こるか分からないから、シナリオにはあんまり干渉せず、むしろ促進していくくらいの方がいいと思う。いざという時に守れればそれでいい」
「了解」
という訳で、俺は相澤の様子を陰から伺いながら、彼らとの接触をなるべく絶ち、成り行きを見守っていたのだ。
つーか、今回はそれで助かった。何故って?
藤奏と月島の醸し出す空気が甘ったるすぎて、そこに常に同伴する方がしんどいわ!
一方のセイラはと言うと。
「ちょっと気になることがあるから、今回は別行動で」
「気になること?」
「うん。主人公が半芸能人みたいな感じだから、芸能界が絡んできそうな気がする。類似作品のパターン的にね。僕はそっちを探るよ」
「そうか。ま、セイラの言うことだから、間違いはないんだろう。でも、危険はないのか?」
「危険?一応この世界は、魔法とか能力みたいな設定はないからね。
今までと比べたら圧倒的に平和だよ」
そうなのか。でもそうなると、こちらにも今までのような能力設定はないということになるな。これまで頼りにしてきた『スキルを借り受けるスキル』も、意味がなさそうだし。
「いや、そういうわけではないよ」
「と言うと?」
「一応ユーゴ君には、一個だけスキル設定してある。ユーゴ君も知ってる奴だよ」
どんなスキルを設定したのか、セイラの説明を聞くと、確かにこの世界では有用そうに思えた。
「あーでも、ユーゴ君と一緒に学校生活を送れないのは、ちょっと残念!」
「クラスメートって奴なら、ついこないだまでやってただろ?」
「あんな殺伐としたのは嫌!学園青春ラブコメがいい!」
「はあ」
気のない返事をする俺だったが、セイラも本気で言ったわけではないのだろう。
結局、彼女は『アリエス』という名義で、アイドルとして活動しつつ、そっち周りを調査することにしたようだ。
とは言え、定期連絡の様子から見るに、随分と満喫していたようではあるが。
この安田という男には、すぐに目星がついたらしい。
「こっちは舞台裏だから、『クリエイター』側の設定も甘かったみたいで。
明らかに一人だけ小悪党がいて、多分そのうちストーリーに絡んでくると思う」
とのことだった。
その後も俺達は、『クリエイター』の目につかないようにしながら、事の動向を注意深く観察した。
そして今日、シナリオ上で主人公二人が結ばれた直後。
ストーリーの終わりが近いことを予見し、半ば強引に相澤と藤奏を接近させる。こうして、『ざまぁ』イベントの発生のコントロールに成功したのだ。
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アリエスのマネージャ―さんが話しかけてくる。
「アリエス、あなたの言っていた通りだったわ」
「ええ。白石部長、これで分かっていただけましたか?
この安田という男は、スカウトという肩書を利用して、街の子やオーディションに来た子たちを手にかけていたようです。
手口は毎回ほぼ同じ。ホテルに連れ込んで、催淫剤を飲ませる。事の始終を録画しておいて、バラしたら映像をばら撒くと脅す。
うちの事務所でも何人か、過去に被害に遭ったことを告白してくれた子がいました」
白石と呼ばれた安田の上司は、かなり混乱した様子だが、それでも、
「確かに、この様子を見るに、それが真実なのだろう。まったく、何てことをしてくれるんだ……このことが明るみに出たら、うちの事務所の信用としても大打撃だ。アリエスさん、鈴木マネージャー、どうか、このことは内密に……」
と懇願している。
「然るべき処分が下されるなら」
「それは当然だ。私よりも上の人間が判断するだろうが、クビだろうね。会社としては、それ以上の対応は難しいかもしれないが……」
「いえ、十分です。あとは被害者の会で何とかします。とりあえず訴訟ですね」
「そ、それは、できれば解雇後にしてくれると……」
白石部長の顔が更に真っ青になっているが、この男もむしろ被害者か……。
これで一件落着かと思いきや、目の端に映った相澤の腕が、びくんと動いた。
「セイラ、離れろ!」
俺の警告を聞いたセイラは、相澤の元から飛び退く。同時に相澤からは黒い靄が溢れ出した。
ZPの残滓だ!
「ひぃっ!」
「な、どういうことだ!?」
鈴木マネージャーと白石部長が慄いているが、こうなると一般人に構っている場合じゃない。
靄が身体に纏わりつくと、相澤の身体が持ち上がった。いつの間にか服装も整っている。
「……どういうことだ?」
相澤から漏れ出る声は、普段のものでなく、明らかに男のそれだ。
「おかしい……ここでこいつはスカウトに犯され、そのまま転落人生を歩むはず……こんな救援が入るなど、シナリオにはない。
貴様ら、何をした!?」
少女がドスの利いた濁声で怒鳴る光景は明らかに異常だったが、セイラは臆せず果敢に返答する。
「悪いけど、シナリオに介入させてもらったよ。理不尽な『ざまぁ』を阻止したくてね」
「……理不尽、だと?」
黒い靄が勢いを増す。
「『ざまぁ』は閲覧者の望み!
『ざまぁ』展開のある世界の方が、明らかにポイントが伸びる!
理不尽なのは、現実の方だろうが!
俺は、皆が世知辛い現実の疲れを癒せるよう、気持ちいい展開を描いているだけだ。それのどこが悪い!」
しかしそこまで叫ぶと少し冷静になったのか、『クリエイター』は改めて首を振った。
「……いや、そんなことはどうでもいい。
それよりも対処すべきはお前たちだ。何で勝手にこの世界に乗り込んできたのかは知らないが、明らかに規約違反だろう!!
『クリエイター』権限により、異物を排除する」
『クリエイター』はそう言って、手元にあった灰皿を手に取り、セイラの方に殴り掛かってきた。
「やめろ!!」
俺は急いで間に入り、『クリエイター』に操られた相澤の手を受け止める。
「……どうやら、身体能力は相澤のままらしいな」
身体強化があると予想していたが、思っていたほどの力を感じず、これなら押し切れそうだ。
「ち、現実世界ベースの設定が裏目に出たか……もういい!!」
「な!?」
『クリエイター』は俺の手を振り解く。
「どけ!!」
腰を抜かしている大人二人を突き飛ばし、そのまま部屋の外へと出て行ってしまった。
「ユーゴ君、追いかけよう!」
「おう!」
俺たちも慌てて、『クリエイター』の影を追うのだった。




