(柚季視点)あいつと肩を並べる
……結局、きっぱりとフラれてしまったわ。
あそこまではっきりと調に拒絶されたのは初めてで、覚悟していたとはいえ、想像以上にダメージが大きい。
「……何よ。何であんな女なんかに……」
思わず涙が零れそうになる。
するとそこへ、
「まーた泣いてんのか」
現れたのは、またしても亜久津だった。
とは言え今回は、亜久津は協力者。事の顛末を気にして、様子を見に来たのだろう。
「……そんなことない。こんなんで泣いてなんかいられない」
「おー、殊勝な心掛け」
「うるさいわよ。でも一応、礼を言っておくわ。ありがとう、協力してくれて」
「ま、何となく気になってたしな……」
今日はバレンタインの翌日、二月十五日。
放課後、下校して駅へと向かう途中、亜久津に突然話しかけられた時は、結構驚いたっけ。
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「よう、相澤」
「な、亜久津!?びっくりした、何よいきなり」
「いやあ、すまんすまん。あれから、藤奏とはどうなんだ?ちょっと気になっててよ」
「どうもこうも、何もないわよ……」
「そうなのか。何かアプローチしなくていいのか?」
そこなのだ。
調の正体がメロ様だと知った以上、これまで以上に近づくには、もっと別の何かがいる。
例えば、初詣に誘う、とか、朝あいつの家の近くで待ってみる、とか。
しかし、具体的な手段を検討するたびに、「何で私が、あんな奴のために、そこまで」という気持ちが出てしまい、なかなか実行に移せなかったのだ。
「へえ、そうなんだ。でもいいのか?」
「何がよ?」
「俺、聞いちゃったんだけどさ。昨日は月島、藤奏にチョコレートあげてたらしいし、今日は月島病欠なんだけど、藤奏がお見舞いに行くみたいだぞ」
「……何よそれ、もう付き合ってるってこと?」
「いや、そうではないみたいだけど、今日とか怪しくね?」
「……でも私にはどうしようもないじゃない」
「だからさ。例えば、俺が駅であいつを待ち伏せしておいて、戻ってきたら連絡するから、サプライズで話してみる、とか」
何だか亜久津の話を聞いていると、良案に思えてくる。
「……悪くはないわね」
「だろ?お前ら幼馴染なんだったら、どっか思い出の場所とかないの?」
「そりゃ、あるわよ」
「そこで上手いこと話せたら、藤奏もグッとくるんじゃね?」
「それ、イイかも」
「じゃ、今言ったプランで行ってみるか?」
「お願いするわ。でも、何でそんなに協力的なの?」
「あー、まあ、こっちにはこっちのメリットがあるから、あんま気にすんな」
「え、何よ、メリットって……まさか、私が弱っている隙を狙って、的な」
「あー、それはないない」
「秒で否定されるとそれはそれで腹立つんだけど」
「だって一応、俺、彼女いるし。いや、彼女というには微妙か?でもまあ、それに準じる人はいるから。正直お前のことは眼中にない」
「何よその言い方……でもなおさら、私なんかに構ってたら彼女に悪いんじゃないの?」
「いや、実は彼女とも連携しているから大丈夫」
「何よそれ……」
訳が分からない。
「それで、やるか?やらないか?」
「……やるわ」
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亜久津に後押ししてもらったとは言え、今日の話で事が上手く進むとは、実は私も思っていない。
それでも精神的にはちょっとキたけど、想定の範囲内って奴ね。
「という訳で、私、芸能界目指すから」
「は?」
「オーディションとか受けてくわ」
「ちょ、意味が分からん」
何で分からないのよ。
「いい?調は、芸能界でも期待の新星の、スーパーVTuberの一人なわけ」
「お、おう。それはそうだな」
「そんな調と肩を並べるには、私も芸能界に入る必要がある」
「……そうなのか?」
「そうよ。そして、月島美音なんて眼中になくなるくらい、私は自分を磨くの。
幼馴染である私が、今よりもっと綺麗になって、自分と同じステージに立つ。これで落ちない男はいないわ」
私がとっておきのプランを披露したというのに、亜久津は下を向いて何だかブツブツ言っている。
「……クリエイターによる強引な干渉?
いや、これが既定路線で、プロットに引っ張られているのか……。
いずれにせよ、ここまで強引なルート設定があるなら、そろそろクライマックスも近そうだな……」
「ちょっと、無視しないでよ」
「お、おうおう、すまんすまん。ま、俺が止めることではないし、頑張れよ」
「その言葉、ありがたく受け取っておくわ」
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それから数日間、私はとりあえず、有名そうな事務所のオーディションを見つけては応募を繰り返した。
ほとんどのオーディションは、経験不問、年齢制限のみといった条件だったし、よく使うメッセージアプリからエントリーできるものも多い。
バイトの申し込みよりも簡単だった気がする。
これがいわゆる書類審査となり、ここを通過したら、晴れて二次審査へ。
二次審査は面接となっていたけれど、おそらくここでは歌やダンスをする必要があるのだろう。
これは定期的に練習を繰り返すとして。
週末になった今日、私は都内のお洒落エリアへと繰り出していた。
ファッションにアンテナの高い若者で溢れているこの街は、芸能界のスカウトもよく現れると有名で。
そう、オーディションなんてかったるいことしなくても、ここでスカウトの目に留まれば、一発デビューなんだ。
私は早起きし、考え得る限りで一番可愛い服を着て、髪もメイクも、テレビ映えを考えてセットした。
さあ、後はスカウトされるだけよ。
とは言え久しぶりに来たこのエリアは、可愛いものや個性的なファッションアイテムを扱っている店も多く、歩いているだけでもとても楽しい。
ショッピングしているだけで、二時間くらいが過ぎていたかしら。
その時は私は、半ば当初の目的を忘れかけていた。でも、逆にそれがよかったのかもしれない。
「ねえ、君、かわいいね。テレビの仕事とか、興味ない?」
来たー!
まさしく、予想通りの誘い文句。私は一瞬喰い付きかけたけれど、
「テレビって、もしかしてスカウトって奴ですかぁ?そういうの、ホントにあるんですね」
最初は、さも興味ない風を装う。その方が自然に見えるだろう。
「はは、それが、あるんだよねえ。僕、こういう者です」
ポケットから名刺を取り出して渡してきた男は、見た目は三十代くらいだろうか。
芸能関係の仕事というだけあって、スーツ姿でも垢抜けて見えるし、世間的には十分イケメンの部類だろう。
「スタードリームエンターテイメント?すみません、聞いたことがなくて……」
「あはは、普段タレント見る時に、どこの事務所かなんて気にしないでしょ。うちの所属だと、例えば――」
彼は、私でも知っている俳優やアイドルグループなんかの名前を複数挙げていく。
「あ、知ってます!有名な人たちばかりですね!私、ヨシカナちゃんファンなんです!」
私の好きな雑誌モデルもそこの所属のようだった。
「あ、それはちょうどいい。そこのシティホテルでさ、これからちょっとしたパーティーがあるんだけど、確かヨシカナも来るよ。よかったら一緒に来てみる?」
「え?いいんですかぁ?」
「うん、ついでに、君のことも軽く教えてもらえると嬉しいな。芸能界、興味ない?」
「ええと、ちょっとはありますけど……」
「じゃ、決まり決まり!」
ふふ、作戦大成功。何だ、意外とちょろいわね。
私は、見た目はしずしずと、内心はいそいそと、スカウトについていくのだった。




