意外な来訪者
いつまでも一緒にいたいけれど、彼女は病人だ。さすがに長居はできない。
お互いに後ろ髪を引かれる思いをしながら、僕は彼女の家を後にした。
初めて、恋人として二人、触れ合った感触。
それは僕の中に鮮明に焼き付いてしまい、しばらく忘れられそうにない。
自宅近くの駅の改札をくぐる。正直、どうやってここまで来たのかすら、あんまり覚えていない。
しかし、そんな夢心地な気分も、そこにいる意外な人物によって現実に呼び戻されることになる。
「よ、藤奏」
「亜久津君?」
何だか今日はよく会うな。
「待ってたぜ」
「え、待ってた?どういうこと?」
正直亜久津君とはほとんど話したことないし、ここが僕んちの最寄り駅だってこと、どうして知ってるんだろう?
「まあ、色々気になることはあると思うけどよ。ひとまず、ついてきてくれ」
「分かった……」
何だか亜久津君の言葉には逆らえなくて、僕は大人しく彼の後を追う。
つかつかと歩く亜久津君、その方向は僕の自宅に向かっている。普通の住宅街で、道もやや入り組んでいるのだけれど、彼の歩みには全く迷いがなさそうだ。
向こうの方に公園が見える。
そういえば小さい頃は、柚季とあそこでよく遊んだっけ。
果たして彼の目的地はその公園だったようで、入り口まで辿り着くと、奥の方を指し示した。
「悪いけど、あいつが話したいことがあるんだと。聞くだけ聞いてやってくれよ」
ベンチに腰かけていたのは、
「柚季……」
僕の幼馴染だった。
さすがに無視することもできず、僕は彼女へと近づいていく。柚季も僕の姿を見て取ると立ち上がった。
「調……悪いわね、こんな呼び出し方して」
「いや、それはいいんだけど……」
どうしても、語尾が尻すぼみになってしまう。しかしそんな僕の様子を他所に、彼女は公園をぐるりと見渡した。
「懐かしいわね、ここ。昔はよく遊んだっけ」
「うん、確かにね。大体、柚季に引っ張りまわされていたような気がするけど」
「そ、それは言わないで」
「あはは」
うん、確かに、あの時代は楽しかった。
僕が少し笑ってしまうと、柚季は安心したような表情を見せる。
「調……付き合って、とは言わない。
もう一度、あの頃に戻れないかしら?」
「……それは大丈夫だよ」
否定するようなことではないだろう。
「でも、一つ、言っておかなきゃいけないことがある」
「何?」
「美音――月島美音さんと、付き合うことになった……僕から告白して」
「……そうなの。彼女、芸能界デビューするんだって?」
うわあ、やっぱり噂に尾びれがついてしまっている。
「いや、それは根も葉もない噂だよ。彼女にそんな気はない」
「そう。それは良いわ。でも私も、諦めるつもりはないから」
「え?」
「絶対にあなたを振り向かせる」
ええと、それはもう困るんだけど……。いや、こういうことはきっと、はっきり言わないといけないんだろう。
「ごめん、柚季。僕は、一番大切な人を裏切りたくない。君がどれほどアプローチしてきても、きっと僕の気持ちが揺らぐことはないし、できればすっぱりと諦めてほしい」
「……嫌よ」
「柚季!」
思わず声を荒げてしまう。つられて、向こうも声を張り上げた。
「身勝手だとしても!
私にだって、意地が、プライドがある!見てなさい、今あなたが言ったこと、絶対に後悔させてやるんだから!」
そう叫んで柚季は、公園の出口へと去っていった。




