高校生二人が多数の人間に演奏を届けるには
その後は二人とも楽器を仕舞い、フードメニューを注文。
確かに想像以上にクオリティ高めの料理を楽しみながら、たわいもない話で盛り上がった。
カラオケボックスだというのに、結局一曲も歌わないまま、終了時間に。
その後は最寄りのコンビニで楽譜をコピーし、美音に渡す。
「変更があったら、また連絡するよ」
「うん。早速、明日からさらっておくね。来週末辺りでまた合わせようか?打ち上げの前とかにする?」
「あ、それがちょうどいいね。じゃあ、今度は公民館かどこかで探しておくよ。カラオケだと結構お金かかっちゃうし」
「ありがと、助かる」
そんな感じで今日は解散。
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そして年が明けた。
その間、大きく特筆するような出来事はなかった。
打ち上げは明石さんも交えて楽しく終わったし、デュオの合わせも順調だ。
二人の技量に合わせて作ったので、ちゃんと練習すれば問題なく弾くことができる。
その分、曲のイメージとか歌い方とか、そういった表現方面でのすり合わせに時間を使っていったんだ。
ちなみに、クリスマスなり初詣なりといったイベントごとは、二人とも家族と過ごすことになった。
と言うのも、美音のお父さんは海外で仕事をしているらしく、普段は基本的にお母さんと二人暮らしなんだとか。そのお母さんも結構なキャリアウーマンで、残業や休日出勤も多いらしい。
しかし年末年始はお父さんが長めの休暇を取るらしく、家族三人が揃う貴重な期間のようだ。
それを聞いてしまうと、必要以上に彼女を外に誘うのは躊躇われた。
年が明けてお父さんが仕事に戻ると、美音も一人の時間が多くなる。
「もう高校生だし、仕方ないってわかってるけどね。寂しいのはまあ、寂しいかな……」
昨年末、そう呟いていたのが印象的だった。
閑話休題。
冬休みが終わり、今日から学校が始まる。美音とは連絡を取り合って、今日の放課後にまた公民館で合わせの予定だ。
練習会場で受付をしていると、ほとんど同時に美音も到着したようだ。
「あけましておめでとう」
「あけましておめでとう」
今日はとりあえずこれだよね。
そう言い交わしながら、練習室に入る。
さあ、今日が合奏初め。久しぶりの合わせ練習に心が躍る。
出だしから息を合わせて……お、いい感じ。
あれ、テンポ感を少し変えてきたな。前より深みが増している気がする。それなら……。
今日の練習も、充実したたものにできそうだ。
そうしてある程度二人で合わせた後、僕たちは休憩を取ることにした。
「美音、休み中にかなり練習してきたでしょ」
「えへへ、わかる?」
「そりゃあ、精度も表現も大分変わってるんだもん」
「そう言ってもらえると、頑張った甲斐があったぜ」
グッ、と親指を立てる美音。
「この調子なら、思ってたより早く完成しそうだね」
「確かに……って、そういえばさ。この曲、どこで披露するの?」
「あっ……」
あちゃあ、全然考えていなかった。
「そうか。僕ら二人だけじゃ、さすがに演奏会を開くわけにもいかないし……四季色カルテットの前座にしてもらうとか?」
「うーんでも、本チャンのプログラムには私出ないし、ちょっと変な気がする。クラシック曲じゃないし」
「まあ確かに……文化祭とかが現実的かなあ」
「七月じゃん、まだ半年以上あるよ。
じゃあさ、WeTubeにアップするのは?」
あ、WeTubeか。僕の中では「メロとしての楽曲をあげる場」という認識が強いから、何だか盲点だったな。
「それはいいかも」
「でしょ?ファンナイのヴァイオリンは、調が弾いて録音しているの?」
「うん、その辺の操作は慣れてるよ」
「いいね。私はそういうの疎いんだけど、どうやってやるの?」
「今はプロのエンジニアさんがついてくれるから、スタジオに入って演奏して……って感じ。ミキシングには参加するけど、音質面でのクオリティはやっぱりエンジニアさんの力が大きいね。
でも昔は、自宅で演奏して、自分でサンプリング録って編集してたよ。機材はマイクとパソコンと、あと専用ソフトがあるんだけど、全部揃ってるし。
今回はそっちの方向で十分だと思う。『弾いてみた』系の人たちも多分そんな感じだし」
「そうなんだ。じゃあ、仕上がってきたら、録音してみようよ。いつぐらいかなあ……」
「僕らの予定次第だけど、週1くらいで合わせられるなら、二月の初めくらいでどうだろう?」
「うん、大丈夫。そこが本番ってことだね」
録音、か……。
僕はこの時あることを思いついたんだけど、受け入れてもらえるか不安で、すぐに言い出すことができなかった。
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そして日は流れ、練習は順調に進む中、僕は更に別のことに気付くことになる。
それは、録音するってことは、美音が家に来るってことだ!
二月の第一週、水曜日。
そこを本番、つまり録音日に設定した。
まあ誰かが聞いているわけでもないから、失敗したなら日を改めればいいだけなんだけど……。そうは言っても、『本番』と銘打っておくことで、気持ちにメリハリがつくのだ。
この日を選んだのには、いくつか理由がある。
まず、平日の昼間だから、楽器を思いっきり弾いても近所迷惑が少ないだろうこと。
次に、授業時間が少なくて、早めに帰宅できること。
あとは、家族が多分そんなに早くには帰ってこないこと――。
「おー、ここが藤奏家。一軒家だね」
家の前の門まで辿り着いた美音が、そんな感想を述べる。二人、学校最寄りの駅前で待ち合わせて、僕の家まで連れ立ってきたんだ。ちなみに美音は、道中で制服から私服に着替えてきている。
「そうなんだ。さ、上がって」
「お邪魔しまーす」
まずは美音をリビングに通す。昨日のうちに掃除はしておいたから、それほど汚れてはないはず……。
「綺麗なおうち!」
「はは、掃除したからね。よかった。ごめんね、狭いリビングで」
「そうなのかな?私マンションだから、よくわかんないや」
「そう?はい、とりあえずお茶どうぞ」
「ありがとございます」
一息つきつつも、心臓の鼓動が少し速いのが分かる。
「そういえばご家族の方は?」
「両親は仕事、妹は部活かな?」
「あ、妹さんいたんだ」
「うん、中二。テニス部で、結構忙しいみたい」
「あー、運動系は毎日練習だからねえ。……ってことは、あれだね」
「あれ?」
そこで美音は少し咳払いして、やや高めの声色を作った。
「今日は家族、誰もいないから……」
「ちょ、そういうニュアンスはないから!
録音するなら、変に雑音入らない方がいいしね」
「あはは、調、慌てすぎ!!大丈夫、分かってるから!」
笑いながら僕のことをバシバシと叩く美音。
「ちょ、痛いって!
じゃ、僕も着替えてくるから、ちょっとくつろいでて」
「はーい」
急いで自室で着替えを済ませると、リビングに戻る。
「お疲れ。早速始める?ええと、このリビングで弾くわけじゃないよね?」
「もちろん。二階まで上がって」
僕は美音を階段へと誘導する。向かった先は、僕の自室……ではない。
「何じゃこりゃあ!!」
その部屋に通された途端、何故かおっさんめいた奇声を出す美音。
ま、そりゃそうだよね。普通の家にこんな場所ないから。
「ここ、父さんの趣味のオーディオルーム。その辺にある機材は貴重なものも多いから、気をつけて」
そう、僕の父はいわゆるクラシックオタクで、演奏はしないが、レコード集めが趣味なのだ。
それが高じて自宅を建てる際、このオーディオルームを作った。
当時から集めていた、こだわりのアンプやスピーカー。その配置にも気を配り、常日頃最高の音質を追求している。
「……これは、予想外の方向での緊張」
僕の一言にビビる美音。
「まあ、そこまで縮こまらなくても大丈夫だよ。スペースはちゃんとあるから、とりあえずアップしよう」
そして一時間ほど、僕らは準備に時間を費やした。
「さて……そろそろ始めようか」
僕の一言に、美音も緊張して頷く。
「うん」
そして僕たちは、用意してあった仮面を被った。




