本番当日③ 今度は二人で
思い出にふけっている間にも、曲は流れていく。
第三楽章も無事に終わり、最後の第四楽章の終曲が近い。
音楽はどんどんテンションを増し、最後のコーダへ。
ああ、楽しいなあ。
こんな快感を知ってしまったら、音楽をやめられる気がしない。
アドレナリンが多出されているのだろう。
最高の集中力で演奏できていて、時間の流れが遅く感じる。
音楽が、自分とメンバー、そしてお客さんを繋げていて、圧倒的な多幸感でもって僕を打ちのめしてくる。
盛り上がりは最高潮に達し、遂に最後の音符を――――――――――弾き切った。
同時に、観客席の誰かが「ブラボー」と叫んだ。
演奏者四人は立ち上がり、観客席に向かって一礼する。
美音と迎えた初めての本番。
再度、溢れんばかりの拍手と共に、その幕を下ろすことができたんだ。
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終演後、演奏者は舞台袖に戻る。
いつまでも余韻に浸っていたいけれど、そうもいかない。
会場の借用の関係上、撤収時間が迫っているのだ。
とりあえず早々に着替えを終え、楽器を仕舞う。
舞台や客席を簡単にチェックして必要なものを片付け、足早に楽屋口からホールを出る。
すると、出待ちをしてくれていた人たちが僕らを出迎えてくれた。
僕は家族の姿を見つけ、一旦そちらに向かう。
その他のメンバーも、それぞれ知り合いに捕まって談笑している。美音と話しているのは、学校の友達かな。
家族との会話もそこそこに終え、他の知り合いを探していると、知らない女の子に捕まった。
「君がウワサの調君だね?」
「え、ええと、はい、ヴィオラの藤奏調です」
「ほうほう。うーん、確かに普段の姿は地味だけど、実は結構イケてるんじゃん?特に楽器を弾いている姿はめっちゃカッコよかった!演奏もよかったよ!」
「あ、ありがとうございます……」
な、なんだ、この人、グイグイ来るな。制服から美音の友達だと思うけど……。
「ちょっと、紗矢!調が困ってるじゃない!」
あ、美音が来てくれた。他の友達も一緒のようだ。
僕はホッと胸をなでおろす。
「ええと、美音の友達さんですか?」
「あ、自己紹介がまだだったわ。美音のクラスメートの、藤堂紗矢でーす」
テヘ、とわざとらしく自分の頭を小突く藤堂さん。美音は彼女をジト目で眺めている。
「紗矢、あんた、調に失礼なこと言ってないでしょうね?」
「いやいや、めっちゃ褒めたところよ!演奏もよかったしカッコよかった、って!」
「本当に?」
「ホントよ、ね?藤奏君?」
「うん、そう言ってもらえたよ。藤堂さん、来てくれてありがとう」
「いえいえ。
いやー、美音の愛しの君の晴れ姿を、一目見たくてね」
「い、愛しの……?」
「ちょ、紗矢、そんなこと私言ってない!」
「ま、愛しの君ってのは、今私が勝手に命名したんだけど」
そ、そうなのか。
ちょっとドキッと来ちゃったよ。
「あ、こう見えて私たち、クラシックも結構好きなの。最初は美音に強引に聞かされたんだけどねー。だんだん良さがわかってきちゃって。ボロディンの二番もバッチリ予習してきたんだから」
「そうなんですね。それはめちゃくちゃ嬉しいです」
クラシック好きな同年代って、源田先生のところ以外では本当に会ったことないもんな。
そう思っていると、美音と連れ立っていた女の子の一人が言う。
「あーでも、紗矢の気持ちは分からないでもない。あ、私、波多野あかね。藤奏君、素敵な演奏ありがとう」
「ど、どうも」
とりあえず頭を下げておく。
波多野さんは続ける。
「だって最近の美音、藤奏君とこの四季色カルテットの話ばっかだもん。
あんなに楽しそうにされちゃ、私らも気になるのよ」
「ちょ、ちょ、あかねちん!!本人の前でそれは……」
美音が目に見えて狼狽え始めたけれど、正直僕もそれは気になるぞ……。
「そ、そうなの?」
美音に尋ねるも、
「ううーー……」
な、何だか唸り始めたぞ……。
「また後で!」
「あ、逃げた!!」
美音はダッ、と駆け出していってしまった……。
藤堂さんたちはすかさず追いかけ始めるけれど、さすがに僕まで着いていくのは変だしな。
そんなドタバタがあったけれど、僕は他の知り合いに挨拶をして、今日はお開きとなった。
普段ならこの後、打ち上げとして四人で食事をするのだけれど、今回は明石さんが来れない。打ち上げは、来週の土曜日に改めて、ということになっているのだ。
帰宅後、家で夕食をいただき、風呂に入って、自室へ。
ベッドに潜り込むけれど、
「……眠れない」
目を閉じると、今日の本番の時の不思議な感覚を、今でも思い出す。身体は疲れているはずなのに、気分の高調が抜けないのだ。
「あ、ちょっと思いついたかも」
インスピレーションが降りてきて、僕はベッドから抜け出し、パソコンを開く。
明日は日曜日、学校は休みで予定もないから、多少夜更かししても大丈夫だろう。
僕は夜な夜な、イマジネーションに身を任せて曲を創るのだった。
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翌朝。目が覚めて目覚まし時計を眺めると、時刻は十時少し前。
結局、昨日は四時くらいまで作曲をし続けてしまった……。
おかけで、大体の骨格くらいは完成できた。今日は一日、曲作りに没頭しようかな。とりあえず着替えて、朝ご飯を食べに行こう。
あ、その前に一応スマホを確認、っと。
……あ、美音からだ。
メッセージアプリより、美音から連絡が来ていた。
『やっほー。昨日はお疲れ様。あのさ、二人で打ち上げのゼロ次会、しない?今日とか予定ある?』
ゼロ次会か。僕も正直、本番の感想を誰かと語り合いたかった。それに……。
僕は美音に返事を送る。
『ごめん、昨日は眠れなくて、今起きたところ。
ゼロ次会、いいね!できればさ、楽器を持ってきてほしいんだけど。ちょっとカラオケでも入って弾きたくて』
返事はすぐに帰ってきた。
『大丈夫だよ。じゃ、そのままカラオケでゼロ次会しちゃおっか!最近のカラオケのフードメニュー、結構美味しいし』
なるほど、その手もあるな。
僕は直ぐに了承の返事を送り、五時に駅前集合という約束をして、一旦やり取りを終えた。
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待ち合わせ場所には、美音の方が先に到着していた。
ギターなどを持っている人は割と見るけれど、ヴァイオリンは珍しいので、遠目でも彼女だとすぐにわかる。
「お待たせ」
「ううん、今来たとこ。調も楽器、持ってきたんだ」
「うん、ちょっとね」
「楽器とカラオケ指定ってことは、今日は弾こうって感じ?」
「そうだよ。もちろん、打ち上げもするけどね」
楽器の演奏OKなカラオケ店も多く、僕らはその一店舗へと足を運ぶ。
とりあえず三時間、学割だ。
「美音、ちょっと聞いてほしい曲があるんだけど、ヴァイオリン、貸してくれない?」
「そうなの?大丈夫だけど」
僕は楽譜を出して、美音に見せる。
「へえ……デュオ?誰の曲?タイトルも作者も書いてないけど」
「……実は、昨日何だか降りてきて、夜更かしして作ったんだ。まだ細部は詰め切れてないんだけど……」
「え、ということは……メロの新曲じゃん!!」
「発表するかは決めてないけど、そういうことにはなるのかな」
そう、昨日から作っていたのは、ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲だ。
ボカロ系じゃない曲を真剣に作るのは初めてだったけれど……。
僕はまずはヴァイオリンのパートを演奏し始める。
作曲するのと演奏するのでは大違いだから、何か所かはミスをしてしまったけれど、何とか演奏を終えた。
パチパチパチ――
拍手をしてくれる美音。
「新境地じゃん!!」
「そうかな?確かに、今までこういう感じの曲は作ったことがなかったけど」
「すごくクラシカルな感じのところもあれば、ファンナイみたいにポップなところ、現代音楽のスマートさもあって、私はすごく好き!!」
「ふふ、よかった、気に入ってもらえて。じゃ、ヴィオラの方も弾くね」
今度は自分の楽器を取り出して、ヴィオラパートを再度演奏する。
クラシックのセオリーに倣って、ヴァイオリンの方が主旋律多め、ヴィオラは伴奏。
でも、ずっとそれではつまらないから、時にはヴィオラがメインを担当し、ヴァイオリンが脇役な場面もある。
ヴィオラの方も演奏を終えると、美音が感想を述べてくれる。
「おおー、ヴィオラもいいねえ。ってか、ちゃんと二パート揃った演奏が聴きたいよー!」
「うん。だからさ」
僕は楽器を置き、美音の顔を見つめる。
「この曲、一緒に練習しようよ」
美音の口がぽかんと開く。
しかし、すぐに満面の笑顔になって。
「ありがとう!私、この曲弾きたい!!」
よかったあ、受け入れてもらえて。美音は楽譜を見てコメントする。
「この曲のタイトル、何て読むの?」
「『REDAWN』。『夜明け』を表すdawnに、『再び』とかのre-をくっつけた、僕の造語」
「なるほど、じゃあつまり、『夜明け再び』みたいな?」
「一応ね。
でも、曲はまだ完成しきってないし、タイトルも変更するかもしれない」
「そうなんだ」
作曲中、頭に浮かんでいたのは、ただ一人。
でもそれを伝えるのは、止めておいた……今は、まだ。




