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『ざまぁ』される俺たちにも救済を!  作者: ikut
ケース4/藤奏 調・月島 美音・相澤 柚季の関係
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本番当日③ 今度は二人で

 思い出にふけっている間にも、曲は流れていく。

 第三楽章も無事に終わり、最後の第四楽章の終曲が近い。


 音楽はどんどんテンションを増し、最後のコーダへ。


 ああ、楽しいなあ。

 こんな快感を知ってしまったら、音楽をやめられる気がしない。


 アドレナリンが多出されているのだろう。

 最高の集中力で演奏できていて、時間の流れが遅く感じる。

 音楽が、自分とメンバー、そしてお客さんを繋げていて、圧倒的な多幸感でもって僕を打ちのめしてくる。


 盛り上がりは最高潮に達し、遂に最後の音符を――――――――――弾き切った。


 同時に、観客席の誰かが「ブラボー」と叫んだ。


 演奏者四人は立ち上がり、観客席に向かって一礼する。


 美音と迎えた初めての本番。

 再度、溢れんばかりの拍手と共に、その幕を下ろすことができたんだ。


-------------------


 終演後、演奏者は舞台袖に戻る。

 いつまでも余韻に浸っていたいけれど、そうもいかない。

 会場の借用の関係上、撤収時間が迫っているのだ。


 とりあえず早々に着替えを終え、楽器を仕舞う。

 舞台や客席を簡単にチェックして必要なものを片付け、足早に楽屋口からホールを出る。


 すると、出待ちをしてくれていた人たちが僕らを出迎えてくれた。


 僕は家族の姿を見つけ、一旦そちらに向かう。

 その他のメンバーも、それぞれ知り合いに捕まって談笑している。美音と話しているのは、学校の友達かな。


 家族との会話もそこそこに終え、他の知り合いを探していると、知らない女の子に捕まった。


「君がウワサの調君だね?」

「え、ええと、はい、ヴィオラの藤奏調です」

「ほうほう。うーん、確かに普段の姿は地味だけど、実は結構イケてるんじゃん?特に楽器を弾いている姿はめっちゃカッコよかった!演奏もよかったよ!」

「あ、ありがとうございます……」


 な、なんだ、この人、グイグイ来るな。制服から美音の友達だと思うけど……。


「ちょっと、紗矢!調が困ってるじゃない!」


 あ、美音が来てくれた。他の友達も一緒のようだ。

 僕はホッと胸をなでおろす。


「ええと、美音の友達さんですか?」

「あ、自己紹介がまだだったわ。美音のクラスメートの、藤堂紗矢でーす」


 テヘ、とわざとらしく自分の頭を小突く藤堂さん。美音は彼女をジト目で眺めている。


「紗矢、あんた、調に失礼なこと言ってないでしょうね?」

「いやいや、めっちゃ褒めたところよ!演奏もよかったしカッコよかった、って!」

「本当に?」

「ホントよ、ね?藤奏君?」

「うん、そう言ってもらえたよ。藤堂さん、来てくれてありがとう」

「いえいえ。

 いやー、美音の愛しの君の晴れ姿を、一目見たくてね」

「い、愛しの……?」

「ちょ、紗矢、そんなこと私言ってない!」

「ま、愛しの君ってのは、今私が勝手に命名したんだけど」


 そ、そうなのか。

 ちょっとドキッと来ちゃったよ。


「あ、こう見えて私たち、クラシックも結構好きなの。最初は美音に強引に聞かされたんだけどねー。だんだん良さがわかってきちゃって。ボロディンの二番もバッチリ予習してきたんだから」

「そうなんですね。それはめちゃくちゃ嬉しいです」


 クラシック好きな同年代って、源田先生のところ以外では本当に会ったことないもんな。

 そう思っていると、美音と連れ立っていた女の子の一人が言う。


「あーでも、紗矢の気持ちは分からないでもない。あ、私、波多野あかね。藤奏君、素敵な演奏ありがとう」

「ど、どうも」


 とりあえず頭を下げておく。

 波多野さんは続ける。


「だって最近の美音、藤奏君とこの四季色カルテットの話ばっかだもん。

 あんなに楽しそうにされちゃ、私らも気になるのよ」

「ちょ、ちょ、あかねちん!!本人の前でそれは……」


 美音が目に見えて狼狽え始めたけれど、正直僕もそれは気になるぞ……。


「そ、そうなの?」


 美音に尋ねるも、


「ううーー……」


 な、何だか唸り始めたぞ……。


「また後で!」

「あ、逃げた!!」


 美音はダッ、と駆け出していってしまった……。

 藤堂さんたちはすかさず追いかけ始めるけれど、さすがに僕まで着いていくのは変だしな。


 そんなドタバタがあったけれど、僕は他の知り合いに挨拶をして、今日はお開きとなった。

 普段ならこの後、打ち上げとして四人で食事をするのだけれど、今回は明石さんが来れない。打ち上げは、来週の土曜日に改めて、ということになっているのだ。


 帰宅後、家で夕食をいただき、風呂に入って、自室へ。

 ベッドに潜り込むけれど、


「……眠れない」


 目を閉じると、今日の本番の時の不思議な感覚を、今でも思い出す。身体は疲れているはずなのに、気分の高調が抜けないのだ。


「あ、ちょっと思いついたかも」


 インスピレーションが降りてきて、僕はベッドから抜け出し、パソコンを開く。

 明日は日曜日、学校は休みで予定もないから、多少夜更かししても大丈夫だろう。


 僕は夜な夜な、イマジネーションに身を任せて曲を創るのだった。


 -------------------


 翌朝。目が覚めて目覚まし時計を眺めると、時刻は十時少し前。

 結局、昨日は四時くらいまで作曲をし続けてしまった……。

 おかけで、大体の骨格くらいは完成できた。今日は一日、曲作りに没頭しようかな。とりあえず着替えて、朝ご飯を食べに行こう。


 あ、その前に一応スマホを確認、っと。

 ……あ、美音からだ。


 メッセージアプリより、美音から連絡が来ていた。


『やっほー。昨日はお疲れ様。あのさ、二人で打ち上げのゼロ次会、しない?今日とか予定ある?』

 

 ゼロ次会か。僕も正直、本番の感想を誰かと語り合いたかった。それに……。

 僕は美音に返事を送る。


『ごめん、昨日は眠れなくて、今起きたところ。

 ゼロ次会、いいね!できればさ、楽器を持ってきてほしいんだけど。ちょっとカラオケでも入って弾きたくて』


 返事はすぐに帰ってきた。


『大丈夫だよ。じゃ、そのままカラオケでゼロ次会しちゃおっか!最近のカラオケのフードメニュー、結構美味しいし』


 なるほど、その手もあるな。

 僕は直ぐに了承の返事を送り、五時に駅前集合という約束をして、一旦やり取りを終えた。


 --------------------


 待ち合わせ場所には、美音の方が先に到着していた。

 ギターなどを持っている人は割と見るけれど、ヴァイオリンは珍しいので、遠目でも彼女だとすぐにわかる。


「お待たせ」

「ううん、今来たとこ。調も楽器、持ってきたんだ」

「うん、ちょっとね」

「楽器とカラオケ指定ってことは、今日は弾こうって感じ?」

「そうだよ。もちろん、打ち上げもするけどね」


 楽器の演奏OKなカラオケ店も多く、僕らはその一店舗へと足を運ぶ。

 とりあえず三時間、学割だ。


「美音、ちょっと聞いてほしい曲があるんだけど、ヴァイオリン、貸してくれない?」

「そうなの?大丈夫だけど」


 僕は楽譜を出して、美音に見せる。


「へえ……デュオ?誰の曲?タイトルも作者も書いてないけど」

「……実は、昨日何だか降りてきて、夜更かしして作ったんだ。まだ細部は詰め切れてないんだけど……」

「え、ということは……メロの新曲じゃん!!」

「発表するかは決めてないけど、そういうことにはなるのかな」


 そう、昨日から作っていたのは、ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲(デュオ)だ。

 ボカロ系じゃない曲を真剣に作るのは初めてだったけれど……。


 僕はまずはヴァイオリンのパートを演奏し始める。

 

 作曲するのと演奏するのでは大違いだから、何か所かはミスをしてしまったけれど、何とか演奏を終えた。


 パチパチパチ――


 拍手をしてくれる美音。


「新境地じゃん!!」

「そうかな?確かに、今までこういう感じの曲は作ったことがなかったけど」

「すごくクラシカルな感じのところもあれば、ファンナイみたいにポップなところ、現代音楽のスマートさもあって、私はすごく好き!!」

「ふふ、よかった、気に入ってもらえて。じゃ、ヴィオラの方も弾くね」


 今度は自分の楽器を取り出して、ヴィオラパートを再度演奏する。

 クラシックのセオリーに倣って、ヴァイオリンの方が主旋律多め、ヴィオラは伴奏。

 でも、ずっとそれではつまらないから、時にはヴィオラがメインを担当し、ヴァイオリンが脇役な場面もある。

 ヴィオラの方も演奏を終えると、美音が感想を述べてくれる。


「おおー、ヴィオラもいいねえ。ってか、ちゃんと二パート揃った演奏が聴きたいよー!」

「うん。だからさ」


 僕は楽器を置き、美音の顔を見つめる。


「この曲、一緒に練習しようよ」


 美音の口がぽかんと開く。

 しかし、すぐに満面の笑顔になって。


「ありがとう!私、この曲弾きたい!!」


 よかったあ、受け入れてもらえて。美音は楽譜を見てコメントする。


「この曲のタイトル、何て読むの?」

「『REDAWN(リドーン)』。『夜明け』を表すdawnに、『再び』とかのre-をくっつけた、僕の造語」

「なるほど、じゃあつまり、『夜明け再び』みたいな?」

「一応ね。

 でも、曲はまだ完成しきってないし、タイトルも変更するかもしれない」

「そうなんだ」


 作曲中、頭に浮かんでいたのは、ただ一人。

 でもそれを伝えるのは、止めておいた……今は、まだ。

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