終わった恋
アリエスとのコラボ楽曲の発表から、二週間。
二曲同時でリリースした『Season End』『Ace』は、どちらも好評を博している。よかった。
『Ace』は、彼女の音楽性や、デビューから瞬く間にトップアイドルへと駆け上がったその勢いをイメージして作り上げた。タイトルはアリエスのもじりだ。
八代さんに提出したのも、この『Ace』。そしてこの時、二曲同時リリースというアイデアも相談した。
八代さんとしては、『Ace』の出来には満足だけれど、二曲案については慎重派、といったところだった。それでも、曲のデモ版と共に、チラッと「そういうアイデアも出ている」程度にメールの端に書いてみたところ、アリエスサイドさんの方が喰い付いてくれたらしく。
とんとん拍子で「もう一曲作成」が決まったのだ。
そして『Ace』の相方となった『Season End』。これは、柚季に作った『Citrus Season』のリアレンジだ。
正直この曲を公に出すつもりはなかったのだけど、美音の「想いを込めた曲ほど、それは形にするべき」という言葉が妙に胸に残り、考えた末、この曲をキラーチューンにすることを決めた。
曲の方向性を色々と考えるうちに、僕は自分が失恋の傷みから立ち直りつつあることを自覚した。だから曲のタイトルは、『|Citrus Season《柑橘の季節》』から『Season End』とすることができたんだ。
それはおそらく、彼女のおかげだろうけど……。
この件についてはまだ、そっとしておきたい気分だ。少なくとも、年末の演奏会が終わるまではは。
意外だったのは、リリース直後、柚季から連絡があったことだ。何と、『Citrus Season』をもう一回聴きたい、という話だった。おそらくリリースされた『Season End』を聞いて、何かが気になったのだろう。
ヴィオラから始まるイントロはあまり変えなかったのだけれど、まさか柚季がそれを覚えているとは思わなくて、驚いた。
しかしそれよりも、柚季から声をかけられた時、嬉しさより、戸惑いの方が先に来たことに、僕はやっぱり自分の気持ちが変化してしまったことを思い知るのだった。
そして今日。柚季から再度呼び出しをもらい、僕は屋上に向かっている。
約束の時間の五分前。
おそらく彼女は遅刻してくるだろう。でも時間を守るのは性分で、五分前行動しないと、自分の方が気持ち悪い。
しかし予想に反して、僕が到着した直後に、柚季も現れた。
「……わざわざ悪いわね」
珍しいな、柚季がまず謝るなんて。
思わず、そんな気持ちが言葉に出てしまう。
「いいよ。でも、珍しいね」
「な、何が?」
「いや、そんな風に柚季が謝ってくるなんて」
「な、何よ、悪い?」
「いや、そんなことないよ。ええと、また話があるって?」
「そ、そうなの。実は、あれから改めて考えたんだけど……」
彼女はそこで言葉を切った。
何だろう。おそらくファンナイ関連のことだと思うのだけど、見当がつかない。
彼女は言葉を探しているようだったが、昼休みももうすぐ終わってしまう。僕は先を促すことにした。
「……改めて?」
「……いいって、言ってんの」
「え?」
何がいいって?
「だから、付き合ってもいいって、言ってんの!!」
「ちょ、柚季、声が大きい」
いきなり大声を出され、僕は周囲の目を気にする。屋上には少ないとはいえ多少は人がいたし、彼女としても、こんな話を人に聞かれるのはあまり好ましくないだろう。
柚季もそれに気づいたのか、声のトーンを落として話を続ける。
「この前、あんたの告白の後、よく考えたんだけど。
あの時は正直、ただの幼馴染としてしか見れてなかったけど、その、気持ちを知ってからは、こっちも意識して、って言うか……」
……何だよ。何なんだ。
遅いよ。
あの時、僕の告白に頷いてくれていたら。
いや、その時は無理でも、もっと早く言ってくれたら。
僕は喜んで、彼女の言葉を受け入れていただろう。
でも……僕はもう、柚季とは付き合える気がしない。あの態度に、嫌悪感と不信感を、少しでも持ってしまったから。
おそらくもっと時間が経てば、彼女のことを許すことはできるだろう。
いや、今でもそこまで怒りが湧いてこないことを考えると、もう許しているのかもしれない。
でも、付き合うのは無理だ。
自分の恋人にマイナスの感情を抱いたままそれを隠し続けるなんて、僕にはできない。
やっぱり、僕の恋は、もうすでに終わっていたんだろう。
自分の気持ちを改めて整理していると、今度は柚季の方が話を促してきた。
「……何で、何も言わないの?」
「……ごめん。自分から告白しておいて、不誠実だとは思う。
でも僕、柚季とは付き合えない。君のこと、好きだったのは、本当だよ。
けれど今、こうして君の方から気持ちを伝えてくれても、正直、心が弾まないんだ。そんな状態で付き合っても、お互い苦しいだけだと思う。だから……ごめん」
僕は頭を下げた。彼女には申し訳ないけれど、これが今の本音だ。
どうか、このまま立ち去ってほしい。
しかしその気持ちは届かず、彼女は僕にスマホの画面を見せてきた。
『○○駅の近くのマンションで見た。調が、メロ様なんでしょ?』
えっ!?
思わず顔を上げてしまう。
しまった、あまりに迂闊だった……。
声に出して返事をするわけにもいかず、こちらもスマホを取り出す。
『そんなことないよ。気のせいだよ』
『ウソ。私、聞いたから。調が『メロ』って呼ばれてるの。ファンナイの新曲の話も。あんたが自分で作ったって返事してた』
……そういうことか。僕が『メロ』だと確信を持てたから、態度を変えたんだな。
確かに、僕は彼女に告白するために、自分の正体を告げる気でいた。でもそれは、『メロ』としてのネームバリューを利用したいとか、そういうわけでない。自分の本当の姿を知ってほしいと思ったからだ。
でも、こんな形で彼女に正体を明かすわけにはいかない。
『……ごめん。ファンナイのファンなら、察してほしい。僕から何かを告げることはできないよ』
お願いだ。君が少しでもファンナイのことを思ってくれるなら、どうか納得してほしい。
それを見た彼女の瞳からは、涙がぽろぽろと零れだした。
「もういい!!帰る!!」
そう言って走り去る柚季。
悲しませてしまった……。けれど、僕にはどうすることもできなくて。
僕はただ、彼女の後姿を眺めるばかりだった。




