(柚季視点)変化は時に不可逆
やっぱり、メロ様の正体は、調――。
帰宅後、私はすぐに自分の部屋まで入ると、ベッドに倒れ込んだ。
もはや確信へと変わったその事実が、私と調との日々を思い出させる。
あいつと知り合ったのは小学校一年生のとき。活動の班分けがたまたま一緒になったのがきっかけだった。
クラスの男子がバカ騒ぎする中、調は割と落ち着いていた方で、何だか大人びて見えたのよね。
私は勉強が苦手で、周りの子もそんな感じだったから、宿題とか、よくあいつに教えてもらってたっけ。あいつはすごく頭がいいというわけじゃないけど、真面目だからコツコツ勉強して、宿題も真っ先に終わらせてたから。
家が近いこともあって、私と調は一緒に登下校することも多くなった。その時は恋愛など知らない年頃で、友達というよりも、何だか自分の子分ができたような気分だった気がする。
偶然だけど、クラスもほとんど一緒で。
小四で一度だけクラスが離れたときは、私の方が泣きそうだった……誤魔化したけど。
そんな関係が変わり始めたのは、小六のときくらいだろうか。
お姉ちゃんの影響もあって、私は同級生の中でもお洒落のセンスがあったと思う。
男子も女子も、一部の子は恋愛に興味が出てきて。今思えばそれも幼稚だったけど。
「◯◯君が好き」「〜〜君カッコいい」なんて話は女子の定番だった。
私も、クラスで人気の男子が気になり出す。同時に、彼らと比べて、調の地味さがダサいと感じるようになってきた。
そして中学校に入学。
私も皆も、周りの目線や自分の立ち位置を気にし始めるようになる。調と関わることを、更にためらうようになった。
私はお洒落も努力して、カースト上位をキープしてたけど、奴は相変わらず、地味グループの冴えない男子だったから。
志望校が同じだったことも合格後に知ったくらい、中学では興味も関わりも薄れていた。
「……私、バカだ」
メロ様は数年前から活動しているから、多分、調は中学で音楽に没頭したのだろう。
その頃から、私も何度、彼の楽曲に励まされたことか。
そんなメロ様からの告白を、私は断ってしまった。
それも、あんな態度で。
謝ろう。そして、もう一度考えてほしいって、あいつに伝えるんだ。
私はそう決意して、明日を待った。
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翌日、放課後。
私は改めて調を呼び出した。この前と同じ、屋上だ。もうすぐで十二月に差しかかるこの時期は、日に日に寒さが増していて、特に今日なんて少し風が強い。だべるには少し辛い気候だけれど、その分、生徒の数も少なめ。話をするには、悪くない感じ。
「……わざわざ悪いわね」
「いいよ。でも、珍しいね」
「な、何が?」
「いや、そんな風に柚季が謝ってくるなんて」
「な、何よ、悪い?」
「いや、そんなことないよ。ええと、また話があるって?」
「そ、そうなの。実は、あれから改めて考えたんだけど……」
……どうしよう、次の言葉が出ない。
告白を断ったことを、撤回したい。ごめんなさい。
それだけのことなのに、そして目の前にいるのは憧れのメロ様なのに。
長年の関係性が邪魔するのだろうか。
どうしてこんな奴に、そこまでしないと――そんな気持ちを拭えない自分がいた。
「……改めて?」
痺れを切らしたのか、調が先を促す。
「……いいって、言ってんの」
「え?」
「だから、付き合ってもいいって、言ってんの!!」
「ちょ、柚季、声が大きい」
う、まずいまずい。
「この前、あんたの告白の後、よく考えたんだけど。
あの時は正直、ただの幼馴染としてしか見れてなかったけど、その、気持ちを知ってからは、こっちも意識して、って言うか……」
実はメロ様だということを知ったから、というのが本音だけど、それはさすがに調も納得しないと思い、伏せておく。
私は今まで培ってきたテクで、精いっぱいいじらしく、か弱い乙女であることを前面に出す。男は結局、こういうのに弱いのよ。
しかし調の方はというと、何故だかとても悲しそうな眼で、こっちを見るだけだった。
「……何で、何も言わないの?」
「……ごめん。自分から告白しておいて、不誠実だとは思う。
でも僕、柚季とは付き合えない。君のこと、好きだったのは、本当だよ。
けれど今、こうして君の方から気持ちを伝えてくれても、正直、心が弾まないんだ。そんな状態で付き合っても、お互い苦しいだけだと思う。だから……ごめん」
頭を下げる調。
……何よ。調のくせに。
この私が付き合ってあげると言ってるのに、断ろうというの?
私はいてもたってもいられなくて、スマホのメモ帳アプリを開いた。速攻で入力して、まだ頭を下げている調にも見えるよう、スマホの画面を下から差し出す。
『○○駅の近くのマンションで見た。調が、メロ様なんでしょ?』
今度は驚いた顔で、こちらを見る調。あちらもスマホを取り出し、何やら入力している。
『そんなことないよ。気のせいだよ』
はあ?
私は確かに聞いた、あの人が『メロ』と発言していたのを。
ここまで来て、まだしらばっくれるの?
『ウソ。私、聞いたから。調が『メロ』って呼ばれてるの。ファンナイの新曲の話も。あんたが自分で作ったって返事してた』
あちらの入力を待つ時間がもどかしい。
『……ごめん。ファンナイのファンなら、察してほしい。僕から何かを告げることはできないよ』
……そう。そういうことなのね。
つまり調の中では、私は秘密を共有するに値しない人間、ってことだ。
「もういい!!帰る!!」
涙が止まらない。
何で。何で。何で。
私は化粧が崩れるのを見られるのが嫌で、その場を走り去った。
振り返ることもできないから、調が今どんな顔をしているのか、私には分からなかった。
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屋上と校舎を繋ぐドアを開け、階段を駆け下りて、最上階である四階に差しかかった時。
「キャッ!!」
「うおっ、あぶねえ!!」
廊下へと続く角で、誰かにぶつかってしまった。
勢いでお互い尻餅をつく。
「おいおい、廊下は走るなって、この世界のお決まりルールだろ……って、相澤?」
「亜久津……」
私は顔を上げて、相手が転校生の亜久津悠悟であることを確認したけれど、自分がひどい顔をしていることを思い出し、すぐに俯く。
しかし、遅かったようだ。
「……とりあえず、これ」
亜久津が差し出してきたのは、ハンカチとティッシュだった。
何よ、意外と紳士じゃない。
「……ありがと」
大人しく受け取っておく。
「落ち着くまで、そこ、入っとくか?」
亜久津が示したのは、今は使われていない空き教室だ。
「……そうする」
今はあまり、人に会いたくない。私は亜久津の提案に乗ることにした。
教室に入ると、廊下側の真ん中、外からは一番死角になる椅子に腰かける。
「じゃ、俺はこれで……」
退室しようとする亜久津に、何故だか私は問いかけていた。
「何も聞かないの?」
「まあ、言いたくないことは誰だってあるし、俺、お前のことよく知らないし。
逆に、知らない奴の方が話しやすいってことも、あるけどな」
そう答える亜久津は、何だか高校生というよりも、もっと大人の存在に見えた。
「知らない人の方が話しやすい、か。そういうものかもね。
さっき、フラれちゃったんだ。高校生には、よくある話」
「フラれたというと、橋本健人にか?」
「ううん、別の人。健人君、付き合ってみると結構酷くてさ。
前に告白してくれた男子に、その時は断ったんだけど、改めて話しかけてみた。でも、もうダメだ、って。
冷静に考えると、当たり前か。でも予想以上に、彼の心がこっちにないことが分かって、ショックだったんだ」
「ええと待て、この国って、一夫一妻制だよな?」
「ぷっ、何それ、あんた外国人?」
「まあそれは置いといて、順番がおかしくないか?橋本健人とは別れたのか?」
「いや、まだだけど……」
「二股じゃねえか」
「さっきオッケーもらえてたら、健人とは別れるつもりだったの!」
「いやいや、おかしいって。そんな不誠実な女と、誰が付き合おうと思うよ」
……そうか。確かに、亜久津の言う通りだ。
今まで何でそんなことに気付けなかったのか不思議だったけど、亜久津の言葉は、何故かすとんと私の胸に降りてきた。
「うん、あんたの言う通りだわ。ありがと」
私は早速スマホを開き、アプリから健人君にメッセージを送る。
『健人君、私たち、やっぱり合わないと思う。別れよ。バイト頑張ってね』
これでよし!
あとはメッセージと電話を着拒すれば、オッケー!!
「うん、今別れた。まずはこれで潔白ってわけね」
「うわー……」
何、何か引かれてる気がするけど、どうしたんだろう。
「まだ全然ダメか。『クリエイター』の力が強いな、やっぱり」
「え?クリエイター?何それ?」
「や、何でもない。こっちの話」
「変なの?」
私は首を傾げるも、明日からどうやって調にアタックしようか、考え始めるのだった。




