(柚季視点)確信
それから何日か経ったけれど、胸の中のもやもやは取れない。
――調がメロ様の正体。
頭では、『そんなことあるはずない』と思うんだけど、何故か、その考えを捨てることができなかった。
「……柚季、おい、柚季ってば!」
「あ、ごめん、健人君!!なあに?」
「おいおい、人が話してるのに、ちゃんと聞けよなあ」
「ごめんごめん、ちょっとぼーっとしちゃった。ええと、翔太君の話だっけ?」
ダメだダメだ、今は健人君とデート中なんだ。と言っても、バーガーショップで長時間だべってるだけだけど。
健人君には翔太っていう同中の友達がいるらしい。中学校の頃は相当仲良かったみたいで、しょっちゅう話に出てくる。正直私は会ったこともないんだけど……。
「おう、翔太が宿題忘れてきたときの話。ほら、前も言ったけど、俺、クラス一の秀才だった高野とも話通じるじゃん?それでさ、翔太の奴があんまり頼んでくるもんだから、俺が高野に見せてもらうよう言ってやったんだよ。いやー、やっぱ人脈ってこういう時大事だよな。
柚季もさ、自分の彼氏はみんなの人気者の方がいいだろ?」
「う、うん……」
うん、ちょっと前までは、私もそう思ってた。
「ほら、やっぱなー。
俺としてはさ、男女分け隔てなく、友達は大事にしたいわけよ。
でさ、ちょっと相談というか、報告なんだけど。二組の由奈と、六組の美穂、知ってる?」
「あ、うん……」
加藤由奈と、西城美穂。あんまり話したことはないけれど、どちらも可愛くて垢抜けてて、スクールカースト上位の女子だ。
「その二人に誘われてさ。今度の土日、短期のバイトしてくるわ」
「え、三人で?」
「そ。なんか、由奈のおじさんが経営してるペンションで、ちょっとイベントをやるから、その手伝い。男手が欲しいんだと」
「へ、へえ~」
え、日曜って、前からファンナイの配信ライブイベント行こうって言ってたよね?チケット取るの、超大変だったんだけど……。
「でも、日曜って……」
私が口にしかけたところを制止するように、健人君はビシッと掌をこちらに向けた。
「ああ、分かってる!!
ファンナイのライブのことだろ?俺、色々考えたんだけど、ファンナイはもちろんすげーと思うよ?でもさ、正直、俺は柚季や美咲ちゃんみたいなガチファンじゃないわけじゃん?そんな俺が行くのも、逆に他のファンの人たちに申し訳ない気がしてきてさ。
それこそ、美咲ちゃんと一緒に行って来たら?
その間、俺は頑張って稼いでくるからさ。お金溜まったらさ、旅行行こうぜ、旅行。二人きりで。ライブで人込みに揉まれるより、そっちの方が楽しいよ、きっと」
私はしばらく何も言えなくなる。
付き合ってみてわかったけど、健人君は、自分が楽しいこと優先だ。彼はセンスもあるし、楽しいことを見つけるのが上手いから、他の人も彼についてくる。でも、こっちに合わせてくれることはほとんどない。
今回だって、嫌だと言ったところで……。
「でも、旅行はまだ決まってないし、お金は二人で考えようよ。
ファンナイだって、新規のファンが増えるのは歓迎だと思うし、よく知らない人が言っても全然大丈夫だよ。だから――」
「あー、ごめん。もう決まったことなんだわ。由奈にオッケーで返事出しちゃったし。今からキャンセルしちゃうと、向こうにも迷惑だろ?だから、さ。柚季は、彼氏にそんな非常識な事させる女じゃないよな」
ほら、やっぱり……。
「う、うん。そうなんだ。それなら、仕方ないね」
「おー、さっすが柚季、話が分かる!
あ、それとさ。土曜日はバイト先に泊まるから、会えないしな」
「え、泊りなの?それって、加藤さんと西城さんも?」
「あー、どうだろ。俺は、交通の便もあんまりよくないし、タダで泊まれるけどどうする?って聞かれて、じゃあ泊まるわって返事しただけなんよ」
……それって、絶対その二人も泊まるじゃない。
「あ、もうこんな時間か。そろそろバイト行くわ。じゃ、また明日、学校でな!」
「え、ちょっと、健人君!?」
私が止めるのも聞かず、健人君は席を立ち、行ってしまった。
「……もう、サイテー」
……ホント、サイテー。健人君も、あんなのを選んじゃった私も。
どうしようもなく滅入る気分のまま、窓の外を眺める。
東京の町はどこも人がいっぱいだけど、放課後のこの時間帯は、中でも学生が多くの割合を占める。みんな、楽しそう。
「……あれ、調?」
信号待ちで止まった学生服。窓越しの目の前にいる少年は、私の幼馴染だった。
向こうがこちらに気付いている様子はない……私は思わずバーガーショップを跡にした。
「あいつ、何でこんなところに?」
ここは健人君の地元で、高校からも、私たちの地元からも、比較的距離がある。まああいつの生活なんて全く知らないから誰か知り合いでもいるのかもしれないけど、最近のこともあって、何故だか私はあいつの後を追い始めていた。
「もう、何で私が、こんなこと……」
そう思いながらも気になる気持ちが抑えられなくて、ついつい足が動いてしまう。
調の足は駅や繁華街から遠ざかり、だんだんと住宅街へと入りつつある。
「……ばれないようにしなきゃ」
人込みに紛れるのも難しくなり、私は路地の角や電信柱の裏に隠れながら、あいつの動向を追っている。傍から見たら怪しい人だろうけど、ここまで来たらやぶれかぶれだ。
「……マンション?」
調が入っていったのは、ごく普通のマンションだ。友達のところに遊びにでも来たのだろうか。まさか、月島美音?
調はインターホンを押したけど、相手が不在のようだ。続けて何度かインターホンを押すも、反応はなさそう。オートロックがかかっているから、勝手に入ることはできないし。
私は調からは死角になる位置で様子を伺っている。とは言え住人に見られると怪しまれそうだし、さも関係ないという体で、壁にもたれかかって携帯をいじっている振り。
今すぐ出て行って問い詰めたい衝動に駆られるけれど、さすがにそれはできない。
あ、向こうから人が歩いてきた。何だかもさっとした人だな……シャツもよれよれだし、髭も汚い。おそらく住人だろうけど、正直あまり近寄りたくなくて、私は身を縮こまらせた。
「あ、綾辻さん」
え、あの人、調の知り合いなの?
「おー、メロ君。八代マネージャーに呼ばれたの?」
「ええ。でも、いないみたいで」
「ちょうど煙草が切れたみたいで、買いに出てったよ」
「そうなんですね」
「うん、でもすぐ戻ると思う。にしても、Season EndもAceも、好評でよかったよね。さすが稀代のボカロP」
「いやいや、今回は歌い手がいいから、張り切っちゃいましたよ」
「またまた。ってかこんなとこで立ち話も何だし、入ろうか」
「そうですね」
もさっとした人はオートロックを開け、調と一緒にマンションへと消えていく。
でも、そんなことより。
「……やっぱり、そうだったんだ」
あの人は確かに、調のことを『メロ』って呼んでたし、ファンナイの新曲二曲の話をしていた。ここ、ファンナイに関係あるマンションなんだ!
私は、予想が当たったという妙な安心と、それ以上の不思議な混乱を胸に抱えたまま、駅へと戻っていった。




