(柚季視点)あいつの正体は
「おっはよー、柚季!」
「あ、ミサキ、おはよ!ねえねえ、今朝ファンナイのサイト見た?」
「あー、まだチェックしてないわー。どうしたん?」
「見てよ、これ!!」
私は自分のスマホに、お気に入り登録してあるファンナイの公式サイトを表示させると、ミサキに見せた。
「なになに……えっ、アリエスとコラボ!?やば!」
「でしょ!?明日の二十時にPV公開だって。絶対チェックしなきゃだね」
「りょ。でもさ、ファンナイも、遂にここまで来たかって感じだよね」
「ね。やばいよね、世の中変えてる感じ」
VTuberって美少女系が多くて、オタク趣味っぽいイメージがあったけど、ファンナイがそれを塗り替えた気がする。今はファンナイを真似した男性VTuberアイドルユニットも何組か出てきてて、それなりに人気みたい……もちろんファンナイほどじゃないけどね。
ふふ、最近は彼氏もできたし、良いことばかりだなあ。健人君、そろそろ教室に来るかな。
何気なくドアの方を見てみると、目に入ったのは地味な男子だった。
調だ……自然と、一ヶ月前に告られたことを思い出しちゃって、何だか不快になる。
まったく、スクールカースト上位のこの私と付き合おうなんて、やっぱ頭おかしいとしか思えない。
その点、健人君は理想の彼氏よね。イケメンでスポーツマンだし、面白いし。クラスの人気者で中心的存在、他クラスの友達も多い。ホントに、自慢の彼氏だ。
ついついにやけていると、またクラスのドアが開く。
「おーい、調、おはよ!」
あれは最近よく見る女……月島美音。
「あ、美音、おはよう。今日はどうしたの?」
「ボロディンの4楽章のことなんだけど、ほら、例のあそこ」
「ああ、昨日引っかかってた」
「そう。昨日から考えてるんだけどさあ――」
それから二人の会話には呪文のような音楽用語が飛び交い、私にはもう理解できなかった。
近くにいる男子連中が話しているのが聞こえる。
「月島さん、やっぱ可愛いよな」
「ああ。このクラスも全体的にレベル高いと思うけど、更に上を行ってるな」
「ちくしょー、何で藤奏みたいな地味な奴と……」
「あいつら、付き合ってはないらしいぞ」
「え、そうなん!?……あれで?」
「確かに側から見たら既にカップルだけどな。藤奏曰く、たまたま楽器を一緒に弾くことになっただけで、そういう関係じゃない、だと。ま、時間の問題な気はするけどね」
――何だかムカつく。ちょっと顔がいいだけの癖に。
イライラを持て余していると、またドアが空いた。
健人君だ。
「健人く〜ん」
私は彼氏に甘えるべく、精一杯かわいい顔を作って席を立った。
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翌朝。私はまたミサキに話しかけていた。
「ねえねえ、PV見た?」
「もち。まさか二曲セットって、ヤバいっしょ」
「ね。どっちも良すぎなんだけど!」
昨朝時点では、『ファンナイとアリエスがコラボした楽曲が公開される』という情報しか公開されていなかった。
夜にスマホからWeTubeを覗いたら、何と二つの楽曲がアップされていたの!
一つは『Season End』。もう一つは『Ace』。
『Season End』の方は、イントロこそ暗いヴァイオリンだけど、だんだん盛り上がっていって、Aメロが超カッコいい感じで始まる。こちらはファンナイが主体で歌っていて、アリエスがハモったりしている。でも曲調はいつものファンナイとはちょっと違う感じで、むしろアリエスっぽい。
逆に『Ace』は、底抜けに明るい曲。初期のファンナイっぽいなと思ったけど、こっちは逆にアリエス主体。
しかもすごいのが、この二曲、雰囲気は全然違うんだけど、所々同じメロディが出てくるの。「二つで一つ」って感じがして、エモい。
歌詞も意味深。
『Season End』は、二人の関係の終わり?がテーマに思える。
『Ace』の方は、逆に出会いの喜びみたいのがテーマかな。
それぞれで聞いても良い歌詞なんだけど、二つがリンクするって考えると、まるで一つのカップルの出会いと別れを描いてるみたいだ。やっぱり、エモいよ。
私とミサキは、そんな話で盛り上がる。
「柚季はどっち派?」
「当然両方だけど〜、あえて言うなら?Season Endかなあ。やっぱファンナイが好きだし、メロ様ファンとしては、イントロのヴァイオリンの色気がヤバい!!」
思わず声のトーンが上がってしまったところ、
「ヴァイオリンじゃないぞ」
急に男子に話しかけられた。
「わ、ビックリした!」
「あ、わり、つい」
転入生の亜久津だ。
割とイケメンなんだけど、独りが好きなのか、未だに誰かとつるんでいるところを見たことがない。
「亜久津、あんた、喋れたのね……」
「失礼な。ま、話の腰を折って悪かったな」
「つーかさっきの、ヴァイオリンじゃない、ってどういうこと?」
「ファンナイの新曲の暗い方だろ?あのイントロはヴァイオリンじゃなくてヴィオラ。ヴァイオリンよりちょっとデカくて、音も低い」
「へえ、ヴィオラ。初めて聞いたわ」
「このクラスに弾ける奴いるけどな」
「え、誰?」
「そりゃあ――」
彼の目線の先を確認する――
「調?」
「ああ。あれ?名前呼びなんだ。藤奏と相澤、そんな仲良かったっけ?」
「はあ?んな訳ないじゃない。で、そのヴィオラって?」
「お、おう。藤奏は楽器弾くだろ?あいつがやってるのがヴィオラだよ」
そういえば、何か聞いた気がする……って、あれ?
言われてみれば、『Season End』のイントロも、どこかで聴いたことある気が……。しかし、
「柚季、そろそろチャイム鳴るよ」
朝礼が始まり、これ以上会話を続けることはできなかった。
一時間目が終わった休み時間。
私は早速スマホを開き、ブラウザの履歴を漁っていた。
「……あった。これだ」
あいつからの手紙にあった二次元コードを読み取ったときのURL。一か月前のことだけど、何とか履歴が残っていた。早速アクセス。
「……消されてる」
ダメだ、『ページが見つかりません』だって。おそらく調が削除したのだろう。
まああんな振り方をしたんだから、理解はできる。
「どうしよう……」
放置してもいいんだけど、あの時少しだけ聞いたメロディ、何だか『Season End』と似てる気がするのよね。
どうしても気になるので、私は調に初めてメッセージを送ることにした。
『ちょっと聞きたいことがあるから、一時ごろに中庭に来て』
チラリと調の方を眺めると、ちょうどスマホを見ているようだ。こちらからは顔が見えないけど、おそらくメッセージに気付いただろう。
調がこちらを向く気配を察して、慌てて目を逸らす。
その後すぐに、『いいよ』という返事が来た。
昼休み。
私は、一時には少し遅れて屋上に向かった。
屋上には何人かの生徒がいる。
少し見渡すと、一人佇む男子を見つけた。
「いきなり悪いわね」
「ううん、いいよ。どうしたの?急に」
……そういえば、どう切り出すか、考えてなかった。「告白の時~」とか口にするのも気まずいし……。
結果、何だか曖昧な物言いになってしまう。
「ほら、あの、一か月前のあの時、WeTubeに曲をアップしてたじゃない?
できればあれを、もう一回ちゃんと聞きたいな~、って」
「……ああ、そういうことか。
ごめん、それは諸事情により、できないんだ」
「諸事情って何?」
「うーん、それも言えない……」
何それ、どういうこと?
しかし調の口は堅く、これ以上の情報は聞き出せそうになかった。
帰宅後に考える。
まずおかしいと思うのが、あの曲は確か私のために作ったって言っていた点。
正直、素人がオリジナルのラブソングを、恋人でもない女性に送るなんて、痛いだけだと思う。でも今それは置いておこう。
調からしてみれば、好きな人のために作った曲は当人に聴いてもらいたいものじゃないの?
しかし拒否られた……。
もう私は好きじゃないってこと?
まあ、あれだけ拒絶してやったんだし、考えられないこともない。むしろ気持ち悪いから、向こうから避けてくれるのを狙ってた部分もあるし。
とは言えまだ一か月よ?早すぎじゃない?
あと考えられるのは……今更恥ずかしい、とか?
それならまだ脈アリってことだ。それはそれで困るけど、曲を聴くだけなら何とかなるかもしれない。
でも、それならあんな言い方をするだろうか?
「あー、もう、分からない!!」
考えるのが面倒になってきた……調に聞ければいいのだけど、さすがにそれはできない。
「諸事情、って言ってたわね……」
諸事情。
この言葉を高校生が日常生活で使うときは、割と冗談や笑いを交えたい時が多い気がする。
大した事情でもないのに「諸事情」とか言って大げさめいて、笑いを誘うとか。
でも調の口調はいたって真面目で、そんな気配はなかった。どちらかと言えば、大人が仕事とかで真剣に「言及できない」と言うときの使い方に近い。
――仕事?
あいつのバイトか何かに、曲が関係あるとか?
いやいや、たかだか高校生のバイトに、素人が作った曲なんて関係ないだろう。
それこそ、ファンナイの未発表曲とかだったら、世間には絶対隠さないといけないだろうけど。
あいつがファンナイと通じてる?
でも、人が作った曲を、さも自分が作ったように振る舞うほど、ゲスな奴ではないと思う……。あいつが「作った」と言うのなら、さすがに嘘ではないだろう。
うろ覚えだけど、だからこそ、あの曲はSeason Endだった気がしてならない。
となると、Season Endの作曲者=メロ様だから、つまり――
「……まさか、ね」
そんなこと、ある訳ない。
そう呟きながら、私は眠りについた。




