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『ざまぁ』される俺たちにも救済を!  作者: ikut
ケース4/藤奏 調・月島 美音・相澤 柚季の関係
41/63

月島美音

 ボロディンの『弦楽四重奏曲第2番』の冒頭は、チェロによる美しい旋律で幕を開ける。

 素朴だけれど気高い、僕はそんなイメージを持っていて、聴く人の心を一瞬で鷲掴みにしてくる、そんな名旋律だ。


 たった四小節のフレーズが、今度は第一ヴァイオリンに引き継がれ、もう一度。


 皆の意識が月島さんに向く。


 それにしても月島さん、楽しそうに弾くなあ。

 「この曲が好き」という気持ちがとても音に乗っていて、こっちもテンションが上がる。


 ちらりと周りを見ると、坂本さんも吉田さんも、心なしかいつもより表情が柔らかい。


 ----------------------


 1楽章を一時間ほど練習し、いったん休憩。明石さんと吉田さんは部屋を出ていった……明石さんはトイレ、吉田さんはたばこ、かな。

 坂本さんは黙々と曲をさらっている。

 月島さんは、イヤホンを耳につけて何か聞いている。次にやる2楽章だろうか……にしては、何だか神妙な顔つきだ。と思ったら、急に顔が明るくなった。この子、表情がコロコロ変わるんだな。


 あんまり見ていても悪いし、僕は自分の練習に入ることにする。


 合奏の時は集中していたけれど、頭も少し疲れてきたのか、余分なことを考えるようになって。何となく、柚季の顔が思い浮かんだ。ああ、せっかく忘れてたのに。


 どんより落ち込む気分の中、僕は何とはなしに弓を構える。オリジナルのフレーズ……柚季のために作った、例の曲の冒頭だ。結構いいメロディだと思うんだけどな。


「あーっ!!!!」

「わ、月島さん!?な、何!?」

「それ!その曲!」


 ダダッと僕のところに駆け寄ってくる月島さん。


「な、何だよ」

「今、君が弾いたフレーズ、何!?」

「何って……」


 彼女はゴソゴソとポケットから何かを取り出した。


「あ、その紙!?」


 何かの切れ端のようなそれは、確かに見知ったもので。

 二次元コードと、「聞いてほしい曲がある」のメッセージ。


「ここからWeTubeに繋がって曲が聴けるんだけど、今君が弾いてたのと同じ!最初はヴィオラのソロなんだけど、だんだんバンドサウンドになっていって……それ、ファンナイの新曲っぽいの!」


 うーん、どう説明したものか……。けれど、


「よし、そろそろ練習再開するぞー!」


 明石さんの声に彼女との話は強制的に打ち切られ、僕は内心ほっとするのだった。


「じゃ、2楽章、まずは通しで」


 明石さんが促し、今度は第一ヴァイオリン担当の月島さんの合図で曲が始まる。


 第2楽章はスケルツォ。1楽章とは打って変わり、速いテンポの細かい動きが多く、まず技術的に結構難しい。


 しかし、これは――。


 何とか通しを終えるも、皆浮かない表情だ。明石さんも苦笑いしながらコメントを添える。


「こっちは、まだまだ課題が多いな」

「ふひー、明石さん、難しいよう」


 吉田さん、何だか息が切れているけど、気持ちは分かっちゃうな。速くて難しくて、忙しいんだよね、この楽章。僕はチラリと月島さんを見る。明石さんも彼女に話しかけた。


「美音、頑張ってるのは分かるが、もっと楽に弾けないか?」

「楽に、ですか?」

「ああ。お前は小さい頃から楽器に触れてる分、テクニックもある。でも今のは、『曲が求める演奏』じゃない」

「ええと、どうすれば……」


 明石さんの抽象的な言い回しに、戸惑った様子の彼女。すると明石さんはニヤリと笑って、


「おう、調。ちょっと弾いてみろ。俺のヴァイオリン貸すから」

「な、また無茶ぶりを……」

「できるだろ?」

「まあ、もともとヴァイオリン出身なんで……」


 と言うか、『メロ』としては普段からヴァイオリンも弾いてるしなあ。

 明石さんからヴァイオリンを受け取り、軽く適当なパッセージを奏でてみる。ついついファンナイの曲から選んじゃうのは、やっぱり弾き慣れているからだ。

 うん、さすがプロ。楽器も弓も、僕のとはグレードが違い、とても弾きやすい。


 月島さんの方に目をやると、何だか口をパクパクしてる。僕がヴァイオリン弾けるの、そんなに意外かなあ?ヴィオラ弾きって結構、ヴァイオリンから転向したって人も多いと思うんだけど。


「ええと……」


 楽譜がないので、立って月島さんの横へ移動する。

 ちょっとだけ、左手だけ動かして指回りを確認。


「じゃ、やります……」


 確かに速いけど、それに気を取られ過ぎちゃダメなんだ。


「……こんな感じですかね?」


 しばらく弾き続け、切りの良いところで演奏を中断する。うん、個人的にはいい感じに弾けたと思う。


 パチパチパチ……。

 坂本さんと吉田さんが、拍手してくれた。


「おー、さすが」

「……うー、何よそれ、反則じゃない……」


 何だかブツブツ言っている月島さん。


「さ、美音。一回やってみようぜ。やらなきゃ何も始まらない」

「はーい……」


 何だか納得しきれていないような顔だけど、明石さんの言うことはもっともだ。


「もう一度四人で冒頭から」


 明石さんの指示に、改めて皆が冒頭に戻る。

 うん、第二ヴァイオリン以下の三人は、前よりいい感じにまとまってきている気がする。

 しかし一方、月島さんの方はというと……。


「ああー、すみません!今のは全然ダメでした!もう一回、もう一回お願いします!」

「ははは、ドツボに嵌ってんな。いいぞ、もっと考えろ。今できないのは全然問題ないからな。

 じゃ、みんな、ちょっとファーストに付き合ってくれ」

「あいよー」

「いいですよ」


 という訳でもう一回。しかし――


「うう……どんどん酷くなってる気がする」

「はっはっは、精進だな」

「明石さーん、ヘルプミー!」

「おう、でももう三時を過ぎたからな。今日の合奏はここまで。皆さん、よろしいですか?」


 明石さんの確認に、皆無言で頷く。


「じゃ、今日はここまで。お疲れ様でしたー」

「お疲れ様でした!」

「みんなー、いつも通り、四時まではこの部屋使えるから!」


 吉田さんが声掛けしてくれる。

 合奏直後に、復習や次回の予習ができるので、その采配はありがたい……でも、


「いつもありがとうございます。でもすみません、今日は予定があって、失礼しますね」

「おう、そうか。お疲れな。次は二週間後、またこの部屋だし」

「了解です!」


 事務所に行く約束をしてしまったし、今日は残れないんだよな。

 僕が楽器を片付けていると、


「藤奏君!!」


 月島さんが話しかけてくる。


「ああ、月島さん、今日はお疲れ。どうしたの?」

「さっきの休憩時間の時の話が終わってない!」


 あ、そうだった……あの曲のことか。ええとでも、何も言えないし、こんなときは……。


「え、ええと、ごめん!この後用事があって、急がないといけないんだ!また今度の練習の時でもいい?」


 秘技、問題先送りの術!


「それなら、月曜日、学校で!!」

「学校?」

「私、星が丘高校、二年二組!!」

「え、マジで!?」


 うわー、まさかの同じ高校って……。とりあえず逃げるように退室するも、問題は先送りできたようでできていないことに気付くのだった。

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