実は大人気VTuberなんです
※この作品は「『ざまぁ』される俺たちにも救済を!」です。
「おっはよー、柚季!」
「あ、ミサキ、おはよ!ねえねえ、ファンナイの新曲聞いた?」
「当ったり前じゃん!もう、今回も最高!」
「ねー!私、今度のが一番好きかも!」
「柚季、前の新曲の時もそれ言ってなかった?」
「そうだけどぉ、仕方ないじゃん!」
「気持ちは分かるけどね~」
朝の教室、二年六組。生徒の数がだんだん増えるにつれ、賑やかさも増してくる。中でも話題の多くは、現在中高生に大人気の男性VTuberユニット「ファントムナイツ」――通称「ファンナイ」――で持ち切りだ。
VTuberのことを知らない人のために補足しておくと、「ヴァーチャルWeTuber」の略、簡単に言えば、「アニメ風の画像に、アテレコでトークや歌などをはめて、動画投稿サイトなどに動画をアップする人」のことだ。
完全なアニメキャラと違い、見た目はアニメでも、中身は生の人間。
そんな「夢と現実の狭間」感が絶妙で、トークが面白い、歌が上手などの特長があるVTuberには、ハマってしまうファンも多い。
テレビと違い、投稿サイトなどでの活動がメインなので、アーティスト本人とお手軽にコメントを交わせるのも魅力の一つだろう。
「ファンナイ」が活動開始したのは二年ほど前。あくまで音楽作品の投稿がメインだが、一方で彼らはトークも上手だった。最初に話題になったのはトーク動画の方で、「何だか面白いイケメンアニメキャラ集団がいる」という引っかかりだったと思う。
しかしファンナイのチャンネルに上げられている歌を聞いてみると、歌も上手いし、歌詞も曲もいい。そんな評価をいただき、徐々にファンの数を増やしていった。
そんな中、『月夜とビスケット』という曲がバズり、ファンの数が飛躍的に上昇。
今や、日本の若者でファンナイの名を知らない人はいないだろう。
クラスの女子二人の会話に、ついつい耳を欹ててしまう。
だって、そのうちの一人の相澤柚季は、僕の幼馴染にして、想い人なのだから。
「メロ様のヴァイオリンがもう、本当に、カッコいいの!!」
「またメロ様?正規メンバーじゃないのに、あんたも好きねえ」
「だってあのイントロ、ヤバくない?綺麗なのに激しいというか、エモいっつーか」
「それは認める。正直、ファンナイでヴァイオリンの価値観ひっくり返ったもん」
いやあ、そんなに褒められると照れるなあ。
「うへへ」
あ、つい声を出してしまった。
「ちょっと調、何キモい声出してんの?」
「あ、ごめん、柚季……」
「勘違いしないでよね。あんたのやってるような地味なヴァイオリンと、メロ様のヴァイオリンは、完全に別物なんだから」
「いや、僕が今やってるのはヴィオラ……」
「ふん、知らないわよ。って言うか幼馴染だからって、調子に乗らないでよね。あんたなんか陰キャ、眼中にないんだから」
「ちょっと柚季~、藤奏君がかわいそうよー。ホントのことだとしても、わざわざ言う必要ないじゃない」
「あはは、ミサキ、それとどめ差しちゃってるから!」
「そっか、ごめーん。あ、健人君たち来たよ」
「ホントだ!健人くーん」
柚季たちは言いたい放題言って、クラスのイケメングループのところへと行ってしまった。
彼女は昔から可愛かったけれど、高校に入ってからは更に綺麗になった。肩にかかる程度に揃えた髪は明るめの茶色に染め、少しパーマもかかっている。片耳にピアスをし、制服も着崩してはいるが、よく似合っている(校則違反だけどね)。
今では学年でも上位クラスの美人だ……気が強い所は、昔から変わってないけど。
それにしても危なかった……。
ファンナイの楽曲制作を一手に引き受けているのが、「メロ」というVTuber。彼はファンナイの正式メンバーではないが、楽曲によっては、たまにヴァイオリン演奏で参加するのだ。
VTuberの楽曲は、コンピュータ上で作成するDTMという形式で作られるのが一般的。
そんな中、生のヴァイオリンを演奏して楽曲に組み込むメロの手法は比較的珍しく、それもファンナイの魅力だと言われている。
本当に、ありがたいことだ。
そう、その「メロ」の『中の人』はこの僕、藤奏調なんだ。
中学の頃から隠れた趣味として、DTMとボーカロイドで作った楽曲をネットにアップしていた。いわゆるボカロPって奴だ。
そんなに有名じゃなかったんだけど、何の因果か、ファンナイ結成前に彼らのマネージャーさんからダイレクトメールをもらい、曲を提供するようになった。
彼らの人気はもちろん、彼らの人間性や歌唱力にあると思うけど、「曲が好き」というコメントを見ると、そりゃあ嬉しくもなる。
それが、自分の好きな人からの言葉なら、なおさらだよね。
うっかり喜んじゃったけど、この活動は基本的に秘密なのだ。VTuberは、正体が分からないからこそいい。
でも今日、僕はその禁忌を破る。
放課後、この長年の恋に決着をつける――「自分こそがメロである」という事実を携えて。
今朝、誰よりも早く登校したのは、ファンナイの新曲の評判を聞きたいという気持ちももちろんあるけれど、それだけではない。柚季の下駄箱に、ラブレターを入れておくためだったのだ。
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ついに放課後が来てしまった……。一日って、こんなに長かったっけ。いや、来てしまえばあっという間だったような気もする。何だこれ、ダメだ、テンパり過ぎて感覚がおかしくなってる!
約束の時間は十六時。
それには三十分ほど早いけど、僕は体育館裏に到着した。
もう十月に入り、高校生活も半分を切った。三年生になったら、受験勉強も本格的に始まるし、自由な時間は限られてくるだろう。そうなってしまう前に、ただの幼馴染から、一歩踏み出したいんだ。
……彼女は、曲を聴いてくれただろうか。
ラブレターといっても、内容はシンプル。
「伝えたいことがあるから、放課後、体育館裏に来てほしい」ということだけ。
でもそれに加えて、二次元コードを印刷しておいた。
そこからアクセスすると、WeTube上で、一つの楽曲が聞ける。
そう、まだ誰にも披露していない、今回のためだけに作った、「メロ」の新曲だ。ページは非公開設定にしていて、その二次元コードからしかアクセスできない。二次元コードの脇には、「聞いてほしい曲がある」と添えておいた。
ヴィオラのイントロから始まって、徐々に楽器が増え、「メロ」のサウンドになっていく。
まだ僕一人の製作段階だから、声は「ファンナイ」じゃなくてボカロだけど……あれだけ「メロが好き」を公言してくれているんだ、柚季なら、気付いてくれるよね。
十六時になった……来ないな。
いや、柚季は昔から時間にルーズなところがあるからな。まだ待っておこう。
十六時三十分を少し過ぎた頃。
体育館の角から、女子の制服姿が見えた……見間違えようもない、柚季だ。
「柚季!」
「……ホントにいたわ。で、何、伝えたいことって?まさか、愛の告白とか?」
ぐ、いきなり核心を突かれてしまった……いや、いい、大丈夫、言うぞ、言うんだ!!
「柚季、小さい頃から、君のことが好きだった!僕と付き合ってくれ!!」
一思いに言い切り、頭を下げた。
心臓がバクバクしている。ダメだ、彼女の顔を見れない……!!
何十秒かしてからだろうか。
「はあ……」
僕の耳に聞こえてきたのは、彼女のため息だった。
「今朝も言ったけどさあ。
正直、迷惑なの、あんたみたいな陰キャと仲良しに思われるのは。
付き合うぅ?もっと自分と相手のスペック見てから言いなよ」
「な、そんな……あの、きょ、曲は……?」
「……ああ、これ?」
彼女は僕の手紙を摘まんでヒラヒラさせる。
「一応触りだけ聞いてあげたけどさ。あんたの地味なヴァイオリンの演奏でしょ?
三十秒くらいでやめちゃったわ。そんなん聞くくらいならファンナイの新曲聞くし」
「え、そ、そんな……」
「この際だからはっきり言っておくけど!
幼馴染だからって、これからは気安く話しかけないで」
柚季はそう言うと、僕の手紙をビリッと破り、ポイっと投げ捨てた。
手紙は風に舞い、どこかへ飛んでいく……。
「そんなあ……」
「じゃ、私は行くから」
スタスタと去っていく柚季……ダメだ、泣くまいと思っても、涙が止まらない。
僕は追いかけることもできず、その場に立ち尽くしていた。
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どのくらいの時間、泣いていただろうか。
ふと我に返ると、辺りはすっかり日が暮れていた。
「帰ろう」
僕はひとり呟いて、その場を後にすることにした……あれ?あそこに誰かいる。
そうだ、最近、三年六組に転校してきた男子生徒だ。迷っちゃったのかな?……まさか、さっきのやり取り、見られてないよな?
名前は、ええと……そうだ、亜久津君。亜久津悠悟君だ。
彼とすれ違うも、何だか気まずくて、声をかけることはできなかった。




