影野の決心、松本への『ざまぁ』
「なあ、お前ら。王国が松本達に何かしようとしているとしたら、お前ら、どうするんだ?」
ガンディビル王国にて、菅原の『千里察知』により、今回の侵攻計画を知った時。
俺は影野達にそう尋ねた。
影野、菅原、森、二階堂。
四人の誰もが、即答することはなかった。
そりゃそうだ、奴らは悪意を以て影野達を追放に追いやったんだからな。
結果として何とかなってはいるが、あの時点では、影野達には明るい未来を想像できなかっただろう。
そんな奴らが危機に陥っているが、それについてどう対処するのか。
ぶっちゃけて言うと俺は、むしろ松本達の方を救わなければならない。
おそらく、近々奴らには『ざまぁ』と呼べる出来事が襲い掛かるだろう。可能性が高いのは、ヒューマランド王国側からの掌返し。
その時に影野達はどう動くのか。
俺にはそれを知っておく必要があった。
最初に口火を切ったのは、やはりと言うか森だ。
「拙者は、助けたいでござるよ。やっぱりクラスメイトだし、アニメの主人公ならきっとそうするでござる」
菅原がそれに反応する。
「僕は反対。はっきり言って、彼らは僕らをいったん見捨てたんだ。クラスメイトって言うけど、今まで決していい態度を取ってくれてたわけでもないし。身の危険を冒してまで、助けに行く義理があるのかな」
いきなり意見が対立。やや間があって、おずおずと手を挙げたのが、二階堂だった。
「ぼ、ぼくは、今の気持ちで言えば、助けたい、かな」
しかし彼は、そう言ったまま縮こまってしまう。菅原がポツンと述べる。
「二階堂がそう言うのは、意外だな」
「そ、それは、僕が昔虐められてたから?」
「うん……あんまり触れられたくないだろうけど」
「わ、分かるよ。でも、松本君たちに虐められてたわけじゃないし。
今はもう、危険が迫っていることを、知っちゃったから。知っていて見て見ぬふりをするのは、加害者と同罪だよ……」
「お前が言うと、重いよな……」
俯く菅原。二階堂が続ける。
「で、でも、正直、影野君がどうしたいかだと思うんだ。
だって四人の中で、どうにかできる力を持っているのは、影野君だけだから。僕らはサポートはできるけど、影野君なしでヒューマランドに行くのは難しいと思う……」
「……二階堂殿の言う通りでござる。拙者も立派なことを言っているけど、自分一人で松本氏達を救出できるほどの自信はないでござる……四人で行くとばかり考えてしまっていたでござるな。申し訳ない」
「確かに僕たち、力を手に入れたからこそ、こうして迷ってるんだ。以前だったら、行く行かない以前に、行っても何もできなかっただろうし。多分最初から諦めてたと思う。
そう考えると、今の僕たちの気持ちって、結局のところ偽善にすぎないのかな……やっぱり、陰キャは陰キャらしく大人しくしといた方がいいかも」
おいおい、どんどん暗い雰囲気になってくな……。
三人とも言うことが無くなり、影野の発言を待っている状態だ。
「陰キャは陰キャらしく、か……」
また少し間があって、影野がついに口を開いた。
「俺さ。以前までの自分なら、多分ここで助けには行かなかった気がする。
菅原の言う通り、助けに行く義理はないし、所詮陰キャがそんなことしても無理だし、って」
「か、影野殿が行かないのであれば、それは仕方がないでござる。
みんな、拙者はやっぱり行くでござるよ。もしあちらに危険があれば、瞬間移動でここにごっそり連れてくるでござる」
「いやいや慎太郎、その兆候を察知するのは、僕や二階堂の役割だろう。そんな単独行動は危険すぎる。それを聞いちゃうと、僕は『千里感知』の結果をお前に教えることはできないぞ」
「そ、そうでござった……」
頭を抱える森を、影野が制止する。
「ちょっとみんな、話を聞けって。「以前までの自分なら」って言っただろう」
頭を上げる森。
「じゃあ!」
「ああ。俺もちょっと欲が出てきた。
このまま松本達に死なれるのも、何だか癪だと思わないか?完全に下だと思っていた陰キャに助けられる。それでちゃんと、言いたいことを言う。それが俺たちの、あいつらへの仕返しだ」
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そんな意思統一の元、彼らは今、倒れた松本達の前に現れた。
影野はクラスメイト達の間を駆け、次々とタッチしていく。
俺はその間に分身の数を増やし、協力して天井へとジャンプして、水晶を殴ってみた。しかし、
「やっぱり、ちょっとやそっとでは割れん!森、頼む!」
「押忍、でござる!強化された筋力Sの威力、とくとご覧あれ!!」
森はそう叫んで、瞬間移動で天井へと移動し、水晶をぶん殴る。
「痛いでござる!!」
森のパワーでも無理か、となると最終手段。
「お前ら、プランCに移行する!」
「「「「了解!」」」」
俺の合図とともに、まずは森が影野の元へ瞬間移動し、そのまま天井付近へと戻る。
「『現象否定』」
影野に触れられ、その光を失う水晶。おそらくこれで、集められた魔法力が消失。ヒューマランドが召喚の儀をすぐに行うのも難しくなるだろう。
水晶を破壊できていたら、魔法力が持ち主の元へ返ってきた可能性もあるが、まあ仕方あるまい。
同時に俺は分身達で動き、クラスメイト一人一人を抱きかかえ、一か所にまとまった。
全員力を抜かれており、強い抵抗はできないようだ。
分身その16にセイラが抱きつく。おのれ、その16め……。
「森、準備ができた!」
「了解でござる!みんな、しっかり手をつなぐでござるよ!!
『瞬間移動!!』」
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移動してきたのは、ガンディビル王国内の大広間。ここまでくれば安心だろう。
「菅原、あっちの様子は!?」
「大丈夫、誰も残ってない!王国の連中はめっちゃ焦ってるけど!」
まあ実質、影野達が現れてからここに至るまで、三分程度だ。ヒューマランドにとってはほとんど「瞬きする間に」という具合だろう。
影野が残りの生徒にタッチを続け、洗脳魔法を次々と解除していく。
ほぼ全ての生徒が浮かない表情で、中には泣いている女子もいる。
体力的にも疲労困憊の中、信じていたヒューマランドに裏切られ、自身の仕出かしに気付かされた訳だからな……。しかしそれらはどれも事実だ。彼ら自身で消化してもらうしかあるまい。
よれよれと立ち上がる生徒がいた。佐々木だ。
「影野君、菅原君、二階堂君、森君……」
「佐々木殿、今は疲れているでござろう。休んでいた方がいいでござるよ」
「……いいえ。私たちは、あなた達に本当にひどいことをしてしまったわ……ごめんなさい。
そして、そんな私たちを助けてくれて、本当にありがとう」
「わ、私も……」
「俺もだ……」
佐々木の言葉に引き寄せられたのか、花田と橘も立ち上がった。
「ごめんなさい」
「すまなかった」
頭を下げる陽キャ三人。
「いいよ。君らが追放してくれたおかげで、俺たち洗脳が解かれて、強力な力も手に入れたし。君たちを助けられたのも、この力あってこそだからね」
影野が皮肉気に言い放つ。
「深夜殿!そういう言い方はよくないでござる!!」
「いや、今回助けたのは、俺たちが受けた仕打ちをそのままにはできないと思ったからだ。
別に復讐しようなんてつもりはないけどさ。精々、反省はしてほしいよね」
影野はそう言うとそっぽを向いて、明後日の方向を向いてしまった。
「……それで、いい気分かよ」
全員の視線が発言者に向く――松本だ。
「陰キャが陽キャを救ってさ。スクールカースト下剋上だな。
だが俺は悪いとは思ってないぞ!あの状況では、事実アビリティもステータスも使えなかったんだからな!お前らが足を引っ張ってるように見えても、仕方なかったんだ!
陰キャは陰キャらしく、陽キャの陰に隠れてればいいんだよ!」
「陰キャは陰キャらしく、か……ははっ」
何故か笑う影野。
「俺もずっと、そう思ってたんだけどな。「俺はどうせ陰キャだし」って。
でもさあ。陽キャとか陰キャって、何なんだろうな。
亜久津君と出会ってから、今はそんなことを思うんだ」
俺か?
影野が続ける。
「学校ってさ。何でか、陽キャは陰キャより偉くて、スクールカーストがあって、カースト上位の言うことは絶対になるよな。
そんな中で、亜久津君は本当に変な人だった。
あんまり喋ったことなかったけど、カッコいいし、可愛い彼女もいるし、コミュ力も高いじゃん。明らかに陽の側で、カースト上位の人だよね。松本も一目置いてるしさ。
でも、俺らが追放された後、分身で追いかけてきてくれて。話してみたら、すっごく話しやすいんだよ。何でだろうって思ったんだけど、何となくわかってきた。
彼は多分、カーストとかキャラとか、全然意識してないんだ」
まあ、本当は俺、異世界人だしな……。
「それで俺もさ。このカーストとかキャラとか、だんだんどうでもよくなってきた。
別に俺が変わる訳じゃないよ。今後もアニオタは続けたいし、多分女子に対しては挙動不審になる。
俺だけじゃない、他の三人だってそうさ。
森とか、あんな喋り方で、お前らにとっては一番変人に見えるかもしれないけど。あいつが真っ先に、お前らのこと助けたいって言ったんだぜ?お前が逆の立場だったら、そう思えるか?
まあそんなわけだから、これからも俺たちは俺たちなりに生きていく。お前たちとは平等。言うことを聞く必要もなければ、こっちの意見を押し通すつもりもない。
俺が言いたいことは以上。
そっちは納得できないだろうけど、これを言えずに死んじゃわれるのも嫌だったから、助けたまでだ」
影野は言いたいだけ言って、仲間三人の元へと歩いていく。うん、なかなか清々しい笑顔だ。
一方松本は、苦虫を嚙み潰したような顔のままだ。
すると広間の扉が開けられた。入ってきたのは、シュンフェイか。
「被召喚者達ー、ちゅうもーく!。
ここはガンディビル王国。私たちは魔族、お前らが洗脳で目の敵にしていた、魔族だ」
シュンフェイは順番に、二国の辿った歴史、松本達が召喚された経緯、影野達の能力解放の件などについて説明していく。
「――という訳で、お前たちがここに来る元凶を作ったのは私たちガンディビル王国。本当にすまないと思っている。
とは言え、私たちの同胞がお前らに殺されているのも事実。それについてとやかく言うつもりはもうないが、事実は事実として受け止めてくれることを願う。
ガンディビル王国は、向こう三年間、お前たちの衣食住を保証する。ただし贅沢をさせることはできない。三年の間に、就職先を探してほしい。
とりあえずは以上!
客間も人数分あるから、今はゆっくり身体を休めるといい」
シュンフェイは、早口でそう述べると、クラスメイトの間をつかつかと歩いていった。
「ええとあと、松本って奴はどこだ?」
「あ、俺だよ。本当にごめん、俺、ヒューマランドに騙されてたんだ。
シュンフェイちゃん、だったよね?助けてくれてありがとう!これから俺、汚名挽回のために頑張るからさ。見ててくれよな!」
うわー、確かにシュンフェイは美少女だが、こうも掌を返せるものかね。
シュンフェイは一瞬じとっと松本を睨むと、影野に声をかけた。
「おーい、影野ー、ちょっと来て―」
「な、何ですか……」
呼び戻された影野は、心底嫌そうだな……。
「いやー、影野から大体の話は聞いてたからな。一個やりたいことがあって」
影野の手を取るシュンフェイ。そのまま、そっと頬に唇を重ねた。
影野は……固まってるな。
「ま、こういうことだから!
お前には興味ないけど、もう悪さすんなよ!
あと、汚名は返上してくれよ、挽回したらダメだぞ!
じゃ、私は忙しいんで、これで。影野達は落ち着いたら来てくれ~」
身を翻し、颯爽と去っていくシュンフェイ。
……こんな『ざまぁ』はありかもな。
俺は初めて、そんなことを思った。




