瓦解の兆候
自分たちの現在の窮状、今までそうならずにしてくれていたのは、実は影野達だった。
そのことに気付き始めたクラスメイト達の意識は、影野達をクラスから追い出した張本人の方へと向き始める。
「な、何だよ。俺が聞いたとき、みんなだってほとんど反応したじゃないか。
それを、俺のせいって言うのはおかしいだろ」
焦りながら弁明する松本。
しかし、表立って反論する者もいなければ、真っ向から肩を持つ者もいない。
訪れる静寂。
それを嫌うのもまた松本だった。
「な、なあ、翔っち、あかりん、響香。お前たちも、あいつらに出て行ってもらうのに賛成してたよな?手ぇ挙げてたよな?」
「……ああ。あの時は確かに、お前の言う通り、戦えない奴は戦場に来るべきではないと思っていたよ。それがあいつらの為だともな」
「ほ、ほら、みんな、翔っちも賛成してるぞ」
「いや、今となっては浅はかだったと反省している。あいつらがそんなことをしていたなんて、全然気付いていなかった……基本的には前線に出ていたからな」
「な、翔っち……」
ふむ、クラスの中心だった陽キャ達にも亀裂が入りつつあるのかもしれない。
「あ、あかりんは!?」
「そうね……みんな、思うところは多々あると思うけど、それは一旦後回しにしない?
それよりも、今後どう戦っていくか、それが大事だと思うの」
「そ、そうだよ、さすがあかりん!今は誰が悪いかとかそういう問題じゃないよね。
うん、今後どう戦っていくか、それが大事だよ」
「佐々木、それは確かに重要だが、何か考えはあるのか?」
「ええ。今までは、私たちが大きく前方に出て主要な敵を相手してきたけれど、そのやり方を改める必要がある」
「それは俺も思っていた」
花田が同意すると、すかさず割り込む松本。
「あ、俺も俺も!」
「基本的には、全員がまとまって動いた方がいいわよね。光が発生して、私たちの手が届かないところで強力なモンスターが現れてしまうと、狙われたクラスメートを助けられない。
それなら、光が見える所にいて、私、拓真、花田の誰かが対処していくことで、全員の命を守っていく」
「おー、さすがあかりん!
聞いたろ、みんな。大丈夫、俺がまとめて守ってやるからさ!」
どや顔する松本だが、残念ながら人心はついてきていないぞ。
「佐々木、だがそうなると、攻めの方はどうする?」
「それはまあ、全員でだんだんと相手に近づいていくしかないわよね」
「ま、そうなるか」
花田と佐々木のやり取りに、クラスメートの数名の表情は驚愕の色に変わる。
そりゃそうだ、今までぬくぬくと戦争に参加していたところが、いきなり前線に放り出されるわけだもんな。
しかし陽キャたちは、クラスのそんな雰囲気には全く気付いていないようで、議論を進めていく。
「拓真、これまでみたいに敵陣に突っ込んでくのはもう駄目よ」
「う、分かってるよ」
「橘、これまで以上に負傷者は増えるだろう。悪いが、回復役が更に重要になる」
「ええ、大丈夫です。頑張ります」
「いやー、響香に看病してもらえるなんて、実は俺ちょっと羨ましいんだよね。結局、俺まだ一回も怪我したことないしさあ」
「ま、松本君なら、いつでもオーケーですよ」
「おー、サンキューな、響香」
「はいはい、お二人さん。でも花田、私たち二人は今まで範囲魔法が中心だったけど、それも考えないといけないわよね」
「ああ。遠方の敵ならまだしも、光で現れた敵に範囲魔法はまずいだろう。みんなを巻き込むぞ」
「ねえ……まあ最悪、仮にフレンドリーファイアがあっても響香が治してくれると思うけど……」
「確かに……橘の結界を上回るほどの魔法をぶっ放すことは多分ないだろうし、回復の要を傷つける不安は少ないしな。万一の時はその選択肢も頭に入れとくか……」
おいおい、何物騒なこと言ってんだ。周りの奴らの顔もさすがに引き攣ってるぞ。
するとそこで、また大扉が物々しい音を立てて開けられる。姫と兵士たち数名だ。
「勇者様方」
「グロリア!」
「拓真様。無事だったのですね」
そういう姫様だが、表情はやや険しく、今までとは雰囲気が違う。松本が慌てて弁明を始めた。
「ああ、何とか。聞いてくれよ……」
「いえ、報告は受けています。敵が奇襲魔法を使用し始めた、と」
「そうなんだ!空中に光が発生して、そこから魔物が……」
「そのようですね。敵国の十八番の戦法です」
「え、そうなの!?どうして教えてくれなかったんだ!」
「勇者様方の方で、光には対処している様子という報告も受けていましたので、気付いているものと」
「げ、そういうことか。違うんだよ!この前追放したあいつら!奴らが何も言わずに消していただけなんだ!」
「……そうだったのですね。
皆様、これから戦闘は過激化していくことでしょう。それを鑑みまして、道具を用意させていただきました」
姫様のその一言を合図に、後ろにいた兵士が何やら箱を姫様の前に運んだ。
「グロリア、それは?」
「ステータスアップの腕輪です」
「ステータスアップ?」
「ええ。つけた者のステータスを一段階程度上げる効果があります。どの程度上がるかは若干の個人差がありますが」
「おー、グロリア、それは助かる!
ほら、みんなも着けようぜ!ステータスが高いだけで見える景色も違うんだ。何より命を守ることに繋がる」
松本がそう言うと、それに従うかのように、兵士たちがクラスメートの間を縫って腕輪を配っていく。
全員が腕輪を受け取ると、松本が率先してそれを装着した。
「……拓真、どう?」
佐々木が尋ねる。
「ステータスオープン!」
体力 :A →S
筋力 :S →S+
敏捷 :S →S+
防御 :A →S-
魔法力:B →A
知力 :B →B
「……なあ、見ろよ、みんな。これ、やばくね?」
確認した本人が一番驚いているようだ。姫様が補足する。
「効果があったようですね。ステータスアップの副作用として若干の疲労感があるかもしれません。長期戦闘には向きませんので、ご注意くださいませ。
それとその腕輪には、緊急避難機能もあります。戦闘の継続は困難とこちらで判断した場合、王城の方に転移させていただきますので、皆様、どうか安心して戦場へ」
松本が豪快に笑う。
「いやー、至れり尽くせりで悪いな!
みんな、この腕輪はマジですげー。これで、今後の戦いもいけそうじゃねえか?」
そんな中、姫様が皆に向かって告げた。
「勇者様方。
三日後に、大規模な侵攻を予定しております。これまでで一番大規模かつ重要な戦いです。何卒、お力添えの方、よろしくお願いいたします」
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「……という感じ」
ガンディビル王国サイド。菅原が『千里感知』で得た情報を、影野達やリューギリア王達へと伝えていく。ここはリューギリア王の執務室。リューギリア王、シュンフェイ姫と被召喚者五名……部屋はそれで結構ぎゅうぎゅうだ。
「俺本体からも同じ情報あり」
分身の俺もそれを補足しておいた。
「……明らかに怪しいよね」
影野が腕を組みながら言う。
「深夜殿、怪しいとは?」
「いや、その腕輪とやらだよ。大体、そんなものあるなら、何で今まで使わせなかったんだ。絶対、何かヒューマランドが隠しているリスクがあるよ。
リューギリア王、何かご存じですか?」
「うーむ、そこまでは私にも分からぬ」
「でも影野、相手が強力になるとはいえ、リスクがあるってんなら気にしなくてもよくない?」
「い、いえ、シュ、シュンフェイ様。一応、元友人ですので……」
「まあそうか。あと、様付けはやめろって言っただろ。むず痒い」
「じゃ、じゃあ、シュ、シュンフェイ」
「あと何でそんな噛むんだ」
「シュンフェイ殿、それくらいにしてあげてほしいでござる。深夜殿、女性耐性皆無なのでござるよ」
「うしし、知ってるよー」
あの後、シュンフェイはやたら影野に絡むようになった。影野曰く、こんな美少女に近づかれることは初めて、ただでさえ女子は苦手なのに――とのことだ。
まあ、その辺は俺にはどうでもいい。
「ゴホン」
リューギリア王が一つ咳払い。
「あ、すみません……」
「ちなみに深夜は、王国は何を隠していると思う?」
「菅原、そこまでは分からない。ただ変なのは、姫が『若干の疲労感がある』って言ってた点。体力のステータスは上がってたんだろう?」
「ああ。ステータスウィンドウも見たよ」
「体力が上がってるのに、なぜ疲れやすくなるんだよ。
あと緊急避難機能の件。あれも聞こえはいいけど、裏を返せば、ヒューマランド王国から逃げられないってことだ」
「あ、それは確かに……」
「腕輪とやらには絶対に何かある。注意が必要だね」
「了解でござる」
森の同意に、他の皆も頷いた。
情報共有はいったんお開きの雰囲気だが、クライマックスが近そうだからな。この辺でそろそろ確認せねばなるまい。俺は四人に話しかける。
「なあ、お前ら。王国が松本達に何かしようとしているとしたら、お前ら、どうするんだ?」




