てんぷれちーと
『現象否定』――強力すぎるだろ。
その『否定=消滅または時間遡行』というのがどれだけのものに適用されるのかは分からないが……。
影野が言う。
「否定できる現象の規模は、込める魔法力に依存するらしい。
リューギリア王。俺のこのアビリティは……桁が違う」
「そうだ。世界の理そのものに干渉する力……それが故に、術式による圧縮が必要だったのであろう。全く、ヒューマランドが解放のことまで突き止めていたらと思うと、ぞっとする。お主に本気で敵対されたら、この世界の誰にも勝ち目はないだろうな」
「……俺がそれをしないとでも?理不尽に平穏を奪われた、その元凶が眼の前にいるのに?」
影野がリューギリア王を睨みつける。
他三人もまた、不安げな様子で影野を見つめていた。
一転、場は不穏な空気に包まれる……。
しかしややあって、影野はやれやれとばかりに首を振った。
「そんな無意味なことしませんよ。どこぞの戦闘馬鹿じゃあるまいし」
「……恩に着る」
影野とリューギリア王のやり取りに、場内の張り詰めた空気が緩む。
「ええとそれで、『召喚の儀』の封印の件ですけど。
危険も伴うので、仲間達で話し合う機会を設けさせてくれませんか?」
「いいだろう。宿泊部屋を用意するので、今日はもう休むがいい。続きは明日としよう……色よい返事を期待している」
そう言って、王は身を翻した。周りの臣下達もそれに続く。
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「……という訳で、影野達の方は何だかすごいことになってる」
「ふふ。追放からのチート獲得、テンプレ展開だね」
こちらはヒューマランド王国、俺本体の方。
分身の方が告白していた通り、分身からの情報は本体と共有している。むしろシャットアウトする方法が俺には分からないので、防ぎようがない。
こちらサイドは、本日の訓練も終了し既にやることがない。俺は自室でセイラと、分身の方の情報を共有することにした。
「チート?テンプレ?」
「チートっていうのは、元々は「ズル」とか「イカサマ」って意味なんだけど。『クリエイター』達の間では、下位世界内の常識からはかけ離れた能力のことをそう呼ぶんだ。
そして特に『ストーリーテラーになろう』において、主人公が何らかの理由で『チート能力』を手に入れて『最強』になり『無双』するって話がすごく多い。そういう、パターン化された話の流れのことを『テンプレ』って呼んでる」
「そうなのか?まあ、強い奴が活躍する話は聞いてて気持ちがいいかもしれない」
「うん、チート最強無双物の場合、主人公はほぼ負けない。悪役をバッタバッタと倒していくから、何も考えずに読めて爽快感がある。
特に『何も考えない』ってところが重要。昨今、娯楽でわざわざ頭を使いたくないって人も増えてるしね」
「なるほど。何と言うか、気苦労が多いんだな」
「はは、そうなっちゃうね。ちなみにチート最強無双はハーレムとセットだよ」
「ハーレム?」
「複数の美少女が、なぜかみんな主人公に好意を抱いていく。主人公は一人を選ばずして、そのかわいい女の子たちみんなと仲良く暮らしていくの」
「うわあ……」
そこまで願望垂れ流しだとは。
「でも所詮架空の話だろ?現実に立ち返った時、虚しくならないのか?」
「どうなんだろう……。ボクはそういうのがあんまり好きじゃないから、よくわからないや」
「ふーん。まあ興味はないし、いいわ。
ところで松本の方だが、これから影野が松本に何か仕出かすのか?この前のエリザとミリアの時みたいに」
「うーん、今回の場合、影野君がそんなタイプには思えないんだよねえ」
「それは確かに」
「おそらく、影野君とは関係ないところで何かが起こると思う」
「そうなのか。あと、そういや聞きそびれてたけど、セイラの『アビリティ』は何なんだ?」
「ボク?『魔法力増強』。任意の対象の魔法力を、一.五倍程度に補強できるんだ」
「へえ。支援能力としては優秀そうだが、俺の『分身』は魔法力の消費が少ないしなあ。その能力の恩恵を受けることはなさそうだ」
「ふふふ、さあ、どうだろうねえ」
意味ありげに含み笑いをするセイラ。
大方の意見交換を終え、しばらく時間が流れたところで、カンカンカンと甲高い鐘の音が聞こえてくる。それと同時に、複数の兵士が廊下で叫び回っているようだ。
「勇者様方、作戦変更です!マニャール湿地帯方面に、モンスターの群れを確認!掃討活動を行います、至急ご支度を!」
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ヒューマランド王城で慌ただしく出兵通達が為されている頃、分身体の俺と影野達は客室にて話し合っていた。
「みんな、能力解放のことなんだけど。
アビリティは分かったけど、ステータスはどう?」
「ふふふ、拙者実は、ステータスも、最高S、最低Bになったでござる」
「やっぱりか。俺もだ。みんなも同じ感じ?」
菅原、二階堂も頷く。
「これは本格的に、考えた方がよさそうだな……」
「深夜、あんまり嬉しくなさそうだね」
「まあね……強力過ぎる個が辿る末路を思うと」
「……あ、待って。王城の方に動きが」
菅原が話を遮るのと同時に、俺も本体からの情報を受信した。
「菅原……『虫の声』、いや、『千里感知』だっけ?気付いたか?」
「亜久津君。そうか、本体からの連絡だね。うん、クラスメートたち、また出兵するみたいだ」
森が反応する。
「お二人とも、どうしたでござるかな?」
「『千里感知』であっちの王城の様子を観察してたんだけど、どうやら出兵するみたいだ。マニャール湿地帯?って言ってたかな」
「そ、それは、大変なことなのではござらんか?」
「うん。深夜、どうする?」
「一応、王様に報告しよう」
影野の判断に従い、一行は王の執務室のドアをノックした。
「敵襲?」
菅原がリューギリア王に応える。
「はい。『アビリティ』でクラスメートたちの様子を見ていたのですが、マニャール湿地帯ってところでモンスターの群れが目撃され、その掃討に動くみたいです。今は転移の準備中ですね」
顔を顰めるリューギリア王。
「シュンフェイめ、あれほど国境線には近づくなと注意したのに」
「シュンフェイ?」
「すまぬ。目撃されたモンスターの群れというは、おそらく我が妹・シュンフェイが引き連れている物だ。
壁の地図を見てくれ。マニャール湿地帯というのはここだ」
リューギリア王が、壁に立てかけられた大きな地図の一点を指さす。
「マニャール湿地帯には、三つの国を分かつ国境が通っている。北東側が我が国、南方側がヒューマランド、そして北西側がシュバイツ帝国という。
シュバイツも、ヒューマランドほどでないにせよ、魔族である我らを忌み嫌っておる。
数日前に、彼の国がマニャール湿地帯方面から我が国に攻め入るという情報が入ってな。シンフェイを防衛に行かせておいたのだが、どうも情報はデマだったらしく、帰還の指令を出しておったのだ」
王の説明を聞いて、影野が言う。
「何だか怪しいですね。ひょっとしたら、ハメられたかも」
「うむ。シュバイツの兵力自体は、我が国に比べたらそれほど高くないのだ。我が国とヒューマランドを衝突させるシュバイツの作戦かもしれぬ」
「どうするんですか?」
「私が援軍を率いて向かう」
「王様本人が?」
「部下で対処できるのならそうしたいが、被召喚者の軍団を相手するには些か心許ない。何せ人材は貴重なのでな。
其方らは、城にて待機しておいてもらえるか」
「……みんな、どうする?」
他三人の様子を伺う影野。
「拙者は、同行したいでござるよ。これ以上、クラスメート達が戦争に利用されるのは忍びないでござる」
「僕も。松本たち、相変わらずヤル気満々だし」
「い、今の所、特に危険はなさそうだよ」
それを聞いて、影野は軽くため息を吐く。
「はあ、やっぱりそうなるよね。みんな優しいなあ。
リューギリア王、俺たちも同行します。ただ、クラスメート達と直接戦いたくない。防衛専門でお願いします」
「無論だ。かたじけない!!」
その様子を見て、森が大声で笑った。
「はっはっは、深夜殿ならそう言うと思っていたでござるよ!」
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森の『瞬間移動』で現地へ駆け付けたいところだが、さすがに全く知らぬ土地への移動はできないようだ。
王と直属の魔族・魔物部隊が、近くの転移陣まで転移するとのことなので、それに同行させてもらうことにする。
転移の準備中、影野が王に向かって話しかけた。
「あのう、できれば、クラスメート達にあまり攻撃しないでもらえると……」
「我々もその点には苦悩しておる。普通の人間相手ならば防衛など容易いのだが、相手が被召喚者となると話は別だ。手を抜けばこちらがやられてしまう。
すまないが、多少の負傷はやむを得ないという命令を下している。無論、殺害は絶対不可だ……」
そう言う王だが、何だか浮かない表情だ。
「どうかしたんですか?」
「うむ。ちょっと、妹の方が心配でな」
「あ、そうですよね。松本達は、容赦なく攻めてくるでしょうし」
「ああいや、そういうことではない。妹は、あれはあれで強い。格闘も魔法も一級品の実力だ。今回からは、|今まで失敗に終わっていた戦術も機能するだろうし、負けるということはあるまい。
心配なのは、妹の性格の方だ……いささか直情的でな。それは美点とも言え、部下からの信頼も厚い。しかし一方、若干思い込みが激しい所もあり……不殺の令を忘れていなければいいのだが」
えー。




