陰キャ達の覚醒
※一日二話投稿の二話目です。前話未読の方はご注意を!!
「まずは、この世界の者を代表して陳謝する。不当に召喚などしてしまい、本当に、申し訳なかった」
リューギリア王が頭を下げ、周りの臣下達もそれに倣う。
俺たちは今、「召喚の儀の間」という名の部屋に通されている。
そこはなかなかの広さで、正面には大きな魔法陣のようなものが配置されている。俺たちは、その魔法陣と、王様たちガンディビル国の人々に挟まれた形だ。左右にもいくつか小さな魔方陣がある。
影野が慌てて言う。
「ちょ、そんないきなり謝られても、困ります。説明をしてください。召喚したのはヒューマランド王国なんですよね?」
リューギリア王が姿勢を正す。
「うむ、その通りである。
だが元を辿れば、異世界から人々を召喚する秘法を編み出したのは、我がガンディビル王国なのだ。
ガンディビル王国とヒューマランド王国は、長年激しい戦争状態にある。歴史を紐解けば、もう七百年になろう。
この二国は、元を辿れば、ワユナイトという一つの国であった。
しかし見ての通り、我ら魔族と、其方ら人間族では、姿形が違う。人間族は、寿命が数十年程度である代わりに繁殖力が高く、その数を次々と増やしていった。一方で我ら魔族の寿命は三百年程度、個体の力も強く、それほど人口を増やす必要がなかった。そして、我ら魔族はいつしか人口上の少数派となる。
私の祖父が存命の頃だ。その頃には人間族の間で、我ら魔族を異端視する動きが活発になった。いくら我らの個の力が強いとはいえ、武装した何倍もの数の人間に叶うはずもない。
祖父はそうした状況を憂い、国中の魔族を集めて、別の土地に移ることを決心した。そうしてできたのがガンディビル王国だ。一方残った人間族は、国名をワユナイトからヒューマランドと改め、魔族を排斥する体制を整えた。
しかし事態はそれだけでは収まらなかった。ヒューマランド王国は、我ら魔族を何としても根絶やしにしようと、戦火を絶やさなかったのだ。祖父は、我らの力が恐ろしいのだろう、と言っていたな。
国同士の戦争となると、個の力より数の力が物を言う。当時、いや今も、かの国の人口は我が国の十倍以上になろう。我らはそれに対抗すべく、モンスターを飼育して操ったり、範囲殲滅魔法や奇襲魔法の開発に力を注いだりした。
その中で生み出されたのが『召喚の儀』だ」
王の口から「召喚」の言葉が出ると、いよいよ自分たちに関係がありそうな話題になると思ったのか、影野達の顔が強張る。
「『召喚の儀』は文字通り、異世界から別の人間を召喚する儀式のことだ。
五百年ほど前、私の王の時代だな。その秘術が完成し、四人の男女が異世界から召喚されることとなった。
世界をまたぐ際、強力な『アビリティ』とステータスが付与されることも分かると、我が国も色めき立った。追加で更に十名の者が召喚された。
ちなみにその十名は、原初の四人とは別の世界の住人であった。おそらく、お主達も更に別の世界から召喚されたのであろう」
思わず、といった様子で森が口にする。
「当時召喚された人たちは、その後どうなったのですかな?」
「対ヒューマランド王国における特殊部隊として活躍してもらい、数年で戦争は一旦沈着した。しかし……」
言葉を切るリューギリア王に、森がごくりと喉を鳴らした。
「この『召喚の儀』の最大の欠点は、元の世界に戻る方法が分からないという点なのだ。
戦争後、彼らはそのことを知り、絶望した。当然だ、気付いたら全く知らない別世界に連れてこられ、帰る術はないと知らされるのだから。
幸い彼らは良心的で、我らに怒りの意を向けることなどなく、異世界人同士、あるいは魔族の者と、結婚して子を成し、その寿命を終えた」
影野達は揃って沈痛な表情になる……帰れないって、言われたもんな。
「事態を重く見た父は、『召喚の儀』の秘法を禁呪に指定した。その後我が国でそれが行われたことはない」
今度は影野が口を開く。
「それならなぜ、俺たちが王国で召喚を?」
「うむ。実は十年ほど前、非常に大規模な戦争があった。ヒューマランドの兵士の数は、それまでの五倍にも及ぼうか。一国の主からしてみれば、それだけ動員してしまうと、勝ったとしても被害が大きすぎる程に見えた。
それほどの猛攻を防ぐのは簡単ではなく、そのため、この王都まで戦火が及んでしまった。
それでも何とか凌ぎ切り、被害を確認していく中で、『召喚の儀』を封じていた神殿に侵入者のあった形跡が見つかった」
「それじゃあ、ヒューマランド王国の狙いは……」
「うむ。人間族側からしてみれば、個人で我らに対抗できる人材がいないことが問題なのだ。おそらく、当時の召喚者たちのことが記録に残っており、決死の作戦として十年前の大戦争を引き起こしたのであろう。
そして十年の時が経ち、お互いの国力も回復してきた。だが十年ぶりの開戦には、明らかに被召喚者と思わしき者達がいた。
それも、王国が何かしらの細工を施しており、我らのことを認識できない状態でな」
思い当たる節があるのだろう、影野達が目を伏せる。
「そういう訳で、お主たちの現状の原因は、元を辿れば我が国にあるのだ。それも、不可逆の状態でな。
これについては、謝罪の言葉しかない」
なるほど、それが開口一番の謝罪に繋がる、と。
しかしリューギリア王は更に言葉を紡ぐ。
「ヒューマランド王国で、ここまで大規模な召喚が行われたのは初めてだ。
そこで分かったのだが、一つ、ヒューマランド王国が気付いていないことがある。
其方らの秘められた力のことだ」
「秘められた力?」
「ああ。十年前の大戦で彼の国が持ち帰った情報、それだけでは不十分なのだ。
先の説明で、異世界からの召喚者が世界をまたぐ際、強力なアビリティとステータスが付与される、という話をしたな」
「はい」
「でも拙者、おかしいと思ったでござるよ。我らのアビリティもステータスも強力と言えるほどではないのでござる」
「うむ。
それはな、あまりに強力な力が付与される場合は、世界をまたぐ際の影響が強すぎるため、術式の中でいったん力を圧縮する工程が施されるからなのだ」
「圧縮?」
「そうだ。付与される力には多少の幅があり、そのまま世界を超えて問題ない場合ももちろんあるのだが、我らが観察するに、其方ら四人は、力が圧縮されたままの状態だ。
せめてものお詫びではないが、その力を、ここで解放しよう」
ここで初めて、四人が困惑した表情になる。影野が尋ねた。
「解放って、どうやって?」
「この『召喚の儀の間』にある、そちらの魔法陣を使用する」
リューギリア王は俺たちから見て右手の小さな魔方陣を指し示した。
「本来の力を元に戻すだけなのだ、儀式自体は痛みもなく、すぐに終わる」
「解放されるとどうなるのですか?」
「アビリティとステータスが変化する。おそらく、ヒューマランド王国にいる他の被召喚者達よりも強力であろう。他の者達の能力は、圧縮が不要な程度である訳だからな」
少々考え込む影野。
「じゃあ、解放されたその後、俺たちはどうすれば?」
「其方らの自由だ。この国で生きるがよい。国として最大限の厚遇を約束しよう。
……だが、願わくば、我らに力を貸してほしい」
影野の眉がピクリと動いたが、彼は何も言わない。
「我らが一番危険視しているのは、王国がこのまま召喚を続けるだろうということだ。
問題は、我が国が危険に晒されるという点に収まらない。
何よりの犠牲者は召喚される者達だ。勝っても負けても、被召喚者に明るい未来はない。そのような者を増やすことになる。仮にヒューマランド王国が我らを滅ぼしたとしても、その後被召喚者に良き待遇があるとは思えない……自身より強い個を恐れるというのが、この戦争の発端が故な。
そして更に、召喚を頻発した際、世界にどのような影響があるかが分からない。
そう言った理由により、召喚の儀は至急封印するべきであると我らは考えている」
「……仰ることは分かります。でもどうやって?」
「影野殿、其方のアビリティだ」
「俺の?」
「うむ。術式により、アビリティはあくまで『圧縮』されているのみだから、その系統は解放後も変わらない。我らが期待しているのは、『拒絶』の力。解放すれば、それはおそらく事象に関与するレベルの能力となる。それにより、王国に忍び込んで、召喚の儀そのものを『拒絶』してほしいのだ。無論、そこまでのサポートはしよう。だがこれは其方にしかできぬ」
そう言われて、影野は更に考え込んだ。
「亜久津殿」
俺か?
「其方の洗脳がなぜ解けているのかは分からぬ。
だが其方を受け入れたこと、それは我が国が『道』を見失ってはならぬと思ったためだ」
「道?」
「うむ。我々には、この召喚騒動を収める責任がある。あの場で其方を斬り捨てることは容易かった。しかしそれは、我らの行く『道』ではない。
無論今も、頭の中では、其方が現状を刻一刻とヒューマランドに報告している絵図も描いておるよ。だがそれは、正道を歩むことに比べれば大きな問題ではないのだ」
なるほどね。
「影野殿よ、我の依頼は、結局のところヒューマランド王国と同じに見えるかもしれない。被召喚者を戦争に利用しようとしている点でな。
それについては返す言葉もない。其方らの協力が得られないと言うなら、別の作戦を考えるまで……難易度は上がるであろうがな」
王も言うべきことがなくなったのか、口を噤むと、俺たちは静寂に包まれる。
ややあって、影野が口を開いた。
「力を解放してもらってから、考えてもいいですか?」
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影野達はまとめて、小さな魔方陣の上に立つ。ちなみに俺はというと。圧縮の形跡はないということで、見学。
臣下と思わしき数名が魔法陣を取り囲み、何やら呪文を唱えた。
すると、影野達が淡い光に包まれる。
光はすぐに収まり、影野達は魔法陣の外に出た。
「どうだ?」
俺が尋ねる。
「こ、これは、すごいでござるよ!!」
興奮する森。俺が経験したのと同様、頭の中では新しいアビリティの情報が流れているのだろう。
「拙者の『瞬間移動』は、以前は、五百グラム以下の物を半径十メートル以内に移動する能力だったでござる。それが今は、対象と距離の制限がなくなったでござる!!」
おいおい、マジか。
「ぼ、僕の『虫の声』も、『天の声』って名前に変わった。「五秒以内」の制限がなくなって、任意の未来に危険がないか察知できるって」
「僕の『地獄耳』は『千里感知』……行ったことのある場所ならどこでも、五感をそこに移動して、その場所の情報を得ることができる」
二階堂、菅原の能力もヤバいな、情報収集系でこれ以上のものは思いつかないくらいだ。
そして影野が最後に言う。
「俺の『拒絶』も『現象否定』に変わった……範囲の条件が消えて、あらゆる事象に対し、術者の意思により『否定』できる。『否定』とは、消滅または時間遡行を意味する、だって」




