桃太郎じゃないんかい!
「着いたぞ、さっさと降りろ!!」
馬車から降りた兵士がロープを乱暴に引っ張ると、ロープに繋がれた手錠の動きにつられ、制服姿の少年四人がどたどたともつれるように追随する。影野、二階堂、森、菅原だ。
馬車を追いかけ馬を駆けさせていた兵士三人も合流し、影野達の目隠し、猿轡、手錠を手荒く解いていく。
「戻ってくるんじゃないぞ、来ても関所でバレるからな」
兵士達はそう言い残し、後は知らぬとばかりにその場を去っていった。
影野達の背後には、つい先ほどまで過ごしていた王城が小さく見える。歩いて戻れない距離ではないだろう。しかし先の兵士が言ったように、関所の入門審査で拒絶されてしまうだろうが。そもそも、身分を証明する物などないはずだ。
「深夜、これからどうする?」
菅原がポツリと尋ねた。
「何とか働き口を見つけるしかないよな。とりあえず、隣町に移動しよう」
影野の提案に二階堂、菅原、森も頷き、四人は大きな一本道を下り始める。
俺もまた、脇の林に身を潜めながら尾行を続けた。
結局、あの多数決で影野達四人の追放が決まってしまった。松本と王族との間で取り決めていた仕打ちは無一文での国外追放だが、それについては佐々木と橘からのとりなしがあった。
結果、国外でなく王都からの追放、一ヶ月は生活に困らない程度の路銀を与えて、という形となった。
松本は女子二人の優しさを称え、クラスも「さすが」的な空気になっていた。だが俺としては、追放に同意している時点でどこが優しいんだボケという感じだ。
大体、二人はクラスのマドンナみたいに扱われているが、俺の幼馴染の方が百倍かわいいっつーの。
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「ユーゴ君、分身だからって好き勝手言わせてるね」
「いやいや、今のはあいつが勝手に……」
分身の思考回路は自立していて、本体である俺が操ってるわけじゃーよ。
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そう、影野達を尾行中の俺は分身体。
追放が決定した直後、俺はセイラに相談した。
「すまん、流れは変えられなかった。ここで追放を阻止できたら、『ざまぁ』も回避できると思ったんだが」
「仕方がないね。とは言え、前回のエリザ嬢のときみたいに、追放された側については大丈夫だよ。この世界の主人公は影野君だから。
ボクらにとっては、松本君にこれからどういう『ざまぁ』が来るのかの方が重要だね」
「まあ、そうなんだけどな……本当に大丈夫なのか?あいつら」
「うふふ、ユーゴ君も優しいね。そんなに気になるなら、分身を行かせてみたら?」
その手があったか。
という訳で、影野サイドには分身体がついているのだ。ここまでは馬車に張り付いて来た。ステータスAの為せる技だな。
影野達が歩き始めて十分ほどが経つ。道の左手には林、右手には草原が広がっており、初夏ののどかな風景だ。少なくとも目視できる範囲では魔物など確認できず、特に危険はなさそうに見える。
時折、馬や馬車とすれ違ったり追い抜かれたりするのを見ると、警戒すべきはむしろ盗賊の類か。この国の治安がどれほどなのか分からないから、何とも言えないが。
俺がそんなことを考えながら後を追っていくと、菅原が急に立ち止まった。
どうも他三人を菅原が引き止めたようで、何やら四人でこそこそ話している……あっ、森が一瞬こっち見た。と思ったら、他三人が奴を責め立てる。何なんだ?……って、そういうことか。
俺は尾行をやめて、林から道へと抜ける。
「バレたか、菅原。『地獄耳』だったっけ?」
「亜久津君!?どうしてこんなところに……」
「松本のやり方についていけなくて、ってとこかな?」
「君がいてくれたらすごく心強いよ!林から聞こえる物音が僕らを追ってきてると気づいた時は、かなり焦ったけど」
「拙者、菅原殿の仰る方向をつい見てしまって、皆に怒られたでござるよ。「わざわざこちらが気付いてることをバラすな」って」
「はは、まあ実際、森の目線でお前らがこっちに気付いたことが分かったけどな」
「ぐぬぬ……でもそれで仲間が増えるが故、結果オーライでござる。亜久津殿は先の交戦でもまさに八面六臂の活躍でござったから」
菅原と森がはしゃぐ中、影野が話しかける。
「亜久津君、君が一緒に来てくれるのは確かに心強いけど……一つ聞いておきたい。今は、どっち?」
へえ、こいつはなかなか状況が分かってるな。
「……悪いな、俺は分身だ。本体は城にいるよ」
「深夜殿、亜久津殿が分身であると何か都合が悪いことでも?」
森の方はまだよく分かっていないようだが、影野がやれやれとばかりに首を振りながら言う。
「亜久津君の能力のこと、俺はよく知らない。でも、分身体が更に『分身』を使えるとは思えない」
「ご明察。分身体の俺が更に分身することはできない。だから今ここにいるのは、ステータスが高いだけの、何の能力もない個人だよ。本体とは繋がってるから、城の情報とかは逐一把握できるけどな」
「今の状況下で差し当たって重要な要素ではないね。まあ俺らの平均ステータスはCからDだからなあ……ステータスAクラスの人が一緒にいてくれるだけでも御の字か。亜久津君、妙に戦い慣れてる感じもあったし。格闘技かなんかやってるの?」
「あ、ああ。まあな」
「へえ、全然知らなかった。ちなみに分身はどのくらい維持できるの?いきなり消えるとかはさすがに困る」
「分身体自身が生命活動を維持できる場合――要は飯や水だな――については、ほぼ半永久的に持たせられるみたいだ。そういう生命活動に必要な栄養源なんかを絶たれた場合は、本体から魔法力の供給を受けて生命活動に充てることになる。その場合、本体の魔法力が枯渇したり、何らかの原因でリンクが切れたりしたら消滅する。
あとは、単純に死亡に足るダメージを受けた場合も消滅する」
「怪我や病気は?」
「自己治癒力に頼る場合は通常の人間と同じ。本体から魔法力をもらっての早期回復は可能」
「なるほど……となると、急に俺らの前から消滅する、なんてことはなさそうだね」
「まあな」
そこまで聞いた森が、明るい声でまとめた。
「つまり、分身体であろうと、亜久津殿が一人の人間として行動できるということは変わらないのでござる。さあさあ、新しい仲間を歓迎して、歩みを進めようではありませぬか」
「ところで、森は何でそんな変な喋り方なんだ?」
「ああ、こいつ、古き良きオタクって奴に憧れてんの。昔のネットスラングって奴?」
「『文化の継承』らしいよ……十年後に後悔してなけりゃいいけど」
「ちょ、菅原殿、どういうことでござるか!?拙者は生涯このスタイルを貫くつもり故」
「ぼ、僕は、良いと思うよ、個性的で。森君、センスは意外といいし。アニメの幅も広いしね」
「確かに、本人は無駄にオタクファッションだけど、この前深夜の弟のデート服を選んだときは、今時のイケメンコーデにしてたしな」
「そんなこともあったでござるな」
俺はいまいち会話に入っていけないが、こいつらの仲がいいのは分かった。
「ちょ、皆の衆、内輪な話で盛り上がるのはよくないでござるよ。亜久津殿が困っているでござる」
「あ、ごめん、亜久津君」
「いや、大丈夫だ」
「時に亜久津殿、アニメなどは嗜まれるので?」
「ア、アニメ?すまん、あまり詳しくは……」
元がそっちの世界の人間じゃないから、あんまり突っ込まれると厳しいのだが……。
「そうでござるか……いや、我々皆アニメで繋がってる故、多少でもアニメに興味があれば、楽しくお話しできると思ったので候」
「慎太郎、陽キャさんとアニメの話は厳しいって」
「でもでも!近年アニメの躍進は目覚ましく、某鬼退治マンガが原作のアレなど、社会現象にまでなったではありませぬか!」
「や、俺らと陽キャではアニメの見方が違うんだよ。ちょっと突っ込んだ話をすると、全然着いて来れなくなる。それで何か気まずくなるんだよな……by経験者from弟との会話」
「深夜殿……」
相変わらずよくわからない感じだが、鬼退治の話なら、セイラが作ってくれた一般知識にインプットされてる。
「鬼退治って、桃太郎って奴か?それなら知ってるぞ」
「え……」
ちょ、何で固まるんだ、お前ら。
「ええと亜久津君、マジでそれ言ってる?」
「何が?」
「うわー、この人、マジだ!!」
「僕もそれはフォローできないよ」
「亜久津殿、アニメどころか、マンガもテレビも見ないのでござるな。それは人生損してるでござるよ!!」
「に、に、日本にこんな人いるんだ」
ちょ、大騒ぎすんな!そして無口だと思ってた二階堂にまで、この言われ様。
しかしまあこんな感じで、比較的和やかな雰囲気で俺たちは歩を進めていく。
「亜久津君は、普通の陽キャとは違うね」
しばらく歩いた頃、影野がポツリと言った。他の三人もうんうんと頷く。
「どういうことだ?」
「俺たちの趣味のことバカにしない。見ての通りコミュ力低い陰キャでも、対等に接してくれる」
「別に趣味は人の勝手だし、誰に迷惑かけてるわけでもない。話しても普通に話せるし、そんな気にすることじゃないだろ」
「や、松本みたいな陽キャは、まず趣味がアニメって時点で見下してくる。そういうの、俺らにはすぐ分かるからさ。特に森みたいなキャラ濃い奴や、二階堂みたいにちょっとどもりが入っちゃうと、それが決定打。
亜久津君は、そういう感じが全然ないから、凄く話しやすい」
「そうか?」
うーん、分からん……。
「結局スクールカーストって、キラキラした陽キャとか、何かしらの特技を持った奴が上位に来るでしょ?それで俺たちみたいな、何の取柄もない陰キャが下層。
陽キャに目を付けられちゃうと、クラスも、先生だって、絶対味方にはなってくれない。そうすると俺たちにはもう、台風みたいなもんだよね。さっさと過ぎ去ってくれるのを待つしかない」
そういう影野に、二階堂が補足する。
「す、過ぎ去ってくれたらまだいいよ。僕、中学の頃は苛められてたから……そこまで行っちゃうともう、終わりがなくなる。ぼ、僕は、親の判断で遠くに引っ越してくれたから、今は楽しく暮らせてるけど」
「それでお前ら、松本がいちゃもんつけてきたときも何も言わなかったのか」
「うん、反論するだけ無駄。あの空気は絶対に覆せないから。
でもだから、今回亜久津君が一緒に来てくれたのは、ぶっちゃけ嬉しいんだ。そういう人と話せる機会って、今までなかったから」
皆がまた頷く。そんな中、影野は、俺にしか聞こえないくらいのか細い声で告げた。
「分身体である君にどんな思惑があるのかは分からないけど、ね」
こいつはやっぱり、なかなか鋭いな。分身体で来た理由が怪しまれてる。しかし今は何とも言えんしな……俺は無言を選択した。そこで急に、
「みんな、止まって」
菅原が鋭く言う。
「林の前の方、不自然な物音がする」
森、変にそっちを気にすんなよ。




