斯くして陰キャは追放されるに至る
「菅原、立て!!」
影野が振り返って叫ぶ。転倒した菅原を気にかけて、他の二人の足も止まる……見捨てないのは美徳かもしれんが、このままだと全員共倒れだぞ!?
俺も慌てて身を翻す。こっちは分身だから、直撃したところで大きな支障はない。あいつらを担いででも逃げないと。
だがミスった!
逃げるのについ速度を出しすぎて、無駄に距離が開けてしまった……間に合うか!?
しかしそこに、猛スピードで突進してくる影が。
「あんた達、何やってるのよ!?」
「佐々木!?」
『唯一賢者』の佐々木朱莉だ。彼女が人間離れした速度で菅原の前に到達するも、眼前には既に火球が!
「『アイシクルウォール』!」
間一髪、佐々木が呪文を唱える。
出現したのは大きな氷の壁、火球の行く手を阻む。
紙一重のタイミングだ。火球が氷壁に激突すると、急速に熱せられた氷が蒸気に変わり、視界を遮っていく……いや、この熱気、攻撃を防ぎきれていない!?
「ちくしょう!!!」
俺その23~26は、強引にクラスメート五人を蹴り飛ばしていく。怪我するかもしれんが、後で橘にでも治してもらってくれ!!
おらあ、佐々木、お前で最後だ!!
「きゃあ!!!」
女子だからと言って手加減はしていられない。
何とか彼らを火球の軌道外に跳ね飛ばしたのを確認すると同時に、俺その23~26は揃って火球に包まれ、そのまま蒸発した。
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「……終わったか?」
分身の23~26は消えてしまったため、影野達の安否は分からない。
しかし他の個所では、既に魔物たちは姿を消し、新たな攻撃の気配もない。
すると、後方から声が聞こえる。
「勇者様、撤収です!
防衛は成功、城へ戻ります!!」
さっきの姫さんか。どうやら今回の交戦はここで終了のようだ。
俺は皆に着いていきながら、転移装置に向かった。
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城に戻ると、全員の安否が確認される。
幸い、影野達も佐々木も無事だった。今回の交戦で目立った負傷者はなし。俺が強引に蹴り飛ばした結果、影野達四人はどこかしらの骨が折れていたが、橘に治してもらえたようだ。松本は鬼の形相だったが。
ちなみに佐々木は『唯一賢者』というだけあって、ステータスアップの魔法が使えるらしい。「防御」のステータスをAにまで上げていたらしく、「あんな蹴りくらい、どうってことないわ」とのことだ。駆け付けたときの猛スピードも、魔法で「筋力」「敏捷」を強引にSまで上げたらしい。とは言えSは別格のため、佐々木でも魔法力を相当消費するようだが。
「魔法力が十分なら、あの攻撃も防げた」とは本人談だが、誇張表現ではないのだろう。
戻ったはいいものの、さすがに皆疲労困憊だ。体力というより、精神的な方が来ているように見える。城の迎賓食堂にて豪華な夕餉が振舞われるも、口に入れるだけで精一杯、という雰囲気。
日も暮れ、クラスメートの多くは、各自にあてがわれた寝室に入っていった。
寝室とは言え、冒険者用の宿屋なんかと違い、テーブルやソファ、飲み物や軽食などが完備され、部屋自体もやたら広い。一応ソファに腰掛けてみてはいるものの、何だか落ち着かないな……そう思っていると、ノックの音が聞こえる。音が絨毯に吸収されるのか、ドアの乾いた音だけが耳に届く。
「誰だ?」
「ボクだよー」
セイラか。俺はドアを開け、彼女を招き入れた。
「ユーゴ君、まずはお疲れ。大活躍だったじゃない。『分身』、役に立ったみたいだね」
「どうだろうな。確かに強力だったが、松本達やあの人型達を相手するのは厳しそうだ」
「毎回言うけど、あんまり強すぎると『ストーリー』を壊しちゃうからね。ZPどころの話じゃなくなるし、運営に目を付けられたら、活動できなくなっちゃう」
「運営?」
「うん、『クリエイター』達の活動を監視・管理する組織のこと。と言っても彼らもまた『クリエイター』なんだけど。要は、不正しないで健全に創世しましょうね、ってこと」
「ええと、俺たちは不正をしているのか?」
「実はそうなるんだよね。どんな世界であれ、外部から不当な干渉を受ける謂れはないし。
だからボクとしては、なるべくひっそりとやっていきたいわけ」
「なるほど、潜り込んだ世界の『クリエイター』が一番厄介だと思っていたが……」
「いくらボクでも運営に逆らう力はないからね。
運営から警告が来た時点で、ボクらの活動はお終い。BAN、つまり力を取り上げられちゃったら、君を転生させる約束も果たせないし」
そうなのか……だが、ここまで来てしまったからには、途中でやめることはできない。
行ける所まで行くしかないか。
「うん、その通りだよ。できればこれまで通り、陰からストーリーの流れをコントロールする方がいいね」
「了解。じゃあ話を戻すが、俺たちは一体何と戦っているんだ?」
俺は、自分とクラスメートで認識が異なる点があることをセイラに説明する。
「ユーゴ君の予想通り、このクラスには、認識阻害の魔法がかけられている。ボクとユーゴ君に関しては、クリエイター権限で無効化しちゃったけど」
「やっぱりか。つまり、相手の人型の実際の声姿を、クラスメートは認識できていない訳だ」
「そういうこと」
何のために?と思うが、予想はまあつくな。
「ご察しの通り、王国の仕掛けだよ。召喚した勇者達が、罪悪感なく敵を殺せるように、ってね」
やっぱりそうか。
つまり、種族こそ違えど、この国も隣国も大して違いはないのだろう。奴らは魔物を操り攻めてくるが、こちらも武器を使うのだ、戦争という点において大差はない。戦争の理由は知らないが、相手が知性ある者と知れば、殺戮を躊躇う者も出てくるかもしれない。
「そういうこと。もっと言えば、彼らの元いた世界では、そもそも戦闘自体が非日常なんだ。殺しの覚悟なんてないよ。でも王国側としてはそれじゃあ困るから、敵はとにかくすぐに殺したくなるくらい嫌悪感をもたらす物、と設定しているんだね」
「なるほど……やっぱりこの戦争、きな臭いな」
「まあね。その辺がこれからどう絡んでくるかは、『ストーリー』でもまだ公開されていないから、分からないけど」
「そうか。ちなみに、直近で今後どうなるかは?」
「ボクらが動いちゃってるから何とも言えないけど、おそらく影野君たちが追放されるよ」
「やっぱそうか……」
その展開は何となく予想がついていた。しかし気になるのが、今回は戦争だということ。今までとは違い、間違ってしまった一歩が死に直結しかねない。
俺がしばらく無言でいると、セイラが一言。
「色々注文つけちゃってごめんね?でも、ユーゴ君のやりたいようにしてくれたら大丈夫だから」
よし、了解です、女神様。
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翌朝。
昨晩と同じ食堂で朝食を摂り、お姫様から、今日は午後から連携訓練を行うことを知らされる。
俺の隣にいた委員長が、
「訓練と言っても、兵士の皆さんも優しいから、そこまで肩肘張らなくて大丈夫」
と耳打ちしてくれた。
午前中は自由とのことで、ひとまず例の大広間で休息しておく。他のクラスメートも、ほとんどがここで談笑しているようだ。
そして十一時頃、室内一大きな観音開きのドアが、派手に開けられる。
「みんな、集まってくれ!!」
松本だ。後ろにはお姫様もいるな。
「昨日の防衛の反省をすると共に、伝えたいことがある!!」
十五分もすると、クラスメートの全員が広間に集合した。松本を中心に、各々が適当な椅子に腰かけている。
「拓真、どうしたの?」
クラスを代表して、佐々木が松本に尋ねた。
「ああ。俺、やっぱり昨日一晩考えたんだ。それで、決断することにした。
影野!菅原!森!二階堂!
ちょっと前に出て来い!!」
始まったか……影野達四人は後ろの方にいたが、相当にビクビクした様子で松本のいる中央に歩いてくる。
「お前たち四人は昨日、あかりんを危険な目に合わせた!」
「ちょっと、拓真!?」
佐々木が驚いて止めに入ろうとするが、松本はそれを手で静止するジェスチャーをした。
「あかりん、ちょっとだけ黙っていてくれ。
昨日はこいつらを守ってやったんだろ。あかりんは優しいしカッコいいからさ、『あれは私が未熟なせい』とか言うと思うんだよね」
「……ええ、まさにその通りよ」
「でもさ。誰かが言わなきゃダメだ。
こいつらは戦争に出ても、何もしていない。みんな、自分のできることを頑張ってるのに。
結果、敵の攻撃の標的になって、そのとばっちりが、B組エースの一人、つまりあかりんに来てしまった。
これってさ、どう考えてもこいつらのせいじゃない?」
「そ、それは……」
佐々木が咄嗟に反論しようとするが、言葉に詰まってしまう。そんな佐々木を待たず、松本は自身の主張を続ける。
「幸い、亜久津が動いてくれたおかげで、全員無事だった。ま、こいつらは怪我してたけど、響香が治してくれたしな……正直魔法力の無駄遣いだと思うけど。
でもそれは結果論ってヤツで、あの火の玉はあかりんに直撃しててもおかしくなかった。そうなると相当ヤバかったと思うけど?」
「ええ……あの魔法は予想以上に強力だった、受けていたら死んでいたかもしれないわね」
そこは佐々木も正直に認める。
「でしょ?
あかりんが死ぬ、この意味、みんな分かる?エースの一人がいなくなるんだよ?
あかりんが背負ってくれてた役割がぜーんぶなくなって、みんなでそれを埋めないといけないんだ。ひょっとしたら、戦力ダウンで、他のメンツもやられちゃうかもしれない。
あかりんが死ぬっていうのは、そういうことだよ。
こいつらが仕出かしたのは、それだけのことなんだ」
すると今度は、陽キャグループのもう一人、花田が手を挙げた。
「お前の言いたいことは分かった。だが分からないのは、お前がどうしたいかだ」
「翔っちの言う通り、本題はここから。
影野、お前ら四人、この戦争から足洗えってさ」
これにはさすがにクラス全体がざわめく……だが松本は両手を挙げてそれを制した。
「みんな、落ち着け。残念ながらこれは、そんなに良い話じゃない。
さっき俺も、グロリアに相談したんだ」
グロリアというのはそこにいる姫様の名前だが……いつの間に呼び捨てできるほど偉くなったんだ?
その姫様が話を引き継ぐ。
「我々も、皆様に戦争でご活躍いただいているからこそ、こうして厚遇を約束できるのです。
戦争に貢献できていない者がいるのであれば、残念ながらそれをいつまでも城に置いておくことができません。この国から出ていっていただきます」
「え?」「嘘!?」など、あちこちから上がる驚愕の声。そんな中、佐々木が声を張り上げた。
「拓真、それはさすがに厳しすぎない?せめて、戦争には参加しない、とか、城から出て行ってもらうだけにする、とか……」
しかしその佐々木も、言いながら語尾が尻切れ蜻蛉になっていく。
「あかりんも気付いたでしょ?
俺たち好き好んで戦争しているわけじゃないし、降りれるなら降りたいって人もいる。
あかりんの言う程度じゃ、罰よりもむしろご褒美だよ。
俺たちには金もないし、身体を傷つけたりとかじゃなければ、国からの追放くらいで済むならむしろ穏便じゃね?」
いやいや、どこが穏便なんだ。働き口もないだろうから、野垂れ死ねと言ってるのと同義だぞ。俺もさすがに見かねて手を挙げた。
「松本」
「何だい、亜久津?」
「こいつらは何もしていない訳じゃない。戦争時に上空に光が発生するの、気付いてるか?」
キョトンとする松本、どうやら知らないみたいだな。
「この四人は、協力してその光を消している」
俺は昨日見た手順を、皆にも分かるように説明した。松本は腕を組んで聞いているが……。
「それが、何?」
俺の説明が終わるとそう言い放った。
「だから、あの光は危険なものかもしれないから……」
「その証拠がどこにあるの?
訳が分からないものにこだわって、また他の誰かを危ない目に合わすの?」
「いや、そういうことじゃないが、せめて光の正体を見極めてからでも……」
「亜久津さあ!!」
俺の言葉を遮って、松本が強めに叫ぶ。
「昨日の動きから、結構できる奴だなって見直したところだったんだけど」
言葉を切る松本。
「俺に、逆らうの?」
俺は思わず周囲を見渡す……視線は影野達でなく、俺に集まっている。凍てつくような、冷たい視線が。これがスクールカーストって奴か。対応をミスったかもな、しまった。
俺のそんな逡巡を他所に、松本が無情に言い放った。
「ま、いいわ。
じゃ、多数決で決めようぜ。みんなー、『影野達に出て行ってもらった方がいいと思う人』は手を挙げてくれ~」
松本の突然の提案に皆戸惑ったようだが、ややもすると、パラ、パラ、と挙手の人数が増えていく。八割くらいの手が挙がったところで、それが止まった。
松本は明らかに満足げな顔で言う。
「ほら、人数数えてないけど、これもう決定でいいっしょ?みんなの意思により、影野達とはここでサヨナラでーす!!」
……ダメだったか、俺では。一応食い下がったんだが……。
そして当の影野達はというと、がっくりと項垂れてはいるが、一連の騒動の中、自ら反論を述べることは、結局一度もなかった。




