お前は何を見ている?
影野達の話を聞くのと並行して。
俺その11~14が、魔物の軍勢の後方まで辿り着き、数名の人型の魔物?がいるのを発見した。見た目から察するに、男四人、女二人といったところか。
しかしよく見ると所謂人間とは異なり、縦長の耳が頭の上の方についている。皮膚の色も紫色に近い。また、各々に尻尾が生えていた。形は色々だ。
「ほう、ここまで来れる者があの少年以外にいるとはな」
あ、見つかった。
ロングコートのような服を着た長身の男が、真っ直ぐこちらを見据えている。髪の毛は緑、短めだ。尻尾は短いが太く、見た感じは爬虫類のそれに似ている。
腰に剣を差しているのは分かるが、鞘が長い……刃渡りが普通の剣の二倍くらいはありそうだ。
俺は一瞬退避を検討するも、すぐに却下した。とりあえずは分身だ、ひとまず交戦してみて、相手の実力を測ってみようではないか。
サイクロプスの時と同様、四人ばらけながら相手の方に駆ける。
向こうも、最初に目が合った長身の男一人、俺たちに向かって走ってくる。
俺たちは剣を抜き、同時に奴に飛びかかった。しかし奴も剣を抜いて叫ぶ。
「ギユジブノ・アラス!!」
うお、あぶね!!
叫んだ言葉の意味は分からなかったが、奴の長剣の一振りは鋭く、俺は慌ててその12の剣で受け止める。
「ヒューヴァラ・ゴエガ!」
あ、斬られた……その13があえなく消滅。
あいつ、その12に受け止められた時の反動をそのまま利用して、その13に刃を返してきやがった。
俺はこれで三人になる。
うーん、こいつは格上だ……仕方がない。今ここにいる三人は、仕留めることよりも、足止めを優先しよう。
そのうちに、他のクラスメートなり追加の分身達なりが訪れるのを待つことにする。
三人で奴を囲み、じりじりと距離を詰めていく。しかし、
「トリプヒャト・ジグマ!!」
また謎の技名を叫ぶと、今度は俺その14に向かって斬撃が飛ぶ。
「危ね!!」
その14は身を捩って避けるが、
「え、何で?」
避けたつもりが、改めて真っ二つにされた……地面に残った斬撃の痕をよく見ると、俺の手前で三手に分かれている。そうか、避けたつもりが分かれた斬撃に斬られたわけね。
そうして俺その14も消滅。
残された俺が二人になったのを確認すると同時に、奴が高速で近寄ってくる。
ちくしょう、こいつの長剣、リーチが長いうえに、速すぎる!!
俺は防御に徹して何とか致命傷を避けていくが、こちらの攻撃を当てられる気がしない。人数がもう少しいれば隙を演出できるかもしれないが、分身の増援が来るのにはもう少しかかりそうだ。
「……時間稼ぎ、か」
「まあな。悔しいが、今の力でお前に勝つのは無理そうだ!」
そう応じると、奴は一瞬目を見開いた。
「言葉が通じるのだな」
「そうだけど?」
すると奴は後方に跳躍し、構えの力を緩める……しかし残念ながら、俺ではその隙でもつける気がしない。
「其方はなぜ戦う?」
「魔王を倒すため?」
「なぜ我らが王を打ち倒す必要が?」
「世界の平和を守るため?」
「……そういうことか、哀しき被召喚者よ」
奴は物憂げな顔で改めて剣を鞘に納めた。
「其方は他の者共とは違うようだ、できることならこの地を去るがよい。
次に出会ったときも我らに刃を向けるのなら、その時は容赦せん」
いやいや、それだけ言われても分からんし、もうちょい説明が欲しいのだが。
ところが、
「どりゃーーー!!!!」
派手な雄叫びと共に、猛スピードで突っ込んできた奴がいる。
「松本か!」
「よう、亜久津。手柄を独り占めしようったって、そうはいかないぜ!!」
「いや、俺ではこいつには勝てんから、足止めに徹するしかできなかった」
「あ、そうなん?ならグッジョブ!俺が来たからにはもう安心だ!」
「いや、それが、相手も引くってよ」
「はあ?何言ってんの?」
「だから、あいつは俺に対して、『逃げろ』って」
「ええ~、亜久津、あんなキモいのと意思疎通しようとしてんの?」
確かに人間とは見た目が異なるが、キモいは言いすぎじゃないか?むしろあいつは割と、美形な顔立ちだと思うのだが。
「無駄だ、分身の異能を持ちし者よ」
「え、無駄って?」
しかし松本は、
「ほらあ、あのグギャグギャ言う声もキモいし、何か全身ドロドロじゃん?顔もモロ化けもんだし、まさに悪魔って感じだろ」
何を言ってるんだ?しかし相手も、
「普通はこうなのだ」
というだけで、改めて剣を構え直す。
「来るぞ!」
「任せな、手出しすんじゃねえぞ!」
松本に向かって突っ込んでくる相手の男。相変わらず長剣のリーチを活かしながら、高速で斬撃を飛ばす。
しかし松本の方もそれは見えているのか、身を屈めて横へと移動。相手の斬撃はまた三つ又に分かれるが、俺その13と違い、松本はしっかりと剣の脇腹で受け流して、反撃に転じる。
すぐに二人は激突。
チュイン、チュイン、と、金属同士が高速でぶつかり合う音だけが戦場に響く。長剣のリーチ分、奴が押しているようには見えるが、速さは松本の方が上だ。
奴の表情から感情は読めないが、松本の方はまだ余裕がある。
「まだまだぁ!!
『超剣技・瞬連牙』!」
松本が技名を叫ぶと、途端に剣速が増す……これには奴も焦りを感じたようだ。松本の攻撃を捌きながら、だんだんと後退を始める。
しかし松本の剣は速さを増し、
「おらあ!」
気合一閃、ついに相手の長剣を弾く。
奴の長剣が松本から逸れた、一瞬の隙。
「今だ!『超剣技・豪鋼両断』!」
松本は振り被った剣を一気に振り落とす。奴も長剣で受け止めようとするが、
「く……」
松本の剣技は、長剣を真っ二つにしていた。
「む、無念……」
最後の呟きと共に、奴は胸から血飛沫を飛ばし、そのまま倒れ込む。
「ふう……」
一息ついている松本……ここまで強いんなら、確かに戦争のエースと自称するのも分かる。
「兄様ーーーー!!!」
あ、向こうから仲間が走ってきた……女の子一人。奴らのことは知らんが、こっちの基準で見るとなかなかの美人だ。髪の色は男と同じ緑、尻尾は蛇みたいでチロチロしている。
「兄様、兄様、しっかり!!」
発言から察するに、奴の妹だろう。倒れた兄に寄り添い必死に声をかけている。しかし気の毒だが、戦争とはこういうものだ。死ぬときはあっさり死ぬ。
俺がそんなことを思っていると、
「『超剣技・一刀両断』!!」
「か……は……」
松本が妹の背中を斬りつけた!?
「おい、松本、何やってんだ!?」
「何って、魔族は殲滅だからな。相変わらず何言ってるか分からんし、俺、こいつらのこのキモい感じ、生理的に無理なんだわ」
「いやいや、女だぞ!?しかもそいつは妹で、兄の死に駆け付けただけだ!」
「はあ?お前こそ何言ってんの?もしかして妄想かなんか?」
……話が通じない。ひょっとすると本当に、俺と松本では見えている物が違うのか?
これは確認が必要だ。本体の方に動いてもらおう。
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「ぶは!」
こちらは俺本体。
「なあ、委員長」
「どうしたの?」
「人型の魔物はいるのか?」
「一応、一種類は確認されている。と言っても、肌がドロドロで顔も鬼のよう、なかなかグロテスクな見た目だよ。声も聞いてて不快になるような感じ。亜久津も、見たらすぐにわかるよ」
委員長も、か。
俺の脳裏に「洗脳」という言葉が浮かぶが、今はこれ以上確かめようがない。
魔物たちが退却していく。やはり、松本の斬った人型は敵軍の主要人物だったのだろう。
……ん?
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こちらは俺その11、12。最前線にて、松本と敵の様子を伺う。
人型のうち、残った女の一人が、俺たちとは別方向に手を翳した。
「ファボヤ・イール!」
すると直径三メートルほどの火球が発生、それが高速度で前方へと進んでいく。
直撃したらやばそうだぞ、軌道上には誰がいる!?
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俺その11達の情報を受けて、残っている分身たちで情報を共有する。
魔物たちは火球を避け、退却に徹している。今のところクラスメート達は被害にあっていないが……。
「おい、影野達。やべえのが来る、ここにいると直撃だ」
そう、火球の軌道上にいるのは、俺その23~26と、影野達四人だ。
俺は退避を彼らに促すが、
「待って、またあの光が!」
二階堂の『虫の声』か!
「どうする、二階堂!?」
逃げかけていた影野が、焦った表情で叫ぶ。
「ごめんだけど、潰しておいた方がよさそう!」
「分かった、お前を信じる!
菅原、頼む!」
「ええと、ええと……後ろ上方七十度、四十メートル!」
「『拒絶』!」
「『瞬間移動!』」
おいおい、光は消せているが、いよいよ目前に火球が迫っているぞ!
「に―げーろーー!!!!」
俺たちは一目散に駆け出す。ギリギリ避けられそうだ!
「あっ……」
って、菅原がこけた!?




