クラス転移の真っ只中へ
珍しく多忙になり、前回更新から間が空いてしまいました……すみません。
【新着】不具合報告
◆報告者:夢香様
◆作品名:『悪役令嬢として糾弾されたので学校を休学したけど、商会運営が楽しすぎてそんなことはどうでもよくなってきました。』
◆報告内容:作品が、想定していない展開に勝手に改変されています。バグか、誰かが操作したのではないでしょうか。原因の究明をお願いします。
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新しい任務が入ったという理由をつけて、貴族院の面々に別れを告げ、俺たちはまたあの黒い空間に戻ってきた。
「寂しい?」
「へっ、別に」
「まーた、強がっちゃって。いいじゃない。寂しいってことは、それだけ仲良くなれたってことだし、そんな人たちをユーゴ君は救ったんだよ」
分かってるさ、そんなこと。ただ、好きな子の前では弱みを見せたくないのが男の性なのだ。
「えー、たまには弱いところを見せられた方が、ギャップでキュンと来ちゃうと思うけど」
「それは女子側の都合だろ。
さあ、それで、次はどんな世界に行くんだ?」
「それなんだけど、また予習をしてもらおうかな」
セイラがパチンと指を鳴らすと、またテレビと箱が出現する。
箱は前と違う形だが……コントローラはどこだ?
「ユーゴ君、これはディスクプレーヤー。今回はドラマを見てもらいます」
「ドラマ?」
「うん。テレビの中で演劇を見ると思ってもらったらいいよ」
「ほう」
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「お゛ーいおいおいおい……」
何度目かの号泣をするセイラ。
はいはい、お顔が涙と鼻水でぐしゃぐしゃですよー。俺はティッシュでセイラの顔を拭う。
「ばびがと……」
数分後には落ち着いたのか、セイラも元に戻る。
「いやあ、何度見ても『銀六先生』は感動するね」
俺が見せられたのは『3年4組銀六先生』というタイトルのドラマだった。全二十二話の長丁場だったが、先ほどようやく最終回を見終わったところ。一話一時間で、最終話は二時間だったから……うわ、ほとんど二十四時間じゃねえか。
疲れない、腹も減らない、眠くならない、この空間だからこそできる芸当だな。
「それで、今度はこの『銀六先生』の世界に行くのか?」
「ううん、違うよ」
違うんかい。
「このドラマは、ボクたちクリエイターの世界感ベースの作品。この『学校』の感じを分かっておいてほしくてね。
下位世界に移動した際、ボクの力で知識自体を備え付けることはできるけど、雰囲気みたいなものまでは分からないだろうから。
次の世界も、世界観としてはユーゴ君の元いた世界に近い。剣と魔法の世界。そこに、ある学校の一クラス全員が転移してくる。その時に、みんなが何かしらの能力を授かってね」
「能力?」
「まあ、剣がすごい使えるとか、強力な魔法使いとか、そんな感じ。
この転移は人為的なもので、その世界の住人が、魔王と戦う勇者として、別の世界から彼らを召喚したって設定かな」
「何だそりゃ、いい迷惑だな」
「まあ普通はそうなるんだけど、ボクらの世界には魔法とかないからさ。そういう世界への憧れって、特に十代の頃は強いんだよね。だから、結構みんなノリノリで戦うことが多いかな」
「そうなのか……大丈夫か、そいつら?」
「まあそこからのパターンは色々なんだけど、今から行く世界の子たちが実際どうなのかが大事だからね。これ以上は、行って見て判断するしかないかな。基礎知識は前みたいに身に着いた状態にしておくし」
「なるほど、分かった」
「じゃあ、早速」
セイラがパチンと指を鳴らすと、周囲の暗闇が崩れていき、だんだんと世界が変わっていく。最初は驚いたが、今となっては慣れたものだな……つーか、めっちゃ眠いのだが……。
俺は急激な眠気に身を任せることにした。
ぐう。
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「うーん……」
柔らかいベッドの感触を確かめながら、俺は身体を起こす。何だか薄暗い部屋のようだ。ドアは開かれており、隣の部屋から灯りが差し込んでいる。
すると、誰かがドアからこちらを覗き込み、叫んだ。
「おお、亜久津が起きたぞ!」
……そうか、俺は今、亜久津悠悟。公立石神高校二年C組の生徒だ。
頭が覚醒していくにつれ、情報が頭に飛び込んでくる。セイラの仕込みだな。
あれは、クラス遠足の途中。俺達のクラスのバスが山間のカーブを曲がる際、バイクが強引に内側を抜けようとして。慌ててバスの運転手がハンドルを反対に切ったところ、車輪が道を踏み外し、崖に転落……しかけたところまでは覚えている。女子の悲鳴が頭に残っているな。
とりあえず俺は、明るい方の部屋へ移動することにした。
……やたら豪華だな。まずクラスの三十一名全員が寛げるほどの広さの空間。床には厚手の絨毯が隙間なく敷き詰められている。煌々と光を発するのは、天井からぶら下がる巨大なシャンデリア群。そこかしこにソファやテーブルが置かれており、そのどれもが一級品に見える。クラスメイト達は各々好きな場所で休んでいるようだ。全員が、ドラマで見たような制服姿だな……って、俺もか。
この世界の生活基準は分からんが、俺の元いた世界なら、こんな部屋、大貴族の邸宅か、下手したら王城にしかないぞ。
俺が面食らっていると、眼鏡をかけた男子が話しかけている。ええとこいつは、黒田。学級委員長だ。
「亜久津君。気付いたらこんなところにいて訳が分からないだろうが、状況を説明させてくれないか?」
確か学級委員長ってのは、クラスのまとめ役だったな。それを務めるだけあって、さすがに面倒見がいい。
「ああ、頼む。バスが落ちたところまでは覚えているんだが……」
「そう、僕らを乗せたバスは、崖に落ちかけた。
だが僕らは全員生きていて、その部屋に寝かされていたんだ。起きる時間には個人差があって、僕は三番目だった。亜久津君、君は二十八番目だよ」
「となると、ほとんど最後の方だな」
「うん。僕が目覚めてからは、既に五日が経つ」
「五日!?そんなに寝てたのか」
「そうなるね。そして、今から言うことが一番非現実的に思えるかもしれないけど……」
「何だ?もったいぶってないで、教えてくれよ」
「うん。ここは、いわゆる異世界にあたる場所だ」
「異世界?」
「最近マンガやアニメでも流行っているだろ?現実とは違う、剣と魔法の世界に行ってしまうような物語が」
「そうなのか?」
やべ、素が出た。
「亜久津君はそういうの読まないんだな。とにかく、この世界には剣と魔法がある。
僕らは召喚されて、ここにやってきたんだ」
「な、何だって!?」
とりあえず驚いてみるが……不自然じゃなかったかな。
「その証拠に、僕らには一人一人『アビリティ』が備わっている」
「アビリティ?」
「うん。例えば僕の『アビリティ』は『状況分析』。その名の通り、状況を的確に分析して、作戦を立案する力さ。
自分のアビリティについては、意識すれば自然と頭に情報が流れてくるんだ。やってごらんよ」
委員長の言う通り、『アビリティ』とやらについて意識してみると……なるほど、確かに、俺のアビリティ――『分身』についての情報が把握できる。
「俺の『アビリティ』は『分身』みたいだ。ほら」
とりあえず、自分のコピーを二つ発生させる。
「俺が本体」
「「俺たち二人がコピー」」
「「「戦闘能力や思考能力は全員全く同じ。コピーの受けたダメージはそのコピーの身に返り、死亡するとコピーは消える。本体への影響はなし。コピーを増やせる人数は込める魔法力量次第」」」
俺はそこでコピーを消す。
「二人くらいなら、ほとんど魔法力を消費した感じがしないな……十人くらいなら余裕で行けそうだ」
そこまで言うと、委員長が慌てたように言う。
「ま、待って。その能力、ステータス次第ではかなり強いかも」
「ステータス?」
「うん。ステータスウィンドウを出してみてよ。これが僕の」
お、何だ?黒田の前に文字が浮かんでいる。ステータスウィンドウ……俺もできるのか?
「お、できた」
俺の前にも、黒田と同じような文字が並んだ。ええと、何々?
体力 :B
筋力 :A
敏捷 :A
防御 :B
魔法力:C
知力 :B
「らしいぞ」
「す、すごいよ!Sステこそないけど、ほとんどがAとBだし!
アビリティの魔法力消費量が少ないみたいだから、魔法力がCなのはマイナスにはならないよ」
「そうなのか?」
俺がピンと来ないでいると、他の男子生徒が声をかけてきた。
「いいんちょ、亜久津はそんなイケそうなのか?」
「松本君」
そうか、こいつは松本拓真。委員長が役割としてのリーダーなら、松本はクラスの実質的リーダーだった。スポーツが得意なイケメンで、明るい性格から、男女ともに人気がある。
そんな松本が得意げに言う。
「俺の『アビリティ』は『超剣技』!見ろよ、このステータス」
体力 :A
筋力 :S
敏捷 :S
防御 :A
魔法力:B
知力 :B
ほう、俺より全然よさそうじゃないか。
「何だかすごそうだな。だが、このステータスやらアビリティやらは、何に使うんだ?」
「そりゃあ、魔族との戦いだよ」
「戦い?」
「あ、松本君、そこはまだ説明できていないんだ。
亜久津君、僕らはこの世界に召喚されたって言っただろう?」
「ああ、そういう話だったな」
「召喚したのは、ヒューマランド王国の王族達。この国は長年、魔王の支配するガンディビル国と、戦争状態にある。僕たちは、魔王の手から人間たちを守るためにこの世界に召喚されたんだ。世界を超える時に、強力なステータスとアビリティを得る例が多いらしい」
「……」
俺はその話の時点で碌な想像ができないが、こいつらはそうでもないのだろうか?どう反応したものか迷っていると、松本が言う。
「ゲームで言えば勇者だよ、俺たちは。悪の魔王から世界を救うんだ。
それでいいんちょ、結局亜久津の能力ってどうなん?Sステはないんだろ?」
「そうなんだけど、アビリティの『分身』で、自分の数を十人とかにできるからね。当然、全員が筋力も敏捷もA。そんな分身達と一緒に、一斉攻撃ができるんだよ」
「あ、なるほど!それは確かに強そうだ!!」
得心がいったような松本。
「じゃあ、亜久津。共に戦う仲間として、これからよろしくな」
そう言って松本は、手を差し伸べてきた。まあ一応その手を取ってやるか……。
「ああ、頼む」
松本は満足げに頷くが、一転、あちらのテーブルにいる男子数名を睨みつけた。
「ほらあ、亜久津も期待できる能力を持ってきたぞ。それに比べてお前らはさあ」
何だ?何が始まるんだ?




