その風は誰が為に
※2話同時投稿の2話目です!
明らかに苦しむ黒ミリア。
放射は五分程度続いただろうか。黒ミリアを包んでいた黒い靄も、だいぶ少なくなっている。
「はあ、はあ……どうして私ばっかり…… 辻本君、ずっと好きだったのに。最近知り合ったあの女と付き合っちゃうなんて……見てくれがいい女はみんな、男に媚びてばかり!でも男はそんな女に寄っていくわ……私の方なんて見向きもしない!」
「まあ確かに、男の前でだけ態度が豹変する女子もいるけどよ。ただ見てるだけで好かれる努力ってのを怠る奴より、綺麗になろうと毎日頑張ってて、意中の男に何とか見てほしいって気持ちの女の子の方が、当然魅力的に見えるんじゃねえの?
ましてやお前みたいに、嫉妬丸出しで他に八つ当たりするような女は、俺なら願い下げだけどな」
「……あ゛あ゛ーーーー!!!!」
号泣する黒ミリア。靄が収まっていく……。
「ZPの残滓、回収するよ」
セイラが小瓶を差し向けると、最後の靄がそこに吸い込まれていった。
それと共に、黒ミリアの身体が淡いオレンジ色の光に包まれ、光と共にその身体が消える。光はそのまま白ミリアの方へと移動していくと、彼女の胸に宿り、すぅと消えてしまった。
「ちょ、ミリア、大丈夫なのか!?」
ミヒャエルが慌てて呼びかけるも、
「寝ている……」
ミリアはすうすうと寝息を立てていた。
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この世界のクリエイターも撃退し、ZPの残滓も回収した今、ここに長居する理由はない……とは言え、今回は関わった人間も多くなってしまった。
俺はセイラと話し、事態の落ち着きを見るまでは残ることにした。
という訳で、あの大立ち回りから二週間。
「そういえば、前の世界ではさっさと退散しちゃったけど、アポロ君達からしたら、俺らが急に消えたことになるのか?」
「いや、あの後ボクがストーリーを調整して、自然な形で別れたことにしておいてあるよ」
「あ、そんなことしてたんだ、さすがは女神」
「えへへ。
でもユーゴ君も、女神になったじゃん」
「……そうだっけ?」
「あー、なかったことにしようとしてる!ダメだよ、ボクはしっかり覚えてるからね!ユーゴ君が、『セイント・ホーリー・レイン・アンド・レイン』って叫んでたところ」
「『セイント・レイン・オブ・ホーリー・レイズ』だ!」
……しまった!?
「ふっふっふ」
不敵に笑うセイラ。
あー、完全に墓穴った……黒歴史として葬り去りたいのに。
とまあ、いつもの中庭でそんな会話をしていると、
「よう、勇者様」
「おう、ミヒャエルか。って、それやめろや」
ミヒャエルがやって来る。ミリアも一緒だ。
「いやあ、まさかユーゴが勇者様の血を引く末裔だったなんてさあ」
「……本当に、私もどうかしてたわ。どうしてあんなにプリンセスにこだわってたんだろう」
結局、ZPを回収した結果、服部美沙子の魂はミリアの元へと帰っていったらしい。なので今話しているのは、実際は服部美沙子だ。ただし彼女の場合、転生したのはミリアの幼少期とのことだから、ミリアと服部の違いなどほとんどないに等しい。
と言うか、エリザも含め彼女らの場合、現世知識については「前世を思い出した」という感覚に近いらしい。急に人格が入れ替わったわけではなく、それまでミリアやエリザとして暮らしてきた記憶も普通にある。なので、ミリアまたはエリザでありながらも、服部または川島の人格も引き継いだという形のようだ。
そして肝心の黒ミリア騒動だが、あれは魔王ロットガルドの仕業ということにしておいた。
パーソナリティが伝説の魔王と一致していたのが大きい。
その分俺は、アクツエル家の次男というのは仮の姿、実際は魔王を追う勇者の末裔が作った組織の一員だという出まかせが追加されている。という訳でミヒャエルよ、俺は勇者ではなく、組織員Aだからな。
ミリアも「魔王に操られた被害者」という扱いで、罪も相当軽くなった……とは言え今は、「パーソナリティ剥奪の儀式」を行えるよう王子と話し合っているらしいが。
「次にどんなパーソナリティが発現するかは、若干恐いけどね」
ミリアがそう語ると、セイラが返す。
「でも、ミリアちゃんにはミリアちゃんだけの王子様がいるじゃない」
「……そうね。ミヒャエル、私のこと、ちゃんと見ててよね」
「おうよ。もう十年見てきたんだぜ、慣れたもんよ」
「ふふ……ちゃんと見てくれている人がいるって信じられるだけで、こんなにも心が満たされるのね」
「ミリア……」
「ミヒャエル……」
はいはーい、俺たちもいること、忘れてませんかー?けっ。
俺とセイラは仕方なく、その場をこっそりと去ることにした。
広い中庭を二人歩いていると、
「おお、ここにいたのか、ユーゴ」
王子が声をかけてくる。今は彼一人のようだな。
ちなみにあれ以降、王子と取り巻き四人は、一緒に行動する時間がぐんと減った。と言うのもエリザが物申したからだ。
「殿下、そして皆さま。仲が良いのは素晴らしいことですが、いつも同じ面々でしか行動しないのは、視野を狭めますよ。私はカレーの商会を通じて、様々な人と接することとなりました。そうして私の世界は広がり、貴族院での出来事など本当に些細なことだと思えるようになったのです。
ましてやあなた方は人の上に立つ身。そうなる前に、色々な人と交わっておいた方がよいのではないでしょうか」
取り巻き達はやや不服そうな顔だったが、王子がそれを受け入れた。それが彼らにとって良い影響をもたらすことを願う。
「エリザとのことだが、やっと再婚約を認めてもらえたのだ」
「そうなのですか。それは、誠におめでとうございます」
あの後、王子はエリザに改めて謝罪し、正式に再度婚約関係になってほしい旨を告げたらしい。だが、エリザはまさかの拒否。
「今は商会の方が大事ですし、ゆくゆくはクラウゼ家の領地経営にも携わりたいのです」
とのことだ。
「考えれば考えるほど、彼女以上に王妃に相応しい女性はいないのではという想いが強くなってな。王宮に戻り、父上と母上に直談判した。彼女が王妃となった暁には、クラウゼ領を含むいくつかの領地の運営を任せたい、とな」
「殿下、それは思い切りましたね。王妃様が政治に口を出すなど、前代未聞でしょう」
この世界ではそうなのだ。王妃は教育方面では力が強いが、政治的な力はほとんどない。
「ああ、だから最初は猛反対にあったがな。カレー商会の成功例を盾に、彼女の優秀さを封じてしまうのは国の損害であると申し立てたわ。
一応、顧問を立てるなどのいくつかの制約付きで、何とか認めてもらうことができたのだ」
「それは、ご苦労様でした。そして、エリザ様にはその件を?」
「うむ。『その条件なら』ということで、今後再婚約に向けて動く約束をしたぞ。
……まったく、こうも一人の女性に対し執着することになるとはな。少し前の自分なら、考えられんよ」
「ですが殿下、今の方が格段に良い表情をしておりますよ」
「うむ。これもユーゴが魔王を撃退したおかげだ。改めて礼を言う」
「いえ、使命ですから」
「卒業した暁には、私直属の騎士団への入団を約束しよう」
「……ありがたき幸せ、と申したいところですが、どうやらミリア様に宿っていたのも魔王の一部でしかないようです。おそらく、また別の地へ旅立つことになるでしょう」
「そうなのか……だが、仕方がないな。魔王が世界を脅かすとなると、私の騎士団どころの話ではない」
「申し訳ございません」
王子は話を終えて去っていく。
もちろん魔王の話は口から出鱈目なので、本当はそんな心配は要らない。
「ユーゴ君」
「何だ?」
「名残惜しいけど、そろそろ、ね。明日くらいにしとこうか」
「……ん」
この世界はもう、俺たちなしで廻り始めている。
柔らかな風が、木々を揺らす。
この風が、ミヒャエルや王子たちにとっての新たな息吹となればよいのだが。
そんなことを思いながら、俺は自身の寂寥を風に散らした。
【ケース2「ヒロイン・ミリアと、悪役令嬢エリザ(どちらも転生者)の場合」完】
ケース2終了です!
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……わざわざこんなこと書くのは、こんなことでも書いとくと何か影響があるのだろうかという実験です。って、それを言ってしまったら実験にならないのかもしれませんが!
あとは次章予告!
ケース3「クラス転移:松本拓真(陽キャ)と影野深夜(陰キャ)の場合」




