魅了の対価とは
お待たせしました。
俺たちが講堂に到着すると、ミリアは王子、取り巻き、エリザの前へと取り立てられた。
ユカリザの奴が一歩前に踏み出し、憎々し気な表情で述べる。
「殿下。ミリア・ヨハネス嬢が、そのパーソナリティを以て殿下を誘惑した罪は重い。
ここは、ヨハネス家の爵位を剥奪し、二度と我々の前に姿を表せなくするのが妥当かと」
待て待て待て。考え得る中でも一等重い刑を即座に提案するんじゃない。
しかしその声は、意外な人物によって封じられた。
「お待ちください。彼女の処遇に関しては、余罪の有無を明らかにしないと。私から彼女に確認してもよろしいでしょうか?」
エリザだ。
「うむ、確かにその通りだ。エリザ、私から言えた身ではないかもしれぬが、頼めるだろうか」
「承知しました、殿下。では、ミリア・ヨハネス。
まず成績改竄の件について、ザップロス先生の証言に、どこか間違いはありましたか?」
「……ありません。先生の言う通り、お願いして成績を書き換えていただきました。
本当に申し訳ございません。一学期の成績は本来のものとしていただき、その他どんな罰でも受けます」
「殿下に対して、パーソナリティは?」
「……使いました。私はどうしても、姫になりたかったので」
「その他のご友人方には?」
「使いました」
「なぜそんなことを?」
「……必ずプリンセスになる。それが、私の幼い頃からの夢でした。
それを叶えるためには、この方法がいちばんだと思いました」
「その他に、パーソナリティの使用については?」
「私のパーソナリティは常時発動型です。ただしある程度は、自分の意志で効果を強く発揮したいお相手を選ぶことができます」
「では、今まで話に挙がった、殿下、ユカリザ様、ギュンター様、カール様、ルドガー様、それからザップロス先生。その他に、あなたが意図的にパーソナリティを強めた相手は?」
「殿下達に気に入れられたかっただけです。その他の人の好意を受けてしまうと、逆にいざこざの元になると思い、先生以外には使用しておりません。
……あっ、もう一人、パーソナリティを使用した方がおりました。ですが……」
「それはどなたですか?」
「そちらにいる、ユーゴ様です。ですが、ユーゴ様にはパーソナリティが効力を発しているように思えませんでした」
「ユーゴさん、いかがですか?」
お、俺か?
「確かに、今のミリア様は薬でパーソナリティが抑えられている状態かと存じますが、私としては、ミリア様に対しては以前と変化がありません」
セイラのおかげなんだけどね。
「そうですか。
殿下、ミリアのパーソナリティの使用に関しては、校内を中心に、殿方に改めて事情聴取をしていくべきかと。
成績改竄の件の処遇は、貴族院が決めることですね。
という訳で、私からは特にこれ以上ありません」
エリザはテキパキとまとめると、先ほどまで座っていた席へと戻っていく……するとそこで、王子が慌てて呼び止めた。
「ま、待て。君はそれでいいのか?」
「私、ですか?」
キョトンとするエリザ。
「うむ。だって……」
王子は何かを言いかけるも、口を噤んでしまう。しかし、
「ああ」
エリザは察しがついたようにポンと手を叩いた。
「彼女が、そのパーソナリティで虜にした殿下を唆して、私を弾劾させた件ですね?」
「う、うむ、そうだ。弾劾した張本人たる私が言うのも変だとは思うが……」
狼狽える王子を見て、クスリと笑うエリザ。
「そうですね。確かにその件は、なかなかひどい仕打ちでした」
「す、すまぬ……。
そうだ、ミリア。それについてはどうなのだ、エリザに、その、虐められたとか言うのは?」
「あの時は自分でもそう思っていました……でも今考えると、確かにエリザ様本人から不当な仕打ちを受けたということは、なかった気がします。申し訳ございませんでした」
王子は軽く、ミリアは深く、それぞれ頭を下げた。
「ええ、謝っていただきましたので、もういいですよ」
「そ、そうなのか?君が被ってしまった被害は、そう軽いものではないと思うのだが……」
「言われてみればそうかもしれませんが、実は私あの後も、何だかんだ充実した日々を楽しく過ごしていたのですよ。それに……」
「それに?」
エリザは何だか悲しげな表情でミリアを見遣る。
「この方のパーソナリティも、なかなか酷な代物ではないかと思うので」
「どういうことだ?」
「だって、殿方を魅了できてしまうのですよ。それはつまり、近づいてきた方の気持ちが、彼女のパーソナリティに操られた物なのか、その方の本心からの物なのか、判断できないということではありませんか。自らに向けられた真実の愛を信じられない……それは女性にとって、最も残酷な仕打ちかもしれません」
エリザに指摘され、ミリアはハッとした表情で顔を上げた。
うーん、俺も全然気にしていなかったが、確かにその通りだな。そう考えると、なかなか哀れな気分にもなってきた。
だがまあエリザの件は片付いたので、後は王子たちがどう出るか、だな。
王子は腕を組んで、何やら考え込んでいる。エリザが話しかけた。
「殿下。元婚約者として、一言よろしいでしょうか?」
「う、うむ」
「【王器】……今こそ、その器が試されるときですよ」
すると王子も吹っ切れたように笑う。
「ふっ……確かにな。決めた。ミリア・ヨハネスよ」
「は、はい」
「余罪については、無論今後、その道の者に本腰を入れて調査させる。嘘偽りは暴かれるものと思え」
「はい」
「そして、私に対してパーソナリティを弄した件についてだが……。第三級罪科を与える」
「は、はい……」
ミリアの声が震える。
この国では、罪は一級から十級に区分けされており、級数が小さいほど罪が重くなる。第三級ともなると、かなりの重さだな。
「そして具体的には、第三級以上の罪科に適用される、『パーソナリティ剥奪』の刑に処す!」
「そ、それは……」
そんな刑があるのか、初耳だ。
「王家にのみ伝わる儀式を行い、パーソナリティを剥奪する。剥奪された者には、二度と同じパーソナリティは発現しない。
ただし、その後別のパーソナリティを得ることは可能である」
あれ、それってむしろ?
ミリアも王子の真意に気付いたようで、眼から涙が零れ落ちる。
「殿下……御宥恕に心より感謝いたします」
「……よい。これにより、君には前科が付くことになる。決して甘い措置ではない。
それに、これはあくまで私への行為に対しての刑だ。他の者への行為については、まだ決着がついておらぬ」
王子は取り巻き達の方に顔を向けるが、
「殿下。我々も、殿下の御心に従います」
年長のルドガーが代表して一言述べると、他の面々も頷いている。そりゃあ、自分たちの上司が寛大な対応を見せたのだ。それに逆らえるわけがないだろう。
「よし、これで一件落着であろう。この場は一旦解散とする。
衛兵よ、彼女を捕らえよ。できれば女性がよいだろう。ただしもう十分に反省している、手荒な真似はするな。衛兵長は、引き続き調査の指揮を取れ。
……エリザ、君には少し話がある。後で中庭に来てくれないか」
「はい、分かりました」
王子の指示に従い、衛兵がミリアを軽く拘束するが、彼女が抵抗することはない。他の衛兵たちも退去し始める。
さて、王子の言う通り、これで事態が収まるといいのだが……。
しかし嫌な予感とは的中するものだ。
「な、何なの!?」
ミリアを連行していた若い女性の衛兵が叫んだ。
「こんな……こんなはずじゃ……」
ミリアは何だかブツブツと呟いており、見ると、どす黒い靄が噴出している。
出たな、ZPの残滓、『クリエイター』の亡霊!
しかし前回と違い、靄は勢いよくミリアから噴き出すと、講堂の誰もいない一画へと溜まっていく。
何だ何だ、だんだん人の形をしてきたな。
「どうして……何が起こったのよ……」
「ミリアが二人!?」
ミヒャエルが叫ぶ。
確かにそこには、ミリアに瓜二つの女が俯いて立っていた。ただしミリアは透き通るような白い肌なのに対し、靄から出現した方の女の肌は浅黒い。
バタン、と講堂のドアが開く。
「ユーゴ君!」
「セイラ!」
セイラは黒い方のミリアを睨みながら叫んだ。
「……出たな、服部美沙子!!」
誰ですか!?
あと1,2話でケース2終了です。(ケース1の「あと1話」予告は失敗したので、バッファを持たせてみた)




