秘めていた想い
講堂を出るとすぐに短い渡り廊下がある。
ざっと左右を見渡すも足跡はないから、そのまま校舎に入ったのだろう。
そう判断して俺も渡り廊下を走る。
学校という建物は敷地面積が広く、中もわりかし入り組んでいる。隠れる場所も多く、追手をやり過ごして窓から脱出、なんてことも簡単だ。
……というわけで、見失いました。
目撃情報を得ようにも、ほぼ全生徒が講堂にいるわけで。
俺はひとまず、校舎の外に出ることにした。
建物内にいるのなら、人海戦術でそのうち見つけられるだろうが、敷地外に出られると後が厄介だからだ。
俺は、見つけることよりも、逃さないことを重視して巡回を続けることにした。
しばらくすると、ガヤガヤと話し声が聞こえてくる。講堂の生徒達が解散したのだろう。
さあ、校舎内にいるのなら、見つかる可能性が上がっていくぞ。
そうしていると、
「ユーゴさん!」
俺の名を呼んだのは、カールだった。
「こんなところにいたんですね」
「とりあえず外に逃がさないよう、見張りを続けておりました」
「なるほど。もうすぐ、衛兵隊が来ますよ」
「え、衛兵!?」
ガチの軍じゃねえか、どういうことだ。
「ミリアは今や、王子を誑かし王女の座を得ようとした、詐欺師ですからね」
……なるほどね。そういう見方もできるか。
だがそうなるともう、見つかるのは時間の問題だな。
「……分かりました。念のため、もう一度あらかた探してみて、見つからなければ引き上げます。殿下にもそうお伝えください」
「はい、よろしくお願いします」
***********************
校舎内にも日常が戻ってきた今、探すなら普段は人の気配が少ない所がいいだろう。
というわけで一階から、倉庫や空き教室などを重点的に探す。
そうして三階の、今は使われていない音楽準備室を訪れたとき。
「なあ、自分から謝った方がいいって!!」
「何よ、私はもうおしまいよ!!
こうなったら何としても逃げ切るわ。あなたもどこかへ行ってよ!」
男女二人の言い争いが聞こえる……言わずもがな、ミリアとミヒャエルだ。
「王子を騙してたんだ、衛兵隊が呼ばれてるぞ。逃げ切れるわけないって!」
「いえ、時間が経てば【魅力的な少女】が復活するわ。そうなれば、衛兵の一人や二人、私の意のままよ」
「その場がどうにかなっても、いつか絶対に捕まる。パーソナリティ対策は、衛兵ならお手の物だろ。これ以上罪を重ねずに、素直に頭を下げた方がいいって!
お前も知っているだろ、ユーゴって奴。あいつは友達だから、何とかお前の処遇を軽くしてもらえないか、俺からも頼んでみるよ」
「あのユーゴって人も信用できないわ。何だか、私のパーソナリティが効いてないみたいだし」
「何だよお前、今のパーソナリティが発現してから、やっぱりおかしいぞ?
昔は、『自分の魅力で勝負する』って言ってたじゃないか」
「このパーソナリティなら、逆ハーレムエンドを迎えられるはずなの!!私には分かる!!何も知らない癖に、偉そうなこと言ってんじゃないわよ!
大体、何であなたにも【魅力的な少女】が効かないの!?男は、みんな私の虜なのに!!」
「効いてるさ!!」
ミヒャエルが更に声を荒げると、さすがに驚いたのか、ミリアも一瞬言葉を失っている。
「俺が、どんだけお前のこと見てきたと思ってんだ!!
強気な性格!
夢に向かってひたむきな姿!
努力を惜しまない!
意外と面倒見がいい!
たまに見せる笑顔がたまらなく可愛い!
俺はな、子供ん時からお前に魅せられてんだ。
今更ちょっとパーソナリティが出てきたところで、そう簡単に変わるもんか」
「ミヒャエル……」
二人の間に流れる無言の空気。
気配を最大限に殺す俺。
ミヒャエルの元へと駆け寄るミリア。
優しく抱き締めるミヒャエル。
姿を現すタイミングを完全に見失った俺。
うーん、ミヒャエルには悪いが、このままこうしているわけにもいかんし、どうしたものか……。
しかし時間が経過すれば、衛兵の捜索網が広がっていくのは自然の摂理。
「おい、こっちから声がしたらしいぞ!」
向こうの方から叫び声が聞こえる。
そりゃああれだけ大声で話し合ってたんだ、さすがに誰かに気付かれたか。
ドタバタと衛兵の足音が向かってくるので、俺は仕方なく立ち上がる。
「衛兵の皆さまですか?お疲れ様です。私はユーゴ・アクツエル。殿下の用心棒を任されております」
衛兵は五人一組で行動しているようで、俺はとりあえず、リーダー格らしき少し年上の男に声をかけた。
「おお、ユーゴ殿。殿下よりお名前は伺っております。
事の発端の時から、噂の女狐を追っておられるとか」
「ええ。残念ながら、まだ発見できていないのですが。どうも上で大きな声が聞こえたようですね」
「あ、三階かと思いましたが、もう一つ上でしたか。それではユーゴ殿、一緒に上がりましょう」
「いえ、ひょっとしたら、こちらの動きに気付かれて、反対側の階段から移動されるかもしれません。私はそちらへ回りますよ」
「なるほど、さすがに貴族院内の地理に詳しい。それでは、よろしくお願いします」
「ええ」
方向転換して去っていく衛兵たち。これで少しの時間は稼げた。
「……さて、お二人さん。これでよかったか?」
「ユーゴ……」
「ユーゴ、さん……」
音楽準備室から出てくるミヒャエルとミリア。
「さて、ミリア。あまり多くは語れないが、俺は君と同類だ」
「同類?」
「『ノブレス・オブリージュ・ラブ』」
俺がゲームの名を出すと、ミリアはハッとした表情になる。おそらく、俺も現世知識の持ち主だと思ったことだろう。
「じゃあ、あなたはどうして……」
「君を救うため。
君は知らないだろうが、これは罠だ。大きな意志が、君を破滅に導こうとしている」
「ど、どういうこと?」
「すまないが、説明はまだできない。
とりあえず俺と来てほしい。まずは王子に謝るんだ。その際は、俺も情状酌量を乞う。ミヒャエルの言う通り、これ以上状況を悪化させてはいけない。
……ミヒャエル、それでいいか?」
「あ、ああ。すまん、ユーゴ」
「いいって。友達だろ?」
俺はミヒャエルに、精一杯のキメ顔で告げてやった。
「あ、ありがとうございます……」
何故か他人行儀なミヒャエルの態度は置いておいて、ひとまず講堂に戻ることにする……そんなにキモいか?俺のキメ顔。
道中、先の衛兵たちと再会。ミリアの引き渡しを要求されるが、パーソナリティへの耐性がないと危険だとか理由を付けて、俺の方で対処する形を通す。
衛兵たちは数を増し、俺たちの前後を固めて一緒に移動することとなった。さあ、いよいよ物々しくなってきたぞ。
「ねえ、ミヒャエル。私、どうなるのかな?」
「相手は雲の上のお人だ。俺も誠心誠意一緒に謝るが、果たしてどうなるか……」
「そうだよね……」
暗い顔の二人に、俺は思うところを告げる。
「客観的に見れば、ミリアの罪は二つ。
一つ目は、ザップロス先生の件。もう一つは、エリザに虐められたなど嘘を吐いて、王子たちを唆した件。
この二点に関しては弁解の余地はないが、ザップロス先生の処遇は決まってるし、エリザも、結果的にだが実力を増して帰還した。それほど重い罰を下すことでもないように思う。
ザップロス先生に関しては、再試の実施と反省文ってとこか?
エリザとは、本人との話し合いがどうなるかによるだろうが、彼女もできた人間だしな」
「でも、ミリアが王子たちを騙していた件は……」
「騙してはないだろ」
「え?」
「確かにパーソナリティが原因だったろうが、結局は、あいつらが勝手にミリアを称賛してただけだろ。俺やお前みたいに、パーソナリティの影響がない奴もいるんだ、意志の弱いあいつらが悪い」
「いやまあ、言われてみればそうかもしれないけどさあ……」
「そうなんだよ。あいつら、プライドだけは無駄に一流だからな。自分の否とは絶対認めず、難癖付けてくる可能性が高い。なあ、ミリア?」
「え、ええ。ユカリザ辺りはそんな気がする」
「だろ」
「じゃあ、どうするんだよ?」
「王子に賭ける。ミリアの処遇は、王子をどう説得できるかにかかっている」
そうして、改めて講堂へと到着した。




