悪役令嬢の逆襲
二週間後。
その三日前にエリザが帰還したことは、瞬く間に生徒の間に知れ渡る事となった。
というのも、こんなビラが貴族院内の各所に貼られていたからである。
「『エリザ・クラウゼ主催 カレー試食パーティー』?」
「ええ、殿下。カレーなる料理が現在王都で流行しておりますが、実はその考案者はエリザ様である事、ご存じでしたか?」
ぶふっ!
ユカリザがさも「私、博識でしょう?」という感じで言うもんだから、俺はお茶を噴き出しそうになる。
「うむ、当然であろう」
「そ、そうでしたか。流石は殿下。
カレーは、まだ限られた店でしか提供されていません。流行に敏感な者は既に食したこともあるでしょうが、特に貴族院の学生ならば、興味はあれど、実食はまだの者が大半でしょう。多数の人数が参加するでしょうね」
ユカリザってこんな時、ここぞとばかりに頭脳派をアピールしてくるんだよな。逆に、何だか可愛げがあるようにも思えてきた今日この頃。
「ミリアは、カレーはもう食べたのか?」
「はい、殿下。大変美味しゅうございました」
「ではこのパーティーへの参加は、止めておくか?」
王子はやけにミリアの機嫌を伺うな……って、そりゃそうか。今って言ってみれば、元カノの話題だしな。
「いえ、殿下。私、この『新作メニュー』というのが気になります」
「どれどれ……本当だ。『キーマカレー』と『グリーンカレー』……確かに、珍妙な名称の料理だ」
「……なるほど、上手いな。さすがエリザ嬢」
年長者のルドガーが口を突っ込んでくる。
「どういうことだ、ルドガー?」
「エリザ様の狙いは、貴族院を通じて『カレー』の知名度を上げることでしょう。
ここは言ってみれば、国土全域の貴族が一堂に会す場所。本当の貴族相手にそれをするには、王家並みの金と影響力が必要……いえ、現実問題としてはほぼ不可能です。
しかし、この場で皆がカレーを食せば?
既に界隈では話題の料理、この時流に乗り遅れるとなれば、貴族としては三流です。おそらくほぼ全員が、カレー店を領地に招く経済的利点を実家に説くでしょうね。エリザ様からしてみれば、これ以上ない宣伝効果です。
その『新作メニュー』は客寄せの眼玉……既に『カレー』を食した者でもパーティーに参加させるための仕掛けでしょうな」
「なるほど、そのような狙いが……単なる慈善事業ではない、という訳か」
「おそらく。我々も、今回ばかりは彼女の手腕を視察しておいた方がよいでしょうね」
「うむ、そうするか」
こうして、王子たちは元婚約者の懐へと赴くことを決定したのだった。
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試食パーティーは放課後、本校舎別館の講堂を貸し切って行われた。講堂と言っても、実質はただのだだっ広い室内だ。セイラは「体育館みたい」って言ってたな。 今回は椅子とテーブルが多数並べられており、端っこに台が見える。その他、エリザの商会の従業員と思わしき大人がそこかしこで働いていた。
「さすがの参加人数ですね」
「というか、生徒ほぼ全員じゃないですか?」
ユカリザとカールがそんな話をしている通り、学校の公式行事でないのにこれだけの人数が集まったという事実が、『カレー』への注目度が段違いであることを物語る。
ミヒャエルなんかは、
「今日は昼飯抜きで臨むぜ」
と息巻いてたな……午後の授業は空腹との戦いだったようだが。
俺もできることならセイラやミヒャエルと参加したかったが、こんな場だからこそそういう訳にも行かず、王子の前を歩き不測の事態に備える。
……お、セイラだ。こっそり小さく手を振ってくれているので、俺も軽く会釈で返す。
王子たちの席は予め指定されており、置かれた壇の前だ。ここが上座なのだろう。無事所定の席に着くと、間もなく定刻になり、エリザが壇上に現れた。
「本日は、これほどまで多くの方々にお集まりいただき、本当に感謝しております。
私の実家、クラウゼ領では、南方諸国から得た新たな香辛料を使って、『カレー』という料理を考案しました。皆様には、日頃の感謝を込めて、三種の『カレー』を振舞おうと思います。
そのうち二種――グリーンカレーとキーマカレーは、新作も新作、この場で初披露するものでございます。
ぜひお試しいただき、よろしければ、ご家族やご友人に感想を教えてあげてくださいまし」
人数と会場の大きさから、立食で自分が欲しいものを取りに行く形かと思っていたが、まさかの着席注文スタイル。随所にサーバーがいて、カレーの他にも飲み物などを注文でき、配膳してくれる。
金かけてるなあ、エリザの商会の気合を感じられる。
まあ、用心棒としては、護衛対象が移動しない分、圧倒的に仕事が楽になったが。
という訳で俺も周りに気は配っておくが、何だかんだカレーを堪能している。
グリーンカレーは、一口目は火を噴きそうになったが、ミルクと共に食べ進めていくうちに何だか癖になってくる。キーマカレーはもっと万人向け、トマトの酸味が効いており、女性に人気が出そうだ。ルーが液状でないのも食べやすくてよい。
会場のほとんどの者が似たような感想を抱いたようで、ここから見渡せる範疇でも、皆その出来に満足していることが分かる。
こうしてパーティーは恙なく終了し、締めの言葉を述べるべく、改めてエリザが壇上に上がった。
「皆様、本日のパーティーは楽しんでいただけましたでしょうか?
『ノブレス・オブリージュ』という言葉がございます。貴族ならば知らぬ者はいないでしょう――『貴き者の義務』、我々には、持てる力を正しく使い、民や社会に還元するという義務がございます。このカレー事業もその一環、私の得た新たな香辛料という力が、民の暮らしに少しでも潤いをもたらせるのなら、それは貴族としてこの上ない喜びでしょう。
……潤いというには、いささか刺激的かもしれませんが」
エリザのジョークに、クスリと反応する聴衆たち。
「さて、この場を借りて、もう一つ申し上げたいことがございます。
先の『ノブレス・オブリージュ』、この言葉を理解せず、自身の欲望を満たすためだけに力を振るう者が、この中にいます」
急な話題転換に、聴衆には困惑の色が徐々に広がっていく。
「ミリア・ヨハネス。
あなた、成績不正をしましたね?」
「は、私!?」
急な指名に、ミリアが思わず声を荒げる。おいおい、素が出てるぞ、素が。
「そ、そんなこと、ありませんわ。言いがかりは止してくださいまし」
「言いがかり、ね。
ではザップロス先生、壇上にどうぞ」
ほう、そりゃまた意外な人物が。
ミリアの方はというと……明らかに驚いてるな。
「さて、ザップロス先生の処分は、軽い減給程度ということで既に学内では話がついております。
では先生、事の顛末をご説明ください」
「はい。ミリア・ヨハネスの地理の授業は私が受け持っていますが、成績は本来なら赤点……補習と追試を受け、追試の成績が芳しくなければ、単位は与えられないというところでした。
しかし最初の補習の際、彼女は私に寄り添い、成績改竄を懇願してきました……普段なら、そのような懇願など、承諾するはずもないところなのですが。何故かその時は、彼女がとても魅力的に見えて……気付けば、補習と追試の免除と、成績上位者扱いをすることを約束してしまっていました。
真面目に勉強してきた生徒達には、本当に、申し訳ないことをしました。この場を借りて、お詫び申し上げます」
頭を下げる先生に、エリザが声をかける。
「先生、ありがとうございます。自身の誤りを素直に認め、大勢の前でもきちんと頭を下げる……そんな方に教わることができることを、私は誇りに思います」
そしてエリザに降壇を促されるザップロス先生。
「さあ、ミリア、ヨハネス。これでも言い逃れができるとでも?」
「そ、そんな、何かの間違いよ。それこそ、あなたが先生を誘惑したのではなくって?この会も随分費用をかけているみたいだし、教師一人の買収など、あなたなら簡単でしょう?
ねえ、殿下、そしてみんな。あの女と私、どちらを信じるというのですか?」
なるほど、そう来たか。
確かに、どれだけ決定的証拠を突き付けられようと、エリザより上の立場の者がミリアを擁護するのなら、その弾劾は効果を発さないだろう。
しかし、
「……ミリア、先の話は、本当なのか?」
「そんな、ニール王子!?」
王子は明らかに疑わしいという表情でミリアを見つめている。
取り巻き達も、
「ミリア様……見損ないました」
「カール!?」
「そこまでして成績が大事ですか?」
「ギュンター!?」
「大方、私たちに取り入るために無茶をしたのでしょう。赤点保持者など、我々の傍にいる資格はありませんからね……最も今となっては、赤点の方が遥かにマシでしたでしょうが」
「ユカリザ!?」
「と言うか、何で俺たち、こんな下位貴族の小娘と一緒にいるんだ?」
「ルドガーまで!?」
あれ?何だか雲行きが怪しくなってきているぞ?
「そんな、チャ、【魅力的な少女】が……」
そう、男を魅了するというそのパーソナリティが、効力を失っているようなのだ。
「あなたのパーソナリティは【魅力的な少女】――公には、文字通り魅力的な少女というだけだと説明しているようですが、その実質は違いますね。
それは男性の思考力を奪って自身の虜にしてしまう、魔性のパーソナリティ。
危険すぎるので、『これ』をあなたの水に混ぜて使わせていただきました」
そう言ってエリザは、懐から小瓶を取り出した。
「な、何なのよ、それは!?」
「『ビュッヘンドルフの秘宝』」
「な、裏ルートで手に入るアイテム……」
ん、何だっけ、それ。聞いたことあるぞ……そうそう、劇だ。セイラと一緒に平民街で見たあの劇で、パーソナリティを無効にする効果のある道具が、確かそんな名前だった。
「お話では相手にかざす道具として登場することが多い『ビュッヘンドルフの秘宝』、実際はこのような薬なのですよ。
私はここ二週間旅に出て、ある遺跡を発見しました。そこにあった文献を元に、この『ビュッヘンドルフの秘宝』を再現したのです」 おそらく、裏ルートとやらのゲーム知識を活用したのだろう。
「さあ、あなたの力が使えない今、果たしてどなたが味方してくれるのでしょうね?」
壇上から冷たい目でミリアを見下すエリザ。
「ミリア……」
「そうか、これまでの感じていた気持ちは、彼女のパーソナリティに作られた偽物……」
「まんまと騙されてたって訳か」
王子や取り巻き達も、急速に目が覚めていったみたいだ。
「そんな、みんなまで……」
ミリアは派手な音を立てて立ち上がると、そのまま駈け出し、席のすぐ傍にある非常口へと向かう。
おい、今ここで逃げたら、お前がどうなるか分からんぞ!?
「殿下、失礼します!」
王子に声をかけ、慌てて俺も彼女を追いかけるのだった。
面白そう!
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