ミリアの過去、エリザの現在
「俺とミリアの親は両方とも領主で、家格もうちの方が上な訳だが、そういう間柄としては珍しく仲が良くてさ。内政協力や情報交換なんかもよくしてたんだな。で、お互い世帯を持ってからは、相手の領地を訪れるのも、家族を引き連れたりなんかして。
まあそんな感じで、俺ら二人は幼馴染同士ってわけよ」
ミヒャエルの部屋、俺は椅子に促され腰かけている。ミヒャエルは、紅茶を準備しながらそう語った。
「ほい、どうぞ」
「ん、すまん」
お互い、しばし淹れ立ての紅茶の香りを楽しむ。
「……幼馴染ってことは、ミリアのパーソナリティのことも知ってるのか?」
「ああ、【魅力的な少女】だろ?あれが発現したのはつい最近、貴族院に入学する直前だよ。
でもさ。あいつ、小さい頃から「私は王子と結婚して姫になる女よ」とか言っててな。そのために、相当な準備や努力をしてきたんだぜ?貴族院で王子と同学年になることは、事前に分かってたしな。
あのパーソナリティを得た時は、確かに勝ち誇ったような顔をしてたけど、あいつの行動原理は、パーソナリティとは関係ない」
「ミリアが玉の輿を狙うの自体、否定はしないんだな」
「ユーゴだって、王子に登用されたくて、用心棒を申し出たんだろ?前も言ったが、貴族にとって、上位の貴族との繋がりは死活問題になってくるからな。あいつのやっていることも、実質はそれも変わらないさ」
なるほど……俺の本当の目的はミリアの動向を監視することだが、確かに用心棒と公言してしまっているからな。否定のしようがない。
「パーソナリティを最大に活かすのも、別に悪いことじゃないしな。むしろユーゴこそ、よく耐えてるな。あれ、結構えぐいと思うんだけど」
「……そう言うお前の方こそ、ミリアのパーソナリティは効いてないように見えたがな」
ミヒャエルは、俺の言葉には無言を返答とした。
「ま、幼馴染のよしみで、今日みたいなこともあるかも知れないけどよ。俺は今後も下位貴族の次男坊、片やあいつは、今や王子の婚約者。道は違えたんだ、もう昔みたいにはならないだろうさ」
「……いいのか?」
「それが、あいつのためだ」
うーん、こいつを訪ねたのは、失敗だったかもな……。デリケートな部分をほじくり起こしてしまったかもしれない。
「わかった、おかげですっきりした。悪かったな」
「いいさ、俺も黙ってたし」
「いやあ、このことが気になって、セイラと平民街に行ったんだけど、途中で切り上げたんだよ」
「おう、そいつは悪かったな」
「明日もう一回行こうかな、王子は明後日には帰ってきちまうし……お前もくるか?」
ミヒャエルの口角が少し上がる。
「セイラちゃんは良いのか?」
「男同士の方が気楽な時もあるだろ」
「ははっ、確かにな!」
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夜分の訪問を詫びながら、ミヒャエルの部屋を後にする。談話室を通り掛かると、そこにはセイラが。
「まだ起きてたのか」
「ボクも気になってたからね」
例によって中庭に移動し、俺はあいつとの話を掻い摘んでセイラに伝えた。
「なるほど、そんな関係がねえ……」
「ああ。ところでちょっと気になったんだが、ミリアとゲームの主人公って、全然性格違うよな」
「ミヒャエル君の話からすると、多分ミリアの転生はかなりの幼少期のことだったんだと思う。『お姫様になる』って言ってたんでしょ?」
「らしいな」
「普通の貴族の娘は、そんなこと言わない。なぜなら不可能だから。
でも彼女は、それができると分かってた。
両親や周りの環境から、自分がゲーム主人公で、貴族院入学後には王子との恋が始まるって、その頃から理解してたんじゃないかな」
「なるほどなあ、すげー執念。
……あー、休みも明日で終わりか。それが終わったら、また監視の日々だな」
「ふふ、明日はミヒャエル君と遊ぶんでしょ?楽しんできてね」
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翌日。
俺とミヒャエルは、一日中遊び呆けた。お互い昨夜のことには触れない。その辺が男同士だな。
そして更に日が変わり、王子が帰還。
ミリアはここぞとばかりに王子に取り入り、そしてそんな彼女に取り入る取り巻き共。
ある意味平常運転だ。
そんな日常に特筆すべき変化があったのが、それから三日後。
貴族院の授業は必修と選択に分かれており、一年生のうちは必修科目が多いとは言え、全員が常に行動を共にしている訳ではない。そんな中、昼食は例の中庭で共に取るのが日課となっている。
しかしその日は珍しく、授業の準備や課外活動、家の用事やらで、ギュンター、ユカリザ、カール、ルドガーの取り巻き四人共は欠席。一方ミリアも、今日は女子仲間との会食があるとかで不在らしい。
つまり、今日は王子と俺の二人という訳だな……はあ、ボロを出さんようにしないと。正直めんどい。
だが護衛である以上、ここで俺も欠席するのは不自然だ。仕方ない。
とは言え話すことがない……まあ、ミリアのことでも話題に出しとけば問題ないだろ。
「ミリア様がいないと、淋しゅうございますね」
「うむ、まあ、そうなのだが……」
あれ、あんまり響いてない?何か選択ミスったか、俺?
そう思っていると、王子の方が何だか表情を引き締めて話しかけてきた。
「ユーゴよ」
「はっ、殿下」
「ああ、よい。楽にせよ。
変なことを聞くが、お主はミリアに、何と言うか、それほど心酔していないように見える」
うーん、いきなり返答に困る質問が来たな……イエスと答えればミリアを否定することになり、ノーと答えれば王子と取り巻きを否定することになる。
こういうときは、とりあえず正直に答えておくか。
「確かに素晴らしい方とは存じますが、王子の許嫁ですから、一線を超えることはあり得ませぬ」
「うむ、やはりそうか。では、第三者的目線で答えてほしい。
実はな。休暇中の公務で、クラウゼ領に視察に行ったのだ」
えーと、クラウゼ、クラウゼ……どこかで聞いた気がするが……あ、そうか。
「エリザ様の」
「ああ。私の元婚約者、エリザ・クラウゼの実家だ。
時にユーゴ、カレーというものを知っておるか?」
「はい、一昨日初めて食しました。なかなか……刺激的ですが、美味でした」
「うむ。そのカレーという料理だがな。考案したのがエリザなのだ」
セイラの予想通りというわけだ。しかし、俺がそれを知っているのはさすがにおかしいから、ここはとぼけておく。
「ほう、そうだったのですか」
「うむ。クラウゼ領は海に面していて、南方諸国との交易がある。胡椒などの香辛料はそこから得ており、元を辿ればクラウゼ家も、貿易で財を成したのだ。南方諸国には、まだ見ぬ香辛料が数多くあるらしくてな。エリザはそこから何十種類もの香辛料を取り寄せ、そのカレーというものを完成させたらしい」
「なるほど、エリザ様が最近お休みになられているのは存じておりましたが、そんなことをされていたとは」
「そうなのだ。カレーはクラウゼ領で大流行し、瞬く間に王都へも広がった。そうなると香辛料の需要も跳ね上がるが、他国からの輸入がメインとなるからな。王家の視察が必要となり、父上と共に、私も彼の地を訪れたのだ」
経緯は理解したが、王子が俺に伝えたいのはそこではあるまい。俺は王子の次の言葉を待つ。
「エリザはな……よく働いていたよ。
当初は、エリザの父、つまりクラウゼ家当主も、カレー事業には反対していてな。当主からしてみれば、娘が急に得体の知れない料理を名産にすると言い出したのだから、当然と言えば当然だ。
しかし、エリザは諦めなかった。伝手を何とか広げながら、香辛料の輸入、その調理、機材の調達――少ない味方と共に、課題を一つ一つ達成していき、まずは小さな商会を立ち上げた。
商会の事業は、レストランにカレーの材料と調理法を提供するというもの。立ち上げ当初は、協力してくれるレストランも多くはない。だが、カレーの美味に魅せられた、とある料理人がいた。そ奴は味を更に改良し、自店で提供を始める。それが、大ヒットの起爆剤となったようだ。
結果今では、彼女の商会はカレー事業を一手に引き受けており、国内でも最注目すべき新星。だがエリザは、現在も会長を続けておった」
王子はそこで、水を一口口にする。
「元より、自分にも他人にも厳しく、妥協を許さない性格だ。私も昔は彼女との将来を約束された身、彼女の為人は、それなりに分かっておる。幼い頃から、貴族、いや、人としての矜持を常に胸に秘めていたよ。久しぶりに会っても、それは変わっていなかった」
そう語る王子は、どことなく嬉しそうだ。
「エリザがそんな性格だからか、部下や従業員に、時には厳しく当たる場面も目にした。
しかしな。彼女は、愛されていた。下の者に話を聞くと、彼女は確かに怒りやすく、時には彼女から叱咤を受けることもある。しかし失敗した者にも、必ず名誉挽回のチャンスが与えられるらしい。
彼女の怒りの根底には、常に他者への愛があるのだと。それを分かっているから、彼らはエリザの元を離れようとはしない」
もう一度コップに口をつけると、王子は改めてこちらを見た。
「なあ、ユーゴ。
ミリアは、エリザから数々の嫌がらせを受けたと言う。しかし、本当にそれはエリザの所業だったのだろうか。
領地で会った彼女は、そのようなことをする人間には思えなかったのだ……どこかで、何かが間違ってしまったのではなかろうか?」
……これは、どう答えるべきか……。
俺は、エリザが無実であることを知っている。しかし今ここで王子にそれを告げた場合、ミリアの立場はどうなるのだろう。最悪、怒りに狂った王子が婚約破棄などという事態になると、それこそまさしく『ざまぁ』ではないか。
『ざまぁ』を阻止しに来た俺が『ざまぁ』の引き金になるなんて、そんな間抜けなことはないだろう。
かと言って、このままエリザを悪役のままにしておくのもな……。
「……愛しておられたのですね、あの方を」
予想外の返答だったのか、王子はハッとした表情になり、その後しばらく沈黙した。
俺も何も口に出せない。
鳥の囀り、風の音、遠くの生徒たちの騒ぎ声。
ややあって、王子が呟くように言葉を吐き出す。
「……そうか。そうだったのかもしれない。親ーーつまり私にとっては国そのものーーに決められた許嫁同士としか思っていないつもりだったが……確かに私は、彼女の【高貴】を、非常に好ましく感じていた」
「私には、事の真相は分かりませぬ。
しかし王子、どうか、一時の感情に流されず、自身の眼を磨いてください。様々な情報を経て、決断の時が訪れたとき、正しい判断ができるか。
それが、上に立つ者に最も求められる力かと存じます。
……申し訳ございません、出過ぎたことを口にしました」
「よい。ユーゴ、非常に有意義であった、恩に着る」
「ちなみに、エリザ様はまた貴族院へ戻られるのですか?」
「別れの際、二週間ほど旅に出た後、貴族院に戻ると言っていた。今は自分の領地にもいないだろうが、その顔を再度見かけるようになるのも時間の問題であろう。
――さあ、そろそろ戻らねば。授業に遅れてしまう」
なるほど、あと二週間、ね。
どうやら、クライマックスが近いのかもしれない。
面白そう!
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