意外な関係
そんなこんなで、更に一ヶ月。
苦行は相変わらずだったが、精神がそれに慣れ、とりあえずは何事もなく過ごせていた時分。
ニール王子が、用事で数日間貴族院を欠席することになった。これは王子のみの話で、ミリアや取り巻きたちは普段通りの学校生活を送っている……いや、千載一遇のチャンスとばかりに、取り巻き共のナンバーツー争いは過激化しているが。
俺としては護衛対象がいなくなったことで、奴らと行動を共にする必要性もなくなった。ということで、その期間の休日。俺はセイラと共に、兼ねてより目論んでいた平民街へ繰り出すことにした。
「さてユーゴ君、どこへ行きたい?」
「とりあえず来てみたとはいえ、どこに何があるかは何も知らないんだよな。セイラはどうだ?行きたいところは?」
「いやいや、今日はユーゴ君のための休日だからね。ボクが行きたいところに行っても仕方がないよ。よーしじゃあ、今日のデートはボクがエスコートしてしんぜよう」
「助かる……つっても、デートじゃねえだろ」
「え、違うの?」
違うだろ……いや、違わんか?ま、何でもいいか。
「今日はボクの力で変装も完璧だから、思う存分いちゃつけるよ」
「するか!!」
いちゃつきはさておき、変装の件は本当だ。何せ顔形から完全に変わっている。これは女神たるセイラの力の賜物だった。
「デートの定番と言えば映画……はこの世界にないから、演劇でも見ようか。『勇者マリウスとビュッヘンドルフの秘宝』だって」
演劇か。前世で子供のときに見たのが最後だったが、良いかもしれない。
……演劇は面白かった。
勇者マリウスが、魔王ロットガルドを倒すために旅する物語。
戦闘シーンの迫力がなかなかで、戦いにおいてはパーソナリティが駆使されるのがこの世界ならではだった。
勇者のパーソナリティは『黄金の剣使い』なのに対し、魔王は『絶対邪悪』。
魔王の圧倒的なパーソナリティに苦しめられる勇者だが、駆け付けた姫が渡した『ビュッヘンドルフの秘宝』、これがパーソナリティを無効にするという効力で、それをかざすと形勢は逆転、勇者が勝利して、ハッピーエンド。
「予想以上に面白かった」
「そうだね。ふふふ、楽しんでくれたならよかったよ」
「しかし、この世界にも勇者や魔王がいるのだろうか」
「勇者はいないけど、魔王はいるよ」
「へえ、そうなのか?」
「うん。
ユーゴ君は知らないだろうけど、このゲームには裏ストーリーモードがあって、そっちでは、隣国との水面下での戦争がテーマになっているんだ。その戦争をけしかけているのが、魔王だったはず」
「何だ、セイラも知らないのか」
「結構アクション要素強めの、ヘビーユーザー向け仕様だったから、ボクはクリアできなかったんだ」
「なるほど」
そんな話をしていると、何やら刺激的な匂いがしてくる……何とも食欲をそそられる香りだ。
「これ、何の匂いだ?」
俺が尋ねるも、セイラは一瞬考え込む素振りを見せる。
「……あ、ごめん。あのお店からするよね。
ちょうどお昼時だし、ご飯にしようか」
「ああ」
件の店には既に行列ができていた。そりゃそうだろう、飯時にこんな匂いを漂わせているのだから。
俺は最後尾に並んでいるおじさんに聞いてみる。
「すみません、あのレストランに並んでるんですか?」
「ああ、そうだよ」
「人気の正体は、この匂い?何の匂いですか、これ?」
「先週からこのレストランが新しく始めた、『カレー』という食べ物さ。ライスの上に、肉や野菜を混ぜたルーをかけて食べるんだ。結構辛いんだけど、それがまた食欲を煽って、ぺろりと食べられちゃうんだな、これが」
「へえ、美味しそうですね。俺らも並んでみます」
そうして待つこと三十分、ようやく店内に入ることができ、早速カレーとやらを注文する。
多少待たされるかと思っていたが、予想に反して料理はすぐにサーブされた。
「このスプーンで掬って食べるのか」
……旨い!!何だこれは!?
先のおじさんが言っていた通り、舌に多少刺激が来る辛さだが、それが逆に良い具合に食欲を搔き立てる。さっきから、スプーンを口に運ぶ手が止まらない。それに、ゴロっと大きめのジャガイモやニンジン、豚肉が良い仕事をしており、具材にルーが絡んで、ライスによく合っている。
「……ふう、旨かった」
「ご馳走様。
……ユーゴ君。これ多分、この世界にはない食べ物だよ」
「何だ?どういうことだ?」
「正確には、ゲーム『ノブレス・オブリージュ・ラブ!』の世界、だね」
「ええと、つまり?」
「ボクらのような『ゲーム世界の外側の人間』が仕掛けたんだ」
「ゲームの外側……ミリアとエリザか!」
しかしこの一ヶ月、俺はほとんどの時間を王子の護衛として過ごしており、必然、ミリアも傍にいたことになる。しかし彼女が何かしている素振りはなかった。と言うことは――
「エリザの方か」
「うん。貴族院を休んで、何かしているんだ。
実はこのカレー、ボクら、つまり『クリエイター』の住む国の大衆料理なんだ。
そして『クリエイター』の作るストーリーの中に、異世界でその世界にない知識を持ち込むことで地位を得る、所謂『知識チート』って分野がある。今回は多分それだよ」
「エリザがゲームの外の知識をこの世界に持ち込んだと?」
「うん、多分ね。つまり、この世界の『ストーリー』は着実に進んでいる」
げ、こんなところで油を売っている場合じゃなかったか……?
俺が一瞬焦っていると、
「カレーよ、カレーだわ!!まさかこの世界でカレーが食べられるなんて!!」
俺の後ろの席から、若い女性の声が聞こえてくる――と言うかこの声は、まさか。
「ちょ、ミリア、あんまり大きな声を出すとバレるぞ。お忍びなんだからな」
やっぱりお嬢様の声だ……って、ちょっと待て。今の男の声は!?
「うるさいわねミヒャエル、私のこの感動は、あんたには分からないわよ」
「……へいへい。程々にな」
「うーん、美味しい!この味、匂い、まさにカレーだわ!!」
「確かに、なかなか旨いのは認める」
ミヒャエルだと?なぜこの二人がこんな所に?
俺は思わず振り向いて声をかけようとするが、
「待って、ユーゴ君」
セイラに引き留められた。
「今はダメだよ。忘れちゃったの?変装のこと」
「げ、そうか」
そうだった。ミリアやミヒャエルは、髪形や服装、帽子で誤魔化した変装だが、知り合いが見れば、すぐに本人達だと見抜かれてしまうだろう。
一方、俺たちの方は訳が違う。顔まで変えてしまっており、今は普通の平民。慣れ慣れしく貴族様に声をかけられる身ではない。
「危ないところだった、助かった」
「いえいえ」
とりあえず、二人の会話に耳を欹てておくか。
「ニール殿下とは、上手くやってんのか?」
「そりゃもうバッチリよ。彼は私に夢中、周りのイケメンたちもね」
「そいつはよかったな。お前、小さい頃から言ってたもんな。『私はお姫様になる』って」
「まあね。ようやく、その夢の実現が見える所まで来れたわ」
「そうかい。で、今日は何でまた急に俺を誘ったんだ?」
「息抜きよ。彼が公務で貴族院からいなくなるし、珍しく私はダメって言われちゃったし。
他の彼らと遊んでもいいんだけど、たまには羽根を伸ばしたいじゃない」
「それで、お前の本性を知る俺に白羽の矢が立った、と」
「感謝しなさいよ?校内の話題筆頭の美少女に誘われたんだから」
「ま、俺も久しぶりにゆっくり話せて、よかったと思ってるよ。元気そうで安心した」
「何よ、昔から心配性なんだから。言ってるでしょ、私は大丈夫って」
何だ何だこいつら、随分仲良さそうだな。
ミリアは普段被っている猫を置いてきたようで、随分と雰囲気が違うが、こっちが素なのだろう。正直、素の方が魅力的な気もするが、それは俺が平民だからか?
「……お客さん」
何だよおい、邪魔するな。
「お客さん、後が閊えてるんでね。食べ終わったらなら、席を空けてくれないか」
あっちの会話に夢中になっていた俺だが、顔を上げると、そこには渋い表情の店員が。
「あ、すみません……」
仕方ない、店を出るしかあるまい。
「待ち伏せしてみる?」
「そうするか」
そして程なくして、ミリアとミヒャエルの二人も退店してきた。
「じゃ、私は貴族院に戻るから」
「もう良いのか?」
「ええ。午前中で結構満喫できたし、何よりカレーが食べられたから、もう満足よ。
……あんまり別行動すると、ユカリザとかが五月蠅いのよね」
「そうかい。じゃ、俺も帰ろうか。途中まで送るよ、お前の身に何かあったら、今や洒落じゃなく政治問題に発展しそうだ」
「そうね、お願いしようかしら。でも学校に戻るのは別々でね」
「へいへい、お姫様」
どうやらこれでお開きのようだな。
「ボクらも帰る?」
「……そうするか。正直、二人の関係が気になって、遊んでも楽しめない気がする。……すまん」
「いいよ、ボクも気になるから」
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そしてその夜。
日中は、運悪く奴を捕まえることができなかった。
おかげで気になりすぎて、夜になるまでが異常に長く感じたが、さすがにこの時間なら戻ってるだろ。
俺は、ミヒャエルの部屋のドアをノックした。
面白そう!
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