貴族の風上になんぞ置いてくれるな
貴族院でも有数の注目人物たちの動向だ。
移動の時間中だけでも話は広まったようで、訓練場の入り口には既に野次馬が集まっている。しかしニール王子が到着したことに気づくと、自然と人だかりは真っ二つに割れた。
王子と取り巻きたちは、当然とばかりに悠々と群衆の間を闊歩していく。
……俺としては、こんなシチュエーションは気恥ずかしいのだが、今は舐められないことが重要だからな。ビビりを悟られないよう、平静を装って後に続く。その辺は年の功だ。
訓練場の中でも一番広い試合場は、普段は誰かしらに抑えられているが、今日に限って使っている者はいない。と言ってもそれは偶然でなく、これも奴らの知名度の効果で、話が回ってきて皆自粛したのだろう。
俺とギュンターは特に何も言わず、黙々とプロテクターを着けていく。それは、貴族間における試合や決闘の方式が既に常識化されているからだ。
頭、両肩、両肘、両籠手、胸、胴回り、両膝から脛にかけて。
それらの箇所にプロテクターを装着し、制限時間内でプロテクターに攻撃を当てた回数を競う。
プロテクターの数が多いので、装備に若干の時間がかかる。
王子達はと言うと、閲覧用席の一番前に腰掛けていた。
程なくして、両名とも防具の準備は終了。次は武器の選定だ。試合用に作られた数種類の模擬武器から、適宜選ぶ形。
ギュンターはオーソドックスなロングソードを選択。出自を考えると当然だな。
一方の俺はというと……ま、こいつにしとこうかな。
ここで初めて、ギュンターが口角を上げた。
「ふっ、その体格で大剣とは、どうやら口先だけの期待外れと見える」
「いやまあ、武器はどれでもいいんだよ」
そこで閲覧席から聞こえるのんびりした声。
「あのう、なぜ大きな剣ではいけないのですか?」
それに対し、我が意を得たりとばかりに頷くギュンター。
「ミリア殿。大剣とは本来、その得物のサイズに見合った体躯の戦士が扱う物。それを半端な腕力の者が扱えば、武器に振り回されること必至。その証拠に、大剣の使用が認められるのは、貴族院では三年生以降。身体が完成していない若輩の身の頃は、ロングソードや槍など、基本的な武器の扱いを学ぶに留まります。
そこを踏まえると、この者の体格は精々並程度。自身の身体能力と武器の特性を理解していないとしか思えませぬ」
おーおー、よく喋る騎士様だな。
「まあ御託はいいから、早く始めようぜ。あ、審判は?」
すると王子がギャラリーに向かって声をかける。
「どなたか、審判をお願いできないだろうか」
すると、黒髪を短く整えた、いかにも真面目そうな男が反応した。
「それでは僭越ながら、私めが。レナルド・フォン・ウェーバーと申します。パーソナリティは【公平】」
そういや剣闘の授業の時、ミヒャエルから聞いたことがあるな。この貴族院には「神」とすら呼ばれる審判の専門家がいるって。
「おお、レナルド殿。殿下、彼なら審判として申し分ない。確実に公正な判断を下すことでしょう」
ギュンターが同意すると、王子も頷く。
「うむ、レナルド。任せよう」
「御意」
こうしてやっと御膳立てが整い、俺たちは所定の位置についた。
「では、ギュンター・フォン・シルト氏と、ユーゴ・アクツエル氏による親善試合を開始します。制限時間は十五分、オーソドックスレギュレーションを採用します」
オーソドックスレギュレーションとは、プロテクターの部位に応じて点数が変わるルールの、一番一般的な奴だ。
特に異論はないので頷いておく。
「それでは用意…………始め!!」
レナルドの号令と共に、俺とギュンターは少しだけ互いの距離を詰める。
ギュンターは両手で握った剣を中段に構え、俺の様子を伺っている……なるほど、隙のない良い構えだ。次の動きも読み辛く、さすがは名家のサラブレッドというだけはあるな。
だがまあ、そんなことはどうでもいい。
俺は適当な速さで距離を詰めると、握った大剣を振りかぶる。
スパーン!!
おっと、胴を打たれたか。
「ギュンター選手に三ポイント!」
すかさず審判が獲得ポイントを宣言する。胴は点数高いんだよ。
ギュンターはそのまま足捌きで左右に揺れ動き、俺を惑わそうとする。実際、狙いは結構つけにくい。
俺がどう攻めるか考えていると、今度は奴が頭に向かって剣を突き出す……これは大剣で防御。
しかしパワー勝負になることを一応警戒したのか、すぐに飛び退いて距離を取られてしまう。
まあ確かに、この身体に大剣はあんまり合ってないよな。前の世界でいうガリムのようなスキルがある訳でもないし。ガリムとの戦いで俺がそうしたように、大概の武器は大剣より速い。むしろそれを強引に防いだガリムの方が、実は異常なのだ。
その証拠に、俺は隙を突かれてスパンスパン打たれ、気付けば相手に十五点が入っていた。
でも実はさ、これでも元勇者なんだぜ、俺。こいつの動きはそろそろ見切ったかな。
俺は改めて素早く振り被る。今までより一段階上がったスピードに、奴の眼には若干の焦りの色が浮かんだ。
「おらあ!!!」
右上に振り上げた大剣、その重みに自身の体重も加算して、全速力で相手の左籠手に打ち込む。
「ぐああぁ!!!!」
たまらず剣を落とすギュンター。正直このまま追い打ちをかけたいが、踏み止まっておく。何故って?オーソドックスレギュレーションでは、武器を五秒以上手放すと負けとなるが、その間、手放した者への攻撃は禁止されているからだ。ルールだから仕方がないんだよ。
「ユーゴ選手に一ポイント!」
剣を拾ったギュンターは、改めて中段に構え直した。さすがにこれで勝負終了とはならないか。しかし、左手は痺れでしばらく使い物にならんだろ。ギュンターの額には、先ほどまでなかった汗が浮かんでいる。
にしても、構えが変わったな。悪い意味で。
最初の凛とした佇まいは鳴りを潜め、左肩がやや開き、重心が後ろ側に下がっている。そして奴の顔、そこからは明確な感情が見て取れてしまう。
「これで、十五対一だな」
意図的に、ギュンターに声をかける俺。
「それがどうした。残り時間も半分を切った、このまま逆転するのは不可能に近い」
ほう、反論するだけの気力はある、と。
「そう言うな、ギュンター君。ビビりを誤魔化してもいいことないぜ」
「なっ!?」
うん、ここに入った時の自分のことは棚に上げておいて、と。
俺は大剣を自身の顔の前に構えながら、ずかずかと相手に近づく。
次はどこに当てようかな。本命は胴だが、腕とか脚もいいな。
「く!来るな!!」
ギュンターが剣を高速で振るってくるが、こんな直線的な動きならば、小手先であしらうだけで十分。
「ほい、隙あり!!」
先の勢いで、胴を一閃。
ドゴッ!!と鈍い音がする。
……やべ、一応手加減はしてるけど、大丈夫かな……慰謝料とか請求されないよな。
一方のギュンターは、剣を地面に差し、片膝をついて嘔吐いている。剣を手放さなかったところは称賛してやってもいいぞ。
だがまあ隙だらけだ、一応声をかけておくか。
「さて、もう何回か行ってもいいか?お前の言った通り、ポイントで負けちまってるんでな。逆転しないと」
「……な、ま、待ってくれ!!」
「いやいやお前、実戦でも敵にそう言うの?」
とか言いつつ、ちゃっかり待っちゃってる俺がいるが。
俺は改めて大剣を上段に構えた。
「じゃ、あと五秒な。五秒したら打つから。一、二、三、…」
するとギュンターは、柄にもなく尻餅をつき、俺に向かって両手を振った。
「ま、待ってくれ。こ、この通り、降参だ!!」
「ほい、いただきました~。審判、よろしく!」
「……は、はい。ギュンター選手の途中棄権により、この勝負、ユーゴ選手の勝ち!」
うん、完全勝利!!
……あれ?ギュンターが何だかわなわなと震えているぞ。
「む、無効だ!!」
あらー、意外と往生際が悪いタイプか。
「こんな卑怯な戦法、聞いたことがない!騎士道の風上にも置けぬ!」
なるほど、騎士道ね。
剣闘の授業での印象から、学生たちの戦闘レベルは大体見当がついていた。
前世で冒険者として、あるいは勇者として活動していた俺から言わせれば、正直お遊びだ。
当然だろう、片や名誉と風格重視の試合、片や命を懸けた、魔物や魔族との形振り構わぬ死合だ。
俺はそこを突くために、大剣なんて武器を持ち出して、相手の精神を折りに行ったわけだが。あ、これが実戦だったら、さすがに俺も別の武器を選ぶ。最初に胴に食らった時点で死だし。
そんなことを言おうと思っていると、ミリアが呟いた。
「でも、実際に悪漢に襲われたとしたら、卑怯だなんて聞いてくれないですよね……」
明らかに顔色が変わるギュンター、完全に口を噤んでしまったな……。
一方の王子が目敏く反応する。
「うむ、そうだな、ミリア。かの者は、そういう意味での実戦力を示したかったのだろう。
ユーゴ・アクツエルよ!!
此度の親善試合の結果を考慮し、用心棒として、我々と行動を共にすることを許可する!!」
うん、これでだいぶ行動しやすくなるだろ。
面白そう!
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