三十六話
二通目を読み終えたころには3年前の出来事が思い浮かんだ。そうだ、あの後俺は・・・。
「体から力が・・・」
リムとキスしたすぐに変化は起こった。感覚が研ぎ澄まされていく。そして、何より傷がふさがり、体力が少し回復した感じだ。
「あなた、だけでも・・・」
リムの服に火が燃え移る。
「くそっ、くそっ!!」
よたよたした動きでリムの火を消そうとする。だが、きりが無い。いくら回復したとはいえ微々たる物だ。
「お願い。碧、私はもういいから・・・」
消えそうな声で訴えかけるリム。
「そうは、そうは行くかよ!!」
リムを肩に担ぐ。後、3メートル。一歩一歩、歩く。入り口は目の前なのに体が動かない。それを気合で動かす。動け、動けと念じながら歩く。
「あと、あと少しだってのによ・・・」
火が自分の服にも燃え移る。足がもつれてそのまま倒れる。
「もう、だめ・・・か・・・」
入り口に手を伸ばす。かすんだ視界の端に見慣れた人の顔があった。手を誰かにつかまれて廃倉庫から引きずり出される。
「お、親・・・父・・・」
「そうだ、あの時最後に助けてくれたのは親父だ・・・」
今になって思い出すとは、俺も相当な親不孝者だな。3通目のメールを見てみる。
『あの時は私もどうかしていたと思う。間接的にではあるが、あなたを吸血鬼にしてしまったのは私のせい。あなたに血を与えて私も助かると思った、自分勝手な行いのせい。私はそれを後悔している。あなたを助けるという隠れ蓑に自分も助かりたいと思ったこと。だから、私はあなたに会う資格なんて無いの』
メールを読み終えて、空を見る。今日は三日月だ。
「俺の意見なんて無視してたくせに、今頃になってそんなこと言うなよ・・・」
見上げた月がぼやけて見え始めた。
「雨が降りやがった」
誰に言うでもなくほほを伝う涙の言い訳をする。涙を拭いて、一通のメールを送る。
「ただいま」
一泊二日の旅行も終わり帰宅する。月を眺めて戻ったときには宴会はますます、ヒートアップしていた。倒れていた後輩は裸踊りをし始め、それに乗ってガイドさんもし始める。ちょっとしたカオス状態だ。ちなみに、ガイドさんも後輩も二日酔いだったのは言うまでも無い。ガイドさん、あなたの都合でバスを止めて吐きに行かないでください。そのおかげで到着予定の昼ではなく夜になってしまった。
「疲れたぜ・・・、たく」
親父とお袋は家にはいなかった。まぁ、向こうの『世界』で何か仕事が残ってるんだろう。ちょっとした一人暮らしをまた楽しめるってもんだ。外を見れば、月がほとんど無かった。
「明日が新月か・・・」
不意に、電話がかかってくる。マナーモードのままだったので、びっくりする。
「もしもし」
「ああ、俺だ。お前の命の恩人の親父だ」
親父からだった。
「恩着せがましい言い方だな。人が人の命を救うのがそんなにえらいのか?」
冗談半分で言う。
「当たり前のことに言うがな、人が人の命を救うのはそれまた、大変なことだぞ。それに、成人した息子なんざ、可愛げもありゃせんよ」
「言ってくれるな、親父。まぁ、ありがとな」
最後の方は小声になってしまった。親に感謝の気持ちがいえないとは、俺もまだ子供だな。
「まぁいいさ。それより、頼まれてたことだけど、一応いけるみたいだ。明日でいいのか?」
「ああ、明日でないと意味がない気がする」
「そうか。まぁがんばれよ」
電話が切れる。
彼を思い出すたびに会いたいと思う。でも、会ってはいけないと思う自分がいる。そう、私は罪を犯したのだ。人の好い彼はそれを罪とは言わず、許してくれるだろう。だが、それではいけない。そうなってしまえば、自分が許せなくなってしまう。
そんな感じで3年の月日が経った。ある日、私は上層部に呼ばれて、3年前の事件を巻き込んだ彼に報告しろと指令がきた。私は、3通のメールを送り、あの後のことを彼に報告した。これで、彼は私のことを忘れてくれると思う。私は罪を犯したのだから・・・。だが、思わぬ人物からメールが来たのであった。