三十五話
携帯電話を取り出してメールの確認をする。10通ほど来ていた。そのうちの7つは迷惑メールだった。残りの3つは見知らぬアドレスからだった。
「・・・どういうことだ?」
件名にはバーリム・C・マーカーと書いてあった。3年も音信普通だったのになぜだ?
『たぶん、このメールを見たときは驚いていると思います。あなたの身に起こったことを全て書きます。碧には知っておいてほしいのです』
二通目のメールに目を通す。
「私も、終わりなのね・・・」
廃油がしみた床は火の広がりが早かった。このまま焼け死ぬのも悪くないかもしれない。そう思ったりもした。ただ心残りなのは、碧を助けることができなかったことかな。壁にもたれて目を閉じて死を覚悟する。
「あ、あきら・・・、め、るな・・・」
目を開ける。目の前にいたのは碧だった。
「あ、碧。あなた・・・」
彼は私の腕をつかむなり引っ張り、立ち上がらせて肩を貸してきた。一歩歩くたびに、崩れそうになり、吐血をする。
「もういいわ。あなただけでも、逃げて」
倒れていた場所は幸いにも入り口近くだ。でも、その近くでさえも遠く感じてしまうほど疲弊していた。
「お願い。あなたが死んだら・・・私、何のために・・・」
そう、ヴィオレとの戦いに参加しようとする碧を遠ざけた理由はただひとつ。彼の自己犠牲とまで言える無茶苦茶な人助け。うすうすは気づいていた。見知らぬ私を家に上げて何も言わなかったり、殺されそうになりながらでも、相手を気遣う。普通ならおかしい。私はそう思って家で帰りを待ってくれと頼んだのに。
「私の役目は終わったのよ。あなたはまだ、生きないといけないのよ。藍さんも、おじさんもいるのに死んだらみんな悲しむわ」
説得を続ける間も、碧は歩き続ける。『抑止力』の剣が刺さっていた傷からはおびただしい量の血が出ている。私の吸血も含めてもう失血状態のはずなのに歩き続ける。
「ク、クレアがいる、だろう。それに、俺だけ助かってお前が死ぬなんてご、ごめんだ・・・」
とたん、彼は床に倒れる。
「はぁはぁ、あと、あと少しなのにな・・・。遠いよな、リム・・・」
「・・・、碧、あなたはどうしてそこまでお人よしなの?」
涙が流れる。彼を哀れんでの涙なのか、やさしさに触れてなのかはわからない。ただ、流れていった。
「さぁな。いつも損ばかりしてるよ。お前を助けるのも自己満足だ。でも、それを間違ってるとは思わない。俺は正しいと思って行動してるだけだ。俺は馬鹿だからな。思い立ったら行動しないとな」
火はすでに足元まで来ている。彼は仰向けになり天井を見る。
「はぁ、今日は新月か・・・」
「そうね。こんな日だったね。私たちが出会ったのは・・・」
「ああ」
何気ない雑談。これが最後になるかもしれないからこそ、お互いに話して気を紛らわせる。
「ねぇ、碧はさ」
「ん?」
「キスしたことある?」
こんなときにこんなこと言うのも変だと自分でも思った。でも、これしか方法はないかもしれない。
「・・・、唐突だな。はっきり言えば、無いな」
私は碧の方を見る。
「私も無いわ。だから、これがファーストでラストキスになるかもね」
私は自分の腕に牙をつきたて、血を吸出す。
「どういう・・・」
そして、その血を含んだまま碧の唇に自分の唇をかぶせる。火が猛々しく燃える。そんな音の中唇を交わす。
「リ・・・リム」
「あなたを助ける、これが最後の方法。そして、あなたは私を恨むでしょう」