三十三話
血の剣でヴィオレの操る糸を切り裂きつつ、間合いを詰める。しかし、血の剣は糸に絡めとられてしまう。だが、ここまでは私の予想通り。ヴィオレは血の剣を取り上げることを優先するはずだ。そのときに隙ができると私は考えた。案の定大きな隙ができ、懐ががら空きとなる。血の剣を作るには鉄分が足りない。渾身の一撃で行動を抑制する作戦にする。その後は碧から血をもらって止めを刺すなり、捕縛すればいい。渾身の一撃をヴィオレに食らわせる。ヴィオレはうめき声を出しながら、壁まで吹き飛ぶ。
「フッフフフ」
ヴィオレの不気味な笑い声。不意に寒気がした。振り向くと碧が走ってきた。彼に押し倒されたときに見えたのは、腐った腕のついた剣だった。
「あ、碧」
「大丈夫か?」
上からさっきの剣が降ってくる。危ない!!。だが、声は出なかった。彼はうめき声一つ上げずに背中に手をやり、立ち上がる。そして剣を腐った腕ごと引き抜き、その場に倒れる。
「あ、碧ーー!!」
「リ・・・」
碧は何か言おうとしたみたいだが、意識を失ったみたいだ。
「まったく、興ざめなことをしてくれますね。この人間は…」
ヴィオレはさっきのダメージのせいで這うように動いている。
「しっかりしなさいよ」
私は碧を揺さぶる。反応はほとんどない。というより、存在が希薄になっていく。傷口周辺が消えかかっている。
「無駄ですよ。あの剣は『抑止力』の剣です。それに傷を負わされたら消える」
『代行人』が直接『世界』の異端を始末するときに使う剣。ヴィオレはなぜ使えたの?
「あなた、いったいどうやって?」
「動揺してるみたいですね。その顔そそりますよ。いいでしょう。あの腕は『代行人』の腕ですよ。だから、向こうの『世界』の私でも使えたのですよ」
よく見れば、腐った腕の端にはヴィオレの使う糸が巻き付いている。あの、ほこりの舞う中私を後ろから串刺しにつもりだったみたいだ。
「どこまでも外道な…」
ヴィオレは近くに倒れていた男から血を吸い、立ち上がる。
「さて、続きを踊りましょう」
私はにじりよるヴィオレから逃げる。もう、武器も力もない。怖い。その時思い浮かのはぶ碧の笑った顔。私に「うるさい」と怒られて落ち込んだ顔。バカをしてる時の顔。別れが近づいていたとはいえ、こんな形での別れになるなんて。
「うっ、ううう」
涙が頬を伝わり床に落ちる
「おやおや。その男がよっぽど愛しいのですか。同じ場所に送ってあげますよ」
床にへたり込む。立ち上がって逃げないと。でも体が動かない。私の中で碧はいつのまにか大切な人になっていたみたいだった。
「ぐぇ」
不意に鈍い音と同時にうめき声が聞こえる。
「娘、面を上げるのだ」
聞いたことのある声だ。でも、どこか違う。顔を上げて見たのは金色の瞳を持った碧だった者。その者は剣を砕き、私に近寄る。
「あ、碧・・・。いや、カイン?」
「娘、我が器は我の力で消滅だけは免れた。我は、しばしの眠りにつく。目覚めの時こそ体は我の者になると伝えておけ・・・」
カインは言い終わると床に倒れた。
「おのれ、またしても邪魔を…」
私は近づくヴィオレにありったけの力で作った血のナイフを投げつける。
「ヴィオレ、あなたを許さない!!」
碧を傷つけたヴィオレが許せない。大切な人を守れず傷を負わせた自分が許せない。私は倒れた碧の首筋に牙を立て血を吸い出す。体の中を巡る力を押さえつけていた理性を外す。左腕の刺し傷が癒えていく。そして、瞳の色が黒から狂気を孕んだ赤ではなく、ルビーのような澄んだ紅に変わる。
「な、なんと美しい。輝くルビーのような瞳だ」
もう、私を止められるのは私だけ。だが、ヴィオレも本気だった。糸を操り、倒れていた男たちを動かしてくる。操られている男たちは一斉に私を押さえ込む。どうにか右腕にしがみついた男を引き剥がして、血の剣を作る。だが、ほかにしがみついていた男たちが一斉に燃え始める。左腕と両足と胴の一部がやけどを負うが、何とか全員を引き剥がす。引き剥がした際に廃倉庫の廃油の入ったドラム缶に燃える男が当たり、ドラム缶が倒れて廃油に引火する。倉庫が明るくなる。
「いい。いいですよ。さぁ、もっと私を楽しませてください」
ヴィオレの愉悦に浸る表情に殺意を覚える。血の剣を床に突き刺して、ナイフを10本作り出し投擲する。その内の4本がヴィオレの片目と左腕、胴、右足に刺さる。
「まだです。まだその程度では無駄ですよ」
なおも糸を使って燃える男を操り襲わせてくるヴィオレ。
「もう、あなたを殺さないと私自身の気がすまないわ」
燃えてなお襲ってくる男の死体を床に突き刺した血の剣で23の肉片に変える。
「さて、あなたは何個の肉片に変わりたい?」
「お、おのれ・・・。おのれおのれおのれおのれおのれ!!!」
ヴィオレは男が使っていたナイフを拾い、がむしゃらに振り回して襲ってくる。右手の指を切り落とす。次に右のひじ間接、右肩から左のわき腹までに刃を通して上半身と下半身を分断させて左腿を両断してひざとくるぶしを切る。
「ぐぁ」
ヴィオレは血溜りの中に倒れる。だが、左腕だけで這いよってくる。
「まだです。ま・・」
首を切り命を絶つ。
「もう・・・、終わりなのよ」
私は一息つく。そして、周りを見渡す。すでに火の海。逃げようにも力が出ない。
「私も、終わりなのね・・・」